古いアルバムのにおい(3)

 二条佳織は綿乃原愛と仲良くなりたい。

 島崎さんが言葉にしてくれたそれは、すとんと胸に落ちてきた。なるほど、そうだったのか。

 寮の自室で、佳織は手の中のスマホをもてあそぶ。このあと綿乃原先輩から電話がかかってくることが分かっているので、ゲームをすることもできない。

 ベッドに腰掛けたまま少し考えて、「綿乃原愛」とツイッターで検索してみる。巫女服姿でポーズを取っている綿乃原先輩がプロフィール画像の、本人アカウントが出てきた。

 フォロワーの数を見て、のけぞる。あの人は本当に有名人なんだなと、いまさらなことに気づいた。

 ツイート画面を下へスクロールして、なんとなく眺める。アイドルらしいテレビ出演や握手会といったお仕事情報に混じって、綿乃原先輩の日常が呟かれていた。

 街中に浮遊霊がいたけどお仕事じゃないから見逃したとか、久しぶりに学校へ行って後輩に先輩風を吹かせてきただとか、誰でもできる霊能トレーニングと称したダイエット講座とかが、胡散臭い関西弁で綴られている。

 芸能人のアカウントをフォローしたことがないので、こういった呟きが普通であるのか、佳織には分からない。だけど、それはたまにテレビの中で見る綿乃原愛というアイドルとも、佳織と一緒に心霊スポットへ向かう綿乃原先輩とも、また違う肌触りの存在感を持っている。

 ふと気がついたときには「フォローする」ボタンをタップしていた。

 佳織は自分の行動の意味に気付いて、慌ててフォローを解除しようとした。綿乃原先輩からの着信がきたのは、ちょうどその時だった。

「わっ、えっ……あっ」

 意味にならない言葉が喉から漏れ出て、そのまま電話に出る。耳に届いたのは、綿乃原先輩の不思議そうな声だった。

『どうしたん。慌てた声して』

「や、なんでも、なんでもないです。タイミングが悪かっただけなので、気にしないでください」

 答えながら、佳織は呼吸を落ち着けた。

 自分が綿乃原先輩のアカウントをフォローしたことなんて、分かるはずがないのだ。あの膨大なフォロワー数なら通知なんてとっくに切っているだろうし、そもそも佳織のアカウントを綿乃原先輩は知らない。

「それで、そう、アルバイトの話ですよね」

 誤魔化すように佳織は話題を変えた。

『そうそう。明日、日曜やけど昼からバイトせん? 都合が悪かったら来週でもええんやけど』

 佳織は、まるで受けるかどうか考えていますとでもいうように時間をおいた。すぐに答えるのは、これまでの佳織らしくないからだ。

「……わかりました。やります」

 うまくいつも通り答えられたと思ったのだけれど、返ってきたのは意外そうな声だった。

『なんかあったん? バイト代がいくらか聞かんなんて、珍しい』

「金欠でして!」

 遮るように、佳織は言った。ちょっと声が大きくなりすぎたので、慌てて付け加える。

「ちょっとすぐに現金が欲しかったんです。ええ、ちょうどよかったので」

『そうなんか。少しなら色つけられるけど……』

 話が変な方向に転がりそうになって、佳織は不安になる。いつもはどういう風に話していたのだったか、少しも思い出せない。

「いいですから。気にしないでください。ゲームに課金しすぎただけです。自業自得なんです」

 本当に自業自得だった。いつも通りだなんて意識して、勿体ぶるからこうなるのだ。

『佳織ちゃんがそう言うんやったら、別にええけど』

 まだ少し納得できていなさそうな口調で、綿乃原先輩が言う。その態度があまりに普段の綿乃原先輩で、ずるいと思ってしまう。佳織だけが空回りしているように感じた。もちろん、言いがかりもいいところなのだけど。

『そしたら、明日。桜駅の西口から少し歩いたとこにあるカラオケ屋さん、わかるやろか』

「あ、はい。それなら分かります。地下に受付があるとこですよね」

 一年生の時、文化祭の打ち上げにクラスのみんなで行った覚えがある。

『そうそう正解。もしかして行ったことあるん? そこに午後一時……やと少し早いか。うちの方で準備できたら電話するから、一時半くらいに近くにおってくれたらええわ』

「準備、ですか?」

『うん。今回の除霊はたぶん簡単やよ。うちの言うことをちゃんと聞いてくれたら、全然くさい思いをせんで済むはず』

 綿乃原先輩の笑い含みの声。きっと電話の向こうでも本当に目を細めているのだろう。

「簡単な除霊を、綿乃原先輩が私に頼むわけないじゃないですか」

『お、調子でてきたやない。でも、はずれ。佳織ちゃんにとっての簡単は、うちにとっての簡単とは全然イコールと違うの』

 そうして、びっくりするほど甘い声で、綿乃原先輩は言った。

『佳織ちゃんの力はね、すっごいんやよ』

「どういう――」

 意味ですか、と続けようとしたときには、もう通話は切れていた。

 耳から離したスマホに目をやると、電話に出る直前まで見ていた綿乃原先輩のツイッターが表示されていた。宣材写真なのだろう、やたらと可愛い笑顔をしたヘッダー画像の横で「フォロー中」と書かれたボタンが存在を主張していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る