第4章 暗黒騎士、独り佇む

第1話 暗黒騎士と業務会議

「はい、じゃあ斉藤くん本日の報告」


「うむ。我ら黎明のときより魔犬ケルベロスとの死闘を繰り広げしところ、ついには屈服せしめ、かの怪物は再び地獄の縛鎖に繋がれることと相成った」


「リーゼちゃん通訳」


「朝十時から山崎さんのお宅の飼い犬チワワ三匹のお散歩代行に出かけ、十時四十五分に無事お家に送り届けました。とてもかわいかったです」


「はいありがとね。最後のは別にいい」


 トカノ特殊業務社の夕方の業務報告は、簡単・迅速に行われる。社長である戸叶とかのによれば「だってせっかくの定時前にいちいち反省会とかしてたら面倒じゃない?」とのことだ。暗黒騎士ナイトヴァルザーブレードの難解な報告も、リーゼロッテが入社してからは理解がしやすくなったと先日大いにほめられた。


「然るのち、乃木さんによる敵襲の報せを受け迅雷のごとくかの地へおもむくも、敵すでに影も形もなし。我が暗黒瘴気剣ドラグザルディムカイザーを振るう好機を逸し無念である」


「乃木さんがお電話で……」


「あ、これはまあわかる。大丈夫」


 戸叶はボールペンの尻でかりかりと頭を掻いた。


「乃木さんねー。ほんと困っちゃうよね。まあ、警察に通報してた時よりはましなんだけど」


 事あるごとに狂者ルナティックを目撃したと主張し、連絡をしてくる近隣の住人に、従業員は少々手を焼いていた。主に暗黒騎士とリーゼロッテが対応に向かい、結局ゴミ出しやらテレビやら何やらの愚痴を聞くだけ聞いて帰ってくる。


「ふたりには悪いけど、放置もできないからね。今後ともよろしく」


「放置しちゃえばいいと思うんですけど」


 むすっとした顔で報告を聞いていた錦木結にしきぎゆいがつぶやいた。


「時間の無駄でしょ。そりゃ本当に狂者ルナティックが出たなら斉藤が適任だとは思うけど、他にやることいくらでもあるんだし」


「まあそう言わないで。あとは?」


「我らが征く道に障害なし。刻を違えし塵芥の類は速やかに葬り去った。大鴉のにえとなりしがゆえに」


「巡回路は何事もありませんでしたが、放置された燃えるゴミがカラスの餌になっているところが多かったので、清掃してきました」


 よくまあそういうのポンポン出てくるよね、結はため息をついた。


「わかんねーわ……」


「以上である」


「以上ですとおっしゃっております」


「それはわかる」


 リーゼロッテは椅子に座り直す。暗黒騎士はやり遂げた顔をしているのでまあいいだろう。錦木結は、相変わらず仏頂面だ。リーゼロッテより三つほど年上で、暗黒騎士よりはひとつ年下、だったか。少し傷んだ髪をざっくりと結んでいる。年齢に反して社内では一番のベテランなのだという。


「結ちゃんも報告お願い」


「午前は配送三件、午後は模様替えが一件。全部おっさんと組んでやりました。特にクレームとかは何もなかった。終わり」


 おっさん、と言われたのは最年長の八重樫やえがしで、少し気弱げにその報告を聞いている。こちらは三十八歳ほどだったか。前職は配送業で、何かと重宝されているらしい。


「はい。無事故続いてるのはいいことね。引き続きがんばってください。葵川くんは直帰。あとは」


 戸叶はホチキスで留められた数枚組の紙の束を持ち出す。


「これさ、SMEの基礎知識についての社内講習会を依頼されて資料作ったんだけど、わりとうまくできたから配らせて。そんでほめて」


「今さらっすね」


「そう言わないで」


 ぱらりと開くと、おおよそ保健センターの講習で習った内容が、カラフルにわかりやすくまとまっている。


「見やすくていいじゃないですか」


 八重樫の言葉に、社長はえへん、と胸を張る。


「結構苦労したんだよ」


 めくると、『積極性とコントロール性から見る四つの症状分類』と題してチャートが描かれている。『妄想型』『感情型』『依存型』、そして『拒絶型』。リーゼロッテは最後のひとつだと診断されたのを、よく覚えている。積極性は低く、代わりに能力のコントロール性は高い、というのは割合に耳触りの良い言い方で、要するに自分の殻に閉じこもりやすく力が弱め、ということだ。


 ぼんやりと資料を見つめている暗黒騎士をちらりと見る。『妄想型』は閉じこもりやすいのは同じだが、能力の発現は強く、力に振り回されやすい。ただ彼は、言動はともかく、力についてはずいぶんコントロールができている方なのではないかと思う。免許も甲種二類……『刀剣類の使用』が認められていたはずだし。能力的にそこまで取らないと危険だと判断され指導されたのだろう。


「まあこれもね、最近はわりとグラデーションで複合型が多いって話になってきてるみたいだけどさ。分類って好きな人が多いのよ。特に企業の上の人なんかはね」


「傾向と対策ですね」


「血液型じゃねえんだからって感じしますよね」


 八重樫が鷹揚に対応し、結は腕を組む。このふたりは『感情型』。積極性は高く、能力のコントロール性は低いとされている。低いと言っても普通に仕事をできているのだから、確かにどこまで当てになるのかわからないところではあるな、と思った。


「あとほめてほしいポイントがひとつあるんだけど」


 戸叶が資料をまとめながら胸を張る。


「ついでにこの企業から仕事取ってきたのよ。来週オフィスの引越しがあるんだって。隣のビルに移動するだけだから車はいらないんだけど、見た感じ箱詰めする荷物が多いから、四人全員で作業してもらえるかな」


 はい、とばらばらに返事が上がった。


「おっさんの独擅場って感じじゃん」


 八重樫は『触った物の重さを軽くすることができる』。物の移送に関してはプロフェッショナルと言える。


「リーゼちゃんとは初仕事だね。よろしく」


 八重樫とはあまりしゃべったことはないが、穏やかそうな人柄にはなんとなく好感を覚えていた。こくりとうなずく。


「よろしくお願いします」


「そんで、あたしへの賞賛はなんかない? 最近葵川くんに任せきりだったからがんばったんだけど」


「大儀であった」


「そういう上から目線じゃないやつ!」


 和やかな空気で報告会は終わる。引越しかあ、とリーゼロッテは資料の紙を軽く撫でた。社内では一番多い依頼と聞く。本格的に業務に参加できるようで、少しうれしかった。


 絶対、頑張ろう。そう小さく気合を入れたら、結に笑われた。

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