第380話 星系強襲上陸 その4

 バクー海賊帝国根拠地防衛艦隊先遣隊――星系外縁部にて共生宇宙軍を叩こうとしているとある部隊の旗艦タイモスで「機雷源第一列の効果大!」という報告が入ります。


「いいね、凄くいいじゃないか」


 どこぞの肉食獣の皮をしつらえた艦長席に腰掛け「随分と上手い事、足止め出来きてるさぁね」とほくそ笑んだのはタイモス艦長にして先遣隊左翼部隊を指揮する女頭目ドロレス・ド・コンコスンでした。


 御年50という女ざかりな彼女は海賊帝国の男爵バロンにして知勇兼備で決断力があり豪放磊落で懐の広さもあるという出来物の武人でした。その彼女が鋼鉄製の扇子で口を覆いながら「スターラインの”降着点が分かっていれば”、当然だわな」と不敵な笑みを浮かべました。


「ガハハハハ!」


 ドロレスは若い時分は相当な美女だったという話ですが、結婚出産を経た今の彼女は「女は度胸だよ!」などと吐き捨てそうないかにも威勢が強そうな海賊のおばさんという感じであり、その彼女がそんな笑みを浮かべると実に頼もしいことこの上ありません。


「ですがお頭ママ、ここまでうまく行くと逆に罠かと疑いたくなりますぜ」


 タイモスの戦術長シャルルマーニュが戦術スクリーンに映った共生宇宙軍艦艇の概略情報を眺め、ゴワゴワとした顎鬚をボリボリと搔きながら懸念を表明しました。見た目は頭の悪そうなゴロツキにしか見えないのですが、実のところ彼はマリーの長男であり、勇猛さの中に慎重さがあると定評のある艦隊随一の戦術長です。


「シャルルや、お前がそういうのもわかるけれど、さすがにそれはないさね。あれだけ手ひどくハマり込んでいるんだもの」


「まぁ確かに、演技にはみえねぇですが」


 ドロレスとシャルルマーニュの目には赤い点――星系外縁部に入り込んだ共生宇宙軍の艦隊が完全に機雷源の爆散円に飲み込まれて翻弄されている様子が映っており、多大な打撃が生じていることは疑いようもありません。


「じゃ、次の一手に入る前に――ロイス、手下どものフネの調子を教えておくれ」


「各艦機関異常なしでさぁ、ママ」


 マリーの問いに応じたのは、タイモスの機関長であるドロレスの次男ロイスです。彼は旗下の艦艇の加速状況を確かめ「縮退炉がグズってやがるのは全部根拠地においてきやしたし、艦隊運動に問題はねぇですよ」と言いました。


「俺達の縮退炉技術は現状発展途上ですがね、運用次第でどうにでもなりやす」


 ロイスはメカいじりが大好きで、次男がゆえに男爵家を継ぐ必要もなく帝国の技術屋となり、昨今導入の進む縮退炉技術をかなり高いレベルでものにし、今回の戦の為に実家の海賊団の技術顧問も務めています。


「頼もしいものさね――で、アンリエッタ、敵さんの様子はどうだい? なにか通信でも傍受してないかね?」


「まだノイズが手荒いんで細かいことはわからないけれど――」


 そう前置きしたのはドロレス一家の長女アンリエッタ――若いころのドロレスを思わせる美少女海賊ですが、レーダーと通信設備を扱わせれば天下一とも言われるほどのオペレータであり、部隊の目と耳を担当しています。


「通信量からみてかなり混乱しているのは間違いないわ」


 彼女はいまだ残る核の華の残滓――ノイズを除去しながら共生宇宙軍の動向を探っていました。


「でも、この符牒からすると、艦艇を前後に忙しく動かしてるみたいだわ」


「む、そいつは再編成をしてるってことだな?」


 アンリエッタの言葉にシャルルマーニュは忙しく手元の端末をいじり「ううむ、機雷源の真っただ中で艦艇を再編するか……共生宇宙軍、やはりあなどれん」と呟きました。


「ガハハハ! だからと言って何ができるというわけでもあるまいさ。よし、そろそろ第二列の機雷源に火をいれな」


 恒星間航宙時代における機雷というものは、設置式のほか自走式の物も多く採用されています。特に対艦ミサイルを転用した機雷はかなりの機動力を持ち大加速により接近して大きな損害を与えることも可能です。


「了解、機雷源第二列へコマンド投入、機動爆雷戦はじめ。各艦砲戦位置に進出中――有効射程まであと20分」


 タイモスのクルー達は各端末で指示を確認し戦闘準備を進め、艦橋内が活気づいてゆきます。彼女は扇をピシリと畳みんでスクリーン上を指し示し「ここと、ここを集中砲撃、対艦ミサイルも用意しておきな」と、攻撃の最終調整を行いました。


「機雷の弾着とドンピシャのタイミングで攻撃するんだ」


 それは大変に巧妙な指示であり、仮に共生宇宙軍の高名な大砲屋であるラスカー大佐がこれを眺めたら「やるじゃない」という感想を漏らすかもしれません。そしてれが行われれば共生宇宙軍の第一陣の統制は完全に崩壊すること必至でした。


 それが分かっているドロレスは硬質な唇を三日月のような形に歪ませ、「あと10分で……」と奥歯をギリリと噛みしめながらその時を待っていたのですが――


「むっ?」


 突然、艦橋内に響くアラートが彼女の耳を打ったのです。


「赤外線反応。これって……機雷が自爆しているみたいだわ!」


 砲撃戦に先立って自走させていた機雷たちが敵艦に到達する前に次々に核融合爆発や対消滅爆発を始めているのです。


「いや、自爆じゃないわ……爆発がこちらに近づいてるもの」」


「近づいてくるってこたぁ……奴ら自分から機雷陣に踏み込んでやがるのか!」


 タイモスのホログラムスクリーンには機雷源が奥から手前に向けてドンドンと爆発する様子が映っています。


「おいおい、密集した機雷源を無理やり突破すれば、とんでもない損害を受けるんだぜ」


 シャルルマーニュは「あいつらは馬鹿なのか?」などと呆れた声を上げるのですが――同じようにしてその光景を見つめていたドロレスは「だが、縦深は稼げるねぇ」と呟きました。


「意図が読まれてるってことかい、ママ?」


「ああ、損害無視の突撃ってことはそうなんだろうさね」


 共生宇宙軍第一陣は機雷源によりその橋頭保の拡大を阻止されているのですが、一部の艦により強引に機雷を踏みつぶして、場所を確保している――ドロレスはそのような見立てを行いました。


「計画を修正するよ。全艦に減速を命令――」


 そう言ったドロレスは「機雷源を抜けて来る敵艦を叩く! とっとと支度しな!」と、予定を繰り上げての砲戦準備を命令したのです。

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