終焉ノ壱刻

「俺が!!!」


 齢十八にして人類の未来を背負うことになった勇者は。


「妾が!!!」


 齢十八にして魔族の未来を背負うことになった魔王は。


 ――魔王の玉座にて、刺し違えた。


 そのまま、両者とも崩折れた。

 勇者の端正な顔が、魔王のあどけなさの残る顔が、互いに見合わされた。


「ダメだ…もう、動かない…」

「妾もじゃ。この戦い、引き分けじゃな」

「ああ。悔しいが、そのようだ…」


 さて、勇者も魔王も伊達に種族を背負っているわけではない。

 並大抵の傷では死なない上、致命傷を負えども、命を喪うにはしばらくかかる。

 つまるところ、両者にはまだ時間があった。


「…こうして互いに顔を突き合わせるのは、初めてじゃな」

「そりゃそうさ。俺たちは敵同士だからな」

「不思議な感覚じゃ。…折角の機会じゃ、少々語らぬか?」

「語る?」


 魔王は暫し瞳を閉じ、思索した後に勇者に問うた。


「貴様は、妾を恨んでおるか?」

「…さぁ、恨んでるんじゃないか」

「迷いがあるな。妾も、本来なら貴様を恨むべきなのだろう」


 恨むべき、とは。

 人類の敵たる魔族を、人類を背負う勇者は恨むべきである。

 魔族の敵たる人類を、魔族を背負う魔王は恨むべきである。

 当然のように聞こえて、その実押し付けがましい理屈。


「妾は、貴様を恨み切れぬのじゃ。この魔王の地位とて、妾が望んだものではない」

「…なるほど。言いたいことはわかった。そういうことなら、俺も同じだ」

「魔族の王となるべき者は、強くなければいけない。逆に、強ければ魔族の王とならなければいけない。勇者とて同じであろう?」

「そうだな。俺は…偶々強かっただけだ」

「妾もそうじゃ。強かったばかりに、魔族なんてものを背負ってしまった」


 勇者と魔王は、立場こそ違ったために敵対していたが。


「似た者同士だな…俺たち」

「そのとおりじゃ。立場が同じであれば、夫婦になっていたかもしれん」

「…だったら、良かったかもな」


 この瞬間、勇者と魔王というものはこの場に存在しておらず。

 ただ、少年と少女が心を通わせているのみだった。


「…もう、頬に朱もささぬか」

「生憎、血を失いすぎた」

「そうだな。…妾と貴様が死んだ後、この世界はどうなっていくのじゃろうな」

「引き分けて和解…とは、いかないだろうな」

「そうだな。むしろ、全面戦争に突入する可能性の方が高いと妾は考えておる」

「同意見だ。仇とか言ってな」

「貴様は…それが残念だと思うか?」


 勇者は、ほんの一瞬間を置いて、口を開いた。


「残念だ。これまで以上に人死にが出る。…でも、もういい」

「ほう?」

「俺は、疲れた。魔族をいくら殺しても、人類の益にはなるだろうが俺の益にはならん。だったら、ここで死んでしまったほうが面倒が少ない」

「本当に、貴様は妾の鏡写しのような存在じゃな」


 呆れか感心か、そんな感情を滲ませた言葉を魔王は発した。

 ふと、両者は意識が闇へと引きずられるような感覚を覚えた。


「…終わりか。妾も勇者も、当然地獄行きじゃろうな」

「そうだな。天国に行くには、殺した数が多すぎる。だが…どうやら、孤独ではなさそうで安心した」


 勇者は、最期の力を振り絞って、魔王に手を差し出した。


「一緒に地獄へ堕ちよう、魔王」

「ああ。勿論だ、勇者」


 魔王もまた、最期の力でその手を握る。


 ――そうして、両者は息絶えた。

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#風呂短編 キューマン @QmanEnobikto

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