エピローグ それぞれの戦う理由



 崩壊した鉱山を下りた我々は夜明けまで身を隠した。

 しかし夜が明けてもアッシュは目覚めなかったので、主はそのまま彼を車に乗せて出発した。

 車を走らせてから二時間、まだアッシュは目覚めなかったが、時々悪路でバウンドする揺れに呼応するように寝言を呟くのを見ると、大丈夫そうである。そして何度目かのうわ言の後、ようやく意識を覚醒させたが、問題はその発言である。


「――――やめろよエナ姉ちゃん、そんなに擦ってももう出ねえよ…………あれ?俺何でこんなとこに居るんだ?」


「酷い寝言だな。あーそれと、ここにいる理由はお前が気絶していたからそのまま連れて帰って来たからだぞ」


 アッシュの聞くに堪えない寝言にやや呆れた様子の我が主は頭を振って眠気を飛ばそうとする相方に水筒を差し出す。それを一口含むと醒め切って苦みしかないコーヒーの味に文句を言いつつ、久しぶりの水分をあっと言う間に飲み干した。

 落ち着いたアッシュは昨夜の結末を尋ね、どうにか標的である博士を討ち取り、麻薬組織を壊滅させた事を知って喜びを声を上げたが、肝心の賞金首である博士やアーティファクト使いが一人も車に乗っていない事に気付いて落胆した。


「仕方ないだろうが。あの状況じゃ、お前を担いで逃げるのがやっとだったんだ。寧ろあの状況で二人とも生きて帰れたのは幸運に恵まれたと思った方が良いぞ」


「そりゃあ分かってるけどよー。俺はお前と違って金回りが良い訳じゃないんだからな。あそこに行くのに使った自転車だって弾だって金掛かってんだから、まるっきり持ち出しだと懐が辛いんだよ」


 情けない事を口にするものの、アッシュの言い分も分からない事は無い。バウンティハンターは原則、賞金首を持ち込まなければ賞金は支払われないし、それまでに掛かった経費も全てハンターの自費である。成果が無ければその日の食事代にさえ事欠く完全な歩合制なので、今回のようにどれだけ犯罪組織を壊滅させたところで肝心の賞金首が無ければタダ働きになる。一応そうした組織の中には資金をため込んでいるケースもあるので、それらを懐にしまい込んで臨時収入にする事もあるにはあるものの、今回のアッシュはその余裕すらなかったので完全にタダ働きだと思っている。

 主はそんな相方を不憫に思ったのか、後部座席に置いてある麻薬組織の帳簿と名簿の存在を教えると、先程の情けない姿と見違えるほどに喜色を露わにして主を褒め称えた。おそらく共同成果として分け前を貰う腹積もりなのだろう。がめつい。

 それにその資料の出所を知っても特に気にすることなく、単に報奨金が入って来る事を喜べるのは単純極まりない。とは言え、知った所で一賞金稼ぎがどうにか出来るような懸案でもないので、アッシュのように素直に金がもらえる事を喜んだ方が精神面は楽に違いない。

 それに主も今回はアッシュが居なかったら結構危なかっただろうし、賞金を分け合うのは不服に感じていない。首は持ち帰れなくとも組織そのものを壊滅させたのは後々調査すれば分かる事であり、それを加味した上で過去の事例に当てはめれば持ち帰った資料への報償金は、あの博士に懸けられた賞金の一~二割は出してもらえるだろう。二人で分けても最低二万アウルムの収入ならばアッシュも赤字にはなるまい。

 その後、アッシュは以前なら『皆殺し』などという不名誉なあだ名で絡んできたのとは違い上機嫌で話しかけてくる。賞金首は手に入らなかったが、それなりの稼ぎになると分かったので気分が良いだけかもしれないが、生死を共にした仲となり、共感めいた感情が芽生えたのかもしれない。

 出来れば運転に集中したい主は微妙に迷惑そうに思っているが、友好的な態度を示している相手を邪険に扱うほど性悪ではない主は程々に相手をしていた。


「――――ところでよー。前からずっと気になってたんけど、何でお前ハンターやってんだ?金目当てじゃないのは賞金首を皆殺しにしてるから多分違うって分かるんだけど、犯罪者が憎いってだけなら警官やっててもおかしくないし。そこんとこどうなんだ?」


「そういうお前は何でこんなやくざな商売をやってるんだ?あれか、エナって人と関係あるのか?」


 寝言で出て来た名前を適当に口に出した途端、アッシュは見るからに狼狽して慌てふためいた。そして何故その名前を知っているのか主に問い詰めたので、ありのままの事実を伝えると彼は身を悶えさせながら誰にも言うなと強い口調で主を脅す。自分の不手際を棚に上げて主を脅迫するとは勝手なものである。とは言え主は他人の秘密を言いふらして悦に入るような浅ましい人間性はしていないので、面倒くさそうにそんな事はしないと約束して落ち着かせた。


「俺はスラムの生まれでよ。ガキの頃からずっとひもじい思いをしてきた。そんな時、近所だったエナ姉ちゃんは俺に食べ物とかをよく分けてくれた。だから俺が大人になったら絶対に姉ちゃんに良い思いをやるって決めたんだ」


「それでリスクは高い代わりに稼ぎの良いハンターやってるのか」


「そうさ。それに姉ちゃんは娼館で娼婦やってて、24歳だからもうすぐ年季明けする歳だ。身請けするにはどうしても纏まった金が要るんだよ。けど、スラム育ちなんて碌な仕事に就けねし、生まれや経歴を問わない完全成果主義のハンターだったらって、この世界に入った」


 確かに彼の言う通り、スラムの住民を雇ってくれる雇用主は少ない。仮に働き口があってもそれは賃金が安く待遇の悪い仕事が大半である。そんな仕事ではいつまで経っても大金を用意する事は出来ないだろう。そうなると犯罪などに手を染めて安易に金を稼ぎに走るものだが、彼はそれを選ばずバウンティハンターになる道を選択した。惚れた、あるいは単に恩のある女性の為に命を張る気概があるとは、ただの嫉妬深い『欲しがり』でしかないと思っていた我は、ほんの少しだけ評価を上方修正した。


「ほら、俺は自分の事を話したんだから、今度はお前だぞ」


「そうは言うが俺のも大した理由じゃないぞ。6年ぐらい前に犯罪者に幼馴染を凌辱されて殺されてな。それから出来る限り自分の手で殺しておきたいって常に思うぐらいに犯罪者が憎くて仕方が無いからハンターやってるだけだ」


「あー他のハンターでもたまに聞く話だな。それで、その仇はどうなったんだよ?」


「賞金掛けられてすぐ、別の街から来たハンター組に狩られたよ。その時に組のリーダーに頼み込んで弟子入りしてアッサムを離れたんだ。まあ家族からは散々に反対されて勘当同然だったな」


「お前は金が欲しいからハンターやってるわけじゃない、犯罪者を殺したいからハンターやってるだけか。イカレてるぜお前」


「否定はしないさ。あの時、いつも一緒に居た友達が変わり果てた死体になってゴミ箱に放り込まれていたのを見て、それまでの自分が死んだのは誰よりも俺が分かっていた」


 当時を振り返りながらも特に感情を露わにしない主。だが、ほんの僅か、自動車のハンドルを握る手が震え、走行に揺らぎが生まれたのを我とアッシュは見逃さなかったが、あえてそれを指摘する事は無かった。

 理不尽な犯罪者への憤怒と憎悪。ハンターとしての職務の中で度々顔を覗かせていた負の感情の出発点。今の主を形作る原点は決して綺麗な物ではない。そして激情に駆られて繰り返される殺人は法において保証されてはいるものの、結局のところ生涯果たされる事の無い私怨でしかなく、道徳心に満ちた正道とは言い難かった。

 だが、主の暗い激情を考慮しなければ、有能かつ品行方正に優れた者が率先して社会の害を取り除いてくれて、安全を提供してくれるのだから、一概に悪いとは言えないだろう。元より賞金首になるような者は犯罪者の中でも特に凶悪かつ、警察機構でも手に余るケースが多い。そんな人の皮を被った猛獣を率先して狩り取ってくれる主は日々清く正しく生きている市民にとっては無くてはならない存在となっている。記者のエレナが記事で書いたように、悪の犯罪者を許さぬクライムハンターという一面は紛れもなく主の功績によって生まれた物だ。そこは主も自嘲せずに受け入れてもいいのではないかと我は思う。


「ほんで、これからも犯罪者を手当たり次第に殺しまわるのか?」


「賞金首の制度がある間はな。それに俺だって生活があるし、最低限飢えずに生きていたい。後は美味い酒だな」


「じゃあ、シティに戻ったら俺にも一杯奢れよ。今回はお前の方が稼ぎが良いんだから、そういう時に同業者に優しくておくといざって時に手を貸してもらえるんだぜ」


 したり顔で語って集ろうとするアッシュの面の皮の厚さに辟易するが、共に死線を潜った仲には違いはなく、多少の仲間意識は芽生えていたのか、主は少々呆れながらも酒ではなく食事を奢ると了承した。

 実はアッシュの酒の強さとそれに比例した酒癖の悪さはハンターギルドでは有名で、主もそれを耳にしていたために酒を奢りたくなかったのだ。



      □□□□□□□□□



 我々はシティに戻るなり、その足でハンターギルドに向かい、ギルドマスターのジュルジュに全てを説明した。しかし、肝心の死体が一つも無いので賞金は貰えず、当の賞金首であるアーレンより譲られた組織の帳簿を提出する事で、謝礼と言う形をもって六万アウルムを報酬として受け取った。


「けっ!ギルドもケチくせーよな!麻薬組織丸ごとぶっ潰してきたってのに、報酬が一人三万アウルムぽっちなんてよー」


 そしてギルドを出るなりアッシュは悪態を吐いて憤慨している。五十万アウルムの大金が一割程度にまで落ち込んだのだから、悪態を吐きたくなるのは分からなくもないが、集団を維持する上で規約は遵守せねば、いずれ自分達の首を絞める未来に繋がるのが分からないのだろうか。


「落ち着けよ。元々死体を持ち帰るのがハンターの原則なんだから、仕事を完遂出来なかった俺達の不手際だ。それでも並みの賞金首以上の金が貰えたんだから今回はそれで良しとしろよ」


「お前は前に護衛を一人やってるから余裕あるだろうが、俺はそうもいかねーんだよ。あーあ、満額貰えたら今頃姉ちゃん身請けしてシティの一等地で部屋借りてたんだけどなー」


「命があればまた稼げる。欲張り過ぎるとこの仕事は早死にするぞ」


 なおもブチブチと愚痴をこぼすアッシュを主は宥める。色々と面倒な相手だ。しかし主はそんなアッシュに対して以前より好意的に接していた。


「それは俺だって分かってるよ。ああくそっ!腹減ってるからイライラするんだ、気分直しにメシ食いにいこーぜ」


 人間に限った事ではないが、生き物は空腹になると気が荒くなると言うのは事実らしい。そして主もまた長時間水しか口にしていないのでかなり腹を空かせており、アッシュに急かされる形で食事に繰り出した。



 馴染みの店である『プリマ・クラッセ』にアッシュを連れて行くと、丁度入り口に置かれている黒板を片付けようとしていたエプロン姿の少女が目に入る。


「あれ、ミューズじゃない。ここ何日か顔を出さなかったから死んだかと思ってたわよ」


「折角来た常連客への挨拶じゃないだろそれ。まあ、死にかけたのは間違いじゃないけどな。店まだ開いてるか?」


「開いてはいるけどランチの食材粗方使い切ったから大したものは出せないわよ。アンタの好きなシチューだってまだ仕込んでる最中。それでいいなら何かあると思うけど」


 彼女は一旦店に入って父である店主と話してから、こちらに店に入ってくるように催促した。

 店の中に客は一人もおらず、代わりに従業員たちが遅い賄いの昼食の準備をしていた。


「あーメシの邪魔しちまったか?都合が悪いなら別の店でもいいけどよー」


 居心地が悪そうに感じたアッシュが出直す事を提案したが、奥から鍋を持ってきた恰幅の良い中年男性から気にしないでくれと逆に気を遣われた。彼がこの『プリマ・クラッセ』の店主、そしてジズとルースの父であるヒッターである。


「腹を空かせた相手に美味い料理を出すのが俺達料理人よ。それも今まで必死に仕事してきた若い奴なら尚更腹一杯食ってもらわんとな」


 ガハハ、と屈託無く豪快に笑う姿に連れられてアッシュも主も自然と笑いが零れた。そして賄い料理では客に失礼だと言って厨房の冷蔵庫から大ぶりのヒラメを出してきた。


「ちょっと父さん、それ夜のメインに使う食材じゃない」


「固い事言うな。一生懸命働いた奴が良い物を食うのは当然の権利だ。グリルで良いか?」


 娘の小言もどこ吹く風とばかりにヒッターは高級食材を捌き始める。この辺りは内陸故に海産物は冷凍されて届けられる。その為どうしても輸送費用込になって高価になり、庶民の口には中々入らない物だった。主は他の海産物を時々エレナと食べた事があるが、スラム育ちのアッシュの方はまともに食べた事はあるまい。その証拠にヒラメの価値がよく分かっていなかった。

 主も正確な価格は知らないので、取りあえず金持ちが好む魚とだけ告げると、ニタニタ笑って御馳走さんと主に礼を言った。主としては適当にランチを一食奢るつもりだけだったのに、予想以上の出費になってしまったわけだ。だが今更奢りは無しだと前言撤回するのはプライドが許さないので、渋々ながら二度は無いとだけ零していた。


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クライムハンター~正義の咎人~ 卯月 @fivestarest

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