生物室のにおい(1)
「二条さん、今日の放課後って暇かな?」
学食でお昼ご飯を食べている途中、島崎さんにそう問われた。佳織はちょうど親子丼を頬張っていてよかったと思いながら、片手で少し待ってのポーズを取る。
島崎さんとは、この春のクラス替えでたまたま席が近かったという理由で友人になった間柄だ。
つまりそう、この後に島崎さんが続ける内容によって暇かどうかが決まる。
そこまでを冷静に考えて、佳織は口の中にあったご飯を飲み込んだ。
「放課後に何かあるの?」
もちろん、できることなら島崎さんと一緒に遊びたい。けれど、あまりに佳織自身の趣味嗜好とかけ離れた誘いであるなら、お互い楽しい時間を過ごせないはずだ。気まずい思いをするくらいなら、佳織は寮の自室へ戻ってゲームのイベントを走るという用事を優先させる。
そういう打算まみれな佳織の内心に気付いていないようで、島崎さんの目は好きなものを語る人のそれだ。
「うん。オカ研で新入生歓迎の肝試しやるんだ。上級生も参加自由だから、二条さんもどうかなって」
「あ、先週掲示板で見たかも」
佳織は手書きのチラシを思い出す。葉桜高校に伝わる七不思議を再現する肝試しをするらしい。この学校の七不思議はよく知らないけれど、例えば声をかけたら呪われると言われているトイレの花子さんに向かってわざわざ声をかける、みたいなことだろう。
この時点で既に、佳織はいかに穏当に誘いを断るかということを考え始めている。
藪をつついて蛇を出しに行く理由はない。七不思議になんて自分から関わりに行って万が一にでも『ホンモノ』が混じっていたらどうしてくれるのか。
盛大に顔を歪ませてくささに耐える姿は、あまり友人に見せたいものではない。
「えっと、その、ごめん。ホラー……苦手なの」
島崎さんの笑顔から目を逸らしながら、佳織はもだもだと答えた。
他に用事があるとか言えれば良かったのだろうけれど、嘘は得意ではないし、用事さえなければ肝試しに喜びいさんで参加するタイプと思われても困る。
佳織の返答に、島崎さんの眉と肩が下がった。すごく申し訳ない気分になってくる。
「そっかー。苦手だったら、仕方ないよね。ああ……でも、もったいない……」
島崎さん曰く、怖がりであることはホラーを楽しむ一番の素養でもあるらしい。その理屈はなんとなく分かる。
いたたまれない気持ちになって、佳織は別に言わなくていいことまで付け加えた。
「ホラー映画とかなら、平気だから。そういうときはまた誘ってよ」
ぴん、と島崎さんが背筋を伸ばして笑顔になった。テンションの上下が分かりやすくて逆に心配になってくる。
「二条さんって本物かもって思っちゃうと駄目なタイプか! おっけーおっけー。今度、一緒に観に行こう。約束、ね」
「う、うん。楽しみにしてる」
少しのけぞりながら佳織は頷いた。
ほとんど核心を言い当てられたからというよりも、単純にその勢いに驚いた。
「任せといてよ。公開中のやつだと何がいいかなあ」
にまにまと笑う島崎さんは猫みたいに目を細めている。もしかしたら怖がるよりも怖がらせる方が好きなのかもしれない。
「島崎さんは、ホラーとか好きなんだ」
「んー、好きだよ。うちの高校はオカ研が強いからコアめの話題でも引かれにくいし」
オカルト趣味は普通の学校だともっと学内カーストが低い。葉桜高校で例外的にオカルト研究部が強い地位を築いているのは、ひとえに現役霊能アイドル巫女が通っているからだ。
つまりだいたい綿乃原先輩のせいと言える。
「愛ちゃん先輩のおかげだよー。そりゃ、オカ研が少しファン倶楽部になっちゃってるのはどうかと思うけどさ」
ホラーが好きということが先に来ているらしい島崎さんは、少しご立腹らしい。
「あれ、でも確かあの先輩はオカ研じゃないよね?」
綿乃原先輩はアイドル業も巫女業もそれなりに忙しいようで、学校そのものを仕事で休むことも多く、部活動には所属していなかったはずだ。
「だから、なんだと思うよ。一緒に部活動してたらファン倶楽部にはならないでしょ」
「……なるほど」
たまにとはいえ、一緒に除霊をしている佳織にとっては納得が深い。確かに佳織は、綿乃原先輩のファンとはとても言えない。
もちろん、なんだかんだ言いながらも綿乃原先輩のファンでもあるらしい島崎さんに、自分はファンじゃないなんて宣言することはない。
それくらいの機微は佳織にも分かっている。
だから、代わりにもっと重要なことを言う。
「ところで、私は少しくらい冷めてもいいけど、島崎さんのうどん、大丈夫?」
「ああっ」
つゆをすっかりと吸ったでろでろのうどんの上に、島崎さんの悲痛な声が落ちた。
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