第4話 暗黒騎士と社員紹介

「我ら主従の帰還である!」


「ただいま帰りました」


 おおー、と雑然とした事務所の中から声が帰ってくる。外に出ていた人たちが帰ってきていたらしい。中央の大きめのテーブルから、いくつもの目がこちらを見つめていた。


「おかえりー。どう? うまくやれそう?」


 薄く笑っているような目の、短い茶髪の男の人が手を振ってくる。社長とこの人だけがスーツ姿。ゆるい口調と声に聞き覚えがあった。


「ええと、葵川あおいがわさんですか?」


「当たり」


 何、葵川さんまた蝙蝠こうもりごしに挨拶したの。と少し不機嫌そうな顔の女の子が言う。リーゼロッテより少し年上くらいだろうか。長めの髪の毛を軽く結び、『トカノ特殊業務社』と社名の入った渋い青のつなぎを着ている。


「それあんまり感じ良くないと思うな……にしても」


 じろじろと品定め風にこちらを見てくるので、リーゼロッテは少し緊張し、背筋を伸ばす。


「えー、まゆみさんって電柱でもかわいいって言う人だから、ほんとにめっちゃかわいい子が来るとは思ってなかった」


「ドール系だね」


「おっさんがそういう言い方するとキモい」


 そうですか、と肩を落としたのは、三十代後半ほどの男性だ。やはりつなぎ姿。戸叶は立ち上がりながら言った。


「まあ、あたしからすれば若い女の子なんてみんなかわいいよ……というのはいいとして。斉藤くん、報告聞きたいから応接室ね。みんなは自己紹介してて」


「承った」


 ふたりの姿が別室の扉の奥に消えた瞬間。三人はリーゼロッテ向けて身を乗り出してきた。


「あの斉藤といきなり仲良くなったってマジ?」


「なんでまたこんな小さい会社に」


「はいはい皆さん、自己紹介って言ったじゃん」


 ぱんぱん、と手を叩く乾いた音。叩いた当の葵川は、そう言ってから首を傾げた。


「で、家出したってのはほんと?」


 葵川お前舐めてんのか、と女の子が立ち上がってにらみつける。結んだ髪が軽く揺れた。年かさの男性が軽く彼女を止める。


「事情のある子にそういうデリカシーのないこと聞くんじゃないよ、このクソ情報オタク!」


「落ち着いて、ゆいちゃん落ち着いて」


「あ、あの」


 恐る恐る口を挟む。三人が彼女をじっと見た。


「家出じゃなくて、自立なんです。ちゃんと自分で働いて、生活するために家を出て」


 へえ。結と呼ばれた女の子は、少し表情を和らげた。


「えらいじゃん」


「えらいえらい。だからにらむのやめて」


「この子のえらさと葵川さんのクソさは何も関係ないよね?」


「そこ突かれると弱いなあ」


 困ったような笑いを浮かべ、年かさの男性が口を開いた。


八重樫徹やえがしとおるです。主に外で実務部隊……運送なんかの作業をやってます。よろしく」


 よろしくお願いします、と頭を下げる。女の子も向き直り、まだ少し機嫌の悪そうな顔で名乗った。


錦木結にしきぎゆい。だいたいおっさんと組んで実務やってる」


 このふたりはそういう……引越しだとかの作業に便利な能力を持っているのだろうか、と思った。


「僕、葵川肇あおいがわはじめ。営業ね。言ったけど改めて」


 あまり反省もしていなさそうな顔で葵川は言う。


「ええと、り……リーゼロッテ・フェルメール、です」


「それさ、斉藤がなんか言ってたからって本当に名乗んなくていいんだよ……」


 いくらかわいくてもリーゼロッテ顔じゃないでしょ、と結が顔をしかめる。いえその、と首を横に振った。なんというか、機微の説明が難しい。


「さ……暗黒騎士ナイトヴァルザーブレード様にはとてもお世話になって」


「付き合いがいいんだね」


 八重樫がフォローするように言う。葵川は無責任にくつくつと笑っていた。


 なんとなく、地面が少しへこんで、その中に落ち込んでしまったような気持ちになった。それは、あの人はちょっと周りとは違う、おかしなことを言う人だけど。自分も何回も変だとは思ったけど。でも。


 ちゃんと仕事のことは教えてくれたし……何より、一緒にいてとても楽しかったのに。


「いや、まあ、あいつ悪い奴じゃないよ。よくお婆ちゃん家からお煎餅の袋もらってきて、みんなに分けてくれるしさ……。ただ、嫌だったらちゃんと言いなよってこと。私なんかは、ほら、ああいうの聞くと頭がかゆくなる方だからさ」


 オッケー? 結が少し声の調子を和らげた。リーゼロッテはこくりとうなずく。


「嫌なんてことないです。楽しいです」


「おおー」


「逸材だ」


 男性ふたりがざわめいた時、がちゃりと音がして応接室のドアが開いた。戸叶の後ろから、暗黒騎士ナイトヴァルザーブレードが神妙な顔で出てくる。


「はいお疲れ。挨拶できた?」


「はい」


 うなずくと、戸叶はよろしい、と少し声を張る。


「そういうわけで、今日から試用期間の、えー、リーゼロッテちゃん。名前は気にしないこと。治癒補助の能力持ちだから、何かあったら頼るようにね」


 はい、と声が上がる。


「最初は斉藤くんと組んでもらって、必要な時は実務部隊にもサポートで参加してもらうつもりでいます。とはいっても新人だし、即怪我を治せるってわけでもないからね。これまで通り無事故無負傷を心がけてください。よろしく」


 よろしくお願いします、とお互い頭を下げた。これからここで働くのだと思うと、胸がどきどきするのを感じた。ちらりと暗黒騎士の方を見ると、ぼんやり濁った目をこちらに向け、ほんの少しだけ笑ってくれた。


「簡単に言うと、八重樫さんが持ってるのは『触った物の重力を軽くすることができる能力』」


 紹介された八重樫は、側に積んであった、重そうなダンボール箱を軽々と持ち上げてみせた。


「結ちゃんは『すごく速いスピードで移動できる』」


「部屋の中だとぶつかるから、実演はまた今度ね」


 むっつりした顔は癖なのだろうか。腕を組んで首を振る。なるほど、どちらも働く上では便利そうな力だ。


「斉藤くんと葵川くんは見たよね。『物を剣にできる』のと『遠隔で音のやりとりができる』」


 葵川の力は、なんとなく電話でいいのでは?という気もしたけれど、もっと使い勝手がいいのかもしれない。


「免許見た感じ、発症して半年も経ってないよね。自分や他人の力を前提に動くのは結構コツがいるけど、そこはサポートするから少しずつ慣れてください。斉藤くんもよろしく」


「当然である。我がかの者を煉獄に連なる道へといざなわん!」


「物騒なとこに誘うなアホ」


「我が故郷、緋の煉獄ギルガザールを侮辱するか」


 結が突っ込み、暗黒騎士が言い返す。『頭がかゆく』なったのだろうか。それはそれでふたりは仲が良さそうにも見えて、うらやましいな、とも思った。


「あっ、リーゼちゃん笑ってるけどさ。これ別に微笑ましいやり取りとかじゃないからね⁉︎ 耐えられなくなっただけだからね!」


「結ちゃん落ち着いて」


「だいたいいっつもこんな感じ」


 葵川が小声で言う。


「ヴァルちゃんがボケて、結ちゃんが怒って、八重樫さんの胃が痛くなるわけ」


 ヴァルちゃん。なかなかユニークなあだ名だ。リーゼロッテは目を瞬かせる。


「葵川さんは?」


 ん、僕? 笑っているような目が、軽く瞬いた。


「僕は高みの見物。楽しいよ」


「はいはい、休憩はその辺でね。手が空いた人はホワイトボードの指示に従って、葵川くんは頼んだ書類作って。斉藤くんリーゼちゃんはもうちょい打ち合わせしよっか」


 そうして、社長が事態をまとめるのだな、と思った。案外しっかり役割分担のできているチームなのかもしれない。


 あれ、と気づく。そういえば、社長の能力ってどんなものなんだろう?と。

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