第6話 暗黒騎士とバースデーギフト
暗黒騎士ナイトヴァルザーブレードはジーンズのポケットに手を入れ、少し変な顔になってごそごそと中を探り、はっと思い出したように今度はリュックサックを下ろして何かを探していた。おそらく先ほどの騒動で履いていたジーンズが破損してしまい、新しく着替える時にポケットの中身を移動させていたのを忘れていた、そんなところだろう。
「うむ、見出したぞ」
取り出された白い袋はとても小さなもので、綺麗な水色のリボンが結ばれていた。リーゼロッテの好きな色だ。覚えていてくれたのだろうか、と少しそわそわする。
「そなたがこの世に生まれ堕ちし日に、影の
相変わらずその言葉のチョイスでいいのかどうかよくわからない。でも、言いたいことはとてもよくわかる。『お誕生日おめでとう』だ。
「迷宮の深き闇より、相応しき財宝を持ち帰った。日頃の忠誠への褒美である。受け取るが良い」
尊大な言葉と、それから……なんだろう。すごく目が泳いでいるというか、自信がなさげというか、
「ありがとうございます。とても嬉しいです。中を見てもよろしいですか?」
うむ、と少し煮え切らない返事があったので、リボンを解いて中を出した。小さなキーホルダーだ。
……プラスチック製の、将棋の『歩』の駒がついている。
リーゼロッテは、衝撃的すぎてしばし目を疑った。例えば、剣に竜が巻き付いているとか、銀色の
結だったら『えっ、これ何を思って買ったわけ?』とかずばずばと切り込んでいくだろうか。後で月乃に何をもらったか聞かれたとして、正直に答えたら暗黒騎士は怒られはしないだろうか。そんなことすら頭に浮かんだ。
「いや、それは、その、違う……」
さすがのリーゼロッテも怪訝な顔をしてしまっていたのか、素の斉藤口調に戻りながら、暗黒騎士は一生懸命に何か言おうとしているようだった。
「違わない、けど……。その、本当はそうじゃなくて……ポーン、を探してた」
「ポーン?」
少し考える。そうして、チェスの
「前に、見かけた気がして……でも、今は売ってなかった……。好き、なんだけど……」
「お好きなんですか?」
うん、とそこは力を込めてうなずく。
「……
言葉には徐々に熱が宿り、暗黒語彙が復活する。多分、本当にこの話が好きなのだろうなと思う。
「最強の
(私、夢があります)
リーゼロッテは目を瞬かせた。
「そなたに
(まだしばらくは侍女でいたいですし、お姫様も素敵でしたけど……。でも、でもいつか、あなたみたいに強くて格好いい騎士になって、一緒に戦う夢です)
胸の奥底から、ぐっと何か熱いものがこみ上げるのを感じた。いつか語った夢物語。覚えていてくれたんだ。リーゼロッテは感極まりながら、こくりと首を縦に振った。
「私、私……一歩ずつ、進みます」
夏の陽を和らげる、気持ちのいい風が吹き抜けていく。
「そうして、いつかあなたと並ぶ立派な……」
手の中のキーホルダーに目を落とした。しかし、駒はスタイリッシュな
「立派な……と金?に……」
駄目だった。耐えきれなかった。リーゼロッテはどうしようもなくおかしくなって吹き出してしまった。笑って、笑って、声を上げて笑って、ようやく目を開けると暗黒騎士ももう我慢出来ないような顔で肩をぷるぷると震わせている。顔を見合わせて一緒に笑った。こんなに大笑いしたのは、生まれて始めてかもしれない。
妥協ができなかったのだろう。一度決めたメッセージをなあなあにすることは、不器用な彼にはとても我慢ができなかったのだ。それで、将棋の駒。
真摯で、滑稽で、馬鹿馬鹿しくて、とても愛おしい。最高の誕生日プレゼントだ。そう思った。
お姫様扱いは、もういい。手のひらより小さなキーホルダーひとつで、自分はこんなに幸せになれるのだ。前に進もう。そしていつか、なりたい自分に『成る』。
後でこれを
マンションの自転車置き場は少し混んでいたが、どうにかソラちゃんを停めることができた。二階の自室に向け、リーゼロッテは内階段をかつかつと足音を立てて上がる。なんだか飲んだことのないお酒に酔ったような、いい気持ちだった。そういえば今日で二十歳になるのだから、もうお酒を嗜んでもいいのだな、と思う。酔っ払うことに興味はないが、味に関しては少し試してみたい気持ちはあった。
廊下を歩き、自室へ……向かおうとして、ふと何かがドアの前に置いてあるのに気づく。香水のようないい香りも漂っているようだった。不審に思って近づいた。何か妙ないたずらだろうか。場合によっては管理会社か警察に連絡して……。
そこには細長い、上の方だけ透明のフィルムが張られた白い箱があって、中には純白の百合の花が咲き誇っていた。
ひやりと浮き立っていた心が冷えた。よく見ると、中には小さなカードが入っていて、そこには宛名とメッセージが書かれている。
『小夜へ お誕生日おめでとう』
地面にへたり込みそうになった。誕生日プレゼントを贈ってくるような仲で、この名前で彼女を呼ぶのは今では父と叔母しかいない。叔母からは昨日、図書カードを送ったからね、と電話をもらっている。郵便受けにはちゃんとかわいい封筒が入っていた。
頭の中が混乱する。中に誰か隠れていそうで、部屋のドアにさえ恐怖した。地面が揺れるような気持ちになる。
逃げなきゃ。
小夜は……リーゼロッテは転びかけながら来た道を走り戻っていく。逃げなきゃ。でも、どこへ?
白百合は、廊下に人気がなくなってからも、静かに宙に芳香を放っていた。
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