異世界に転移するときに行く白い空間は、痴話喧嘩をする場所ではないです。

海ノ10

プロローグしかないけどプロローグ




日常が非日常になるっていうのは、普段の暮らしからはとても考えられないことだと思う。

 誰も毎日続いたことが次の瞬間には終わるなんて想像もしないし、考えもしない。

 むしろ、それを考えすぎる人は心配性って言われる。

 そんな僕も、地震対策とか最低限の準備しかしないしね。

 今、こんなことを考えている僕は普通……ではないかもしれないけど、そこまで変わり者ではないつもりの一般人。

 普通じゃないっていうのは、幼稚園の前から知り合いの幼馴染兼超かわいい彼女がいるから。

 だって、学校中からアイドル的な扱いを受けてる彼女がいるって普通じゃないよね?


 まあ、僕の彼女の話は始めたらきりがないからこれくらいにするよ。

 で、もう一度日常と非日常の話をすると、非日常っていうのはいつでも、それこそ朝でも昼でも夜でも、もちろん彼女とデート中でも起こる。

 例えば、火災、地震、落雷、交通事故とかっていうのはみんな思いつく非日常だし、そのほかにも『彼女とデート中に突然白い空間に飛ばされる』なんてのも非日常の中に含まれることだと思う。


 ……うん。そろそろ現実逃避を止めにして、現実を受け入れよう。

 僕、織鍵おりかぎ琥珀こはくと、その彼女の石脇いしわき未花みはなは、デート中に変な真っ白な空間に飛ばされた。


 ……うん。いまだに僕も信じられないから、『そんなのありえない』って思うのが本当の反応だと思う。













琥珀は、自分の服の袖を引っ張られるのを感じて意識を現実に戻す。

自分の腕を見ると、腰が引けて体が震えている状態の未花が上目遣いで見ていた。


(ああ、僕も泣きたいくらいだよ。でもさ、そんな泣きそうな顔を見せられたら我慢するしかないじゃないか。)


二人でデートをしていたら、突然白い部屋にいたのだ。琥珀自身訳が分からないし、いまだに夢じゃないのかと思ってもいる。

しかし、今引っ張られている服の袖からの感触は確かに感じるし、夢にしては脳が正常に働きすぎている気がするのだ。

まあ、脳が正常に働いている原因は、『気がついたら真っ白な空間にいた』という現在の状況を生命の危機と認識しているからだとは思われるが。

そんな『危機』にまともな思考ができるのは、単に琥珀の才能だろう。

自身の能力について普通と言う彼だが、実際は普通ではなく天才の部類に入るということに彼は気が付いていない。


「大丈夫。大丈夫だから。」


琥珀はそう言って未花の頭を撫でるが、実際に大丈夫だとは微塵も思っていない。

むしろ今彼の脳内はパニックに陥っている最中である。


(未花の頭を撫でてたら少し落ち着いてきた。

 まあ、現状の解決方法は全くわからないけど。)


本当に何もなく、遠近感覚が分からなくなりそうな部屋の中に突然放り込まれた彼らがいまだに精神を壊していない・・・・・・・・・のは、お互いの存在があるからだろう。

一人でこの空間に放り込まれたら、あまりの情報の少なさに発狂するのが普通だ。


「そんなに怖がらなくても、此処はただ白いだけ・・なんだから何の問題もないって。」

「こ、怖がってない!」

「怖がってるでしょ。」

「ぼ、ぼ、ボクが怖がるわけないじゃないか!」

「体が震えてるけどね。」

「気のせいだ!」


琥珀は意図的に必要なさそうな会話をすることで、未花を落ち着かせようとする。

可能な限り『いつもの態度』をすることで、『白い空間』というイレギュラーを軽減しようとしているのだ。

それと同時に、琥珀自身を落ち着かせるという意図もある。


(さて、『大丈夫』とは言ったものの、これからどうしよっか。とりあえず、このまま会話を続けるのは確定とし……っ!?)


琥珀は思考の途中で現れた『人物』に対し、未花をかばうように移動するということを反射的に行う。

突然の琥珀の行動に、未花は何が起こったのか理解できずにただ目を白黒とさせる。

その間にも、琥珀は冷静に突然現れた人物を観察した。

あまり見かけない形状の白い服に、色素の抜けたような白髪。蓄えられた白いひげと理性的な瞳は琥珀を見定めるように見ている。

琥珀はそこまで観察すると、思考を『どうするのが最適か』という方向にシフトした。


「……こんにちは。」


まずは出方を伺う。そう結論付けた琥珀のとった行動に、老人は一瞬驚いた顔をした後、「くくっ」と押し殺したように笑う。

それを見ても琥珀は警戒を緩めることはない。

まだ目の前の不審者からは外見以外の情報が得られていないのだから。


「ああ、こんにちは。まさか初対面で挨拶をされるとは思わなかったわい。」

「挨拶は大事だと教わってきましたので。ところで、此処は何処ですか?」

「まずは、自己紹介が先じゃないかの?」

「僕の個人情報は『不審者』に渡すほど安くないので。」

「不審者って……これでも一応神なんだがの……」

「僕からすれば『訳の分からない場所にいる不審な人物』以外の何者でもありません。」


初対面の相手にも関わらず、琥珀は強気にそう言う。

実は、琥珀には優しく対応することができないほど余裕がないのだ。

当然のことである。


「ああ、確かに……じゃあ、これで信じてくれるかの?」


神はそう言うと、手を軽く振るう。

すると、琥珀と未花の幼少期の姿や、ついこの前の姿などが空間に投影された。

慌ただしく変化する状況に追いつけていない未花は琥珀の腕に抱きつき混乱するが、琥珀はそれほど慌てておらず、むしろ溜息を吐きたくなっていた。


(これが夢なら説明がつくんだけど、本当に夢じゃないんだとしたら最悪だ……相手はそれだけの力を持っているってことになるんだから。)


琥珀は一瞬でそう結論付けると、必死に『最適解』を探す。

しかし、相手の目的、要求、思想が分からない現状では、『失敗した回答をしない』ことに頭を使うしかない。


「なるほど、確かに貴方は神なのかもしれません。だとすると、そんな神がこんな平凡な僕に何か用ですか?」

「いやいや、こんな状況でそれほど冷静な思考ができる段階で平凡ではあるまい。」


誰のせいでこんな状況意味不明な状況になったと思っているのか、琥珀は神(仮)に小一時間ほど問い詰めたくなったが、実力行使が怖いのでやめる。

目の前の存在が話し合いではなく実力に訴えてきたらどうしようもないことは先程ので理解した。


「僕は未花守るべき存在がいるからまだ考えられるだけですよ。彼女がいなかったら今頃発狂しています。」

「いやはや、おぬしはどうも自己評価が低いように思える。」

「高く見積もって失敗するのは怖いので。」

「慎重なのはいい事じゃ。」


琥珀は早く相手の目的が知りたいと思いつつも、関係ない話に付き合う。

ここで機嫌を損ねられても面倒だし、何より下手な対応をして未花に危害が加えられるのは避けなければいけない。

ここは慎重に行くべきなのだ。


「さて、そんな慎重なおぬしに一つ頼みたいことがあるんじゃが、聞いてくれるかの?」

「話を聞くだけなら。」

「まあ、当然じゃな。」


話を聞くだけで終わると琥珀は思っていないが、話を聞くことすら拒否してしまうと、最悪その『頼み事』とやらに強制参加になりかねない。

まあ、頼み事から逃げるという選択肢を神(仮)が取らせてくれるとは思えないが、それでも話を聞いてから判断するのには意味がある。


「まず、儂は『第八十二番科学型三類生物発展世界』……まあ、おぬしのいた・・世界のことじゃな、そこ以外にも、多数の世界を管理しておる。

 それで、儂が管理している世界の一つに、『第百二番魔法型混合生物発展世界』というのがあっての、その世界はおぬしらで言うところの『剣と魔法の世界』なんじゃが……」


琥珀はそこまで聞いた瞬間、ふと頭に前に読んだライトノベルが浮かんだ。

その話は、『現代日本にいた主人公が神様のミスで殺され、そのお詫びとして異世界に送られる』というものだ。


「……実は、その世界に他の神が干渉する異常事態イレギュラーが起こっての、その対応をする必要があるのじゃ。」

「……その対応を僕にしろと?」

「察しが良くて助かる。

 ああ、勿論ただでとは言わない。報酬の前払い・・・としておぬしに力を与えるし、達成した場合できる限りおぬしの要望に応える。

 ただ、ここで断ってもらっては困るがの。」

「もし断っても強制的にその世界に送られるのですか?」

「まあ、簡単に言えばそうじゃな。」


要するに、『報酬はやるから頼みを聞け。拒否権はない』ということだろう。

横暴にも程があるのだが、目の前に居るのは神(仮)なので文句を言うわけにもいかない。


「なるほど。では、いくつか聞きたいことがあります。

 まず、その『依頼』の正確な達成条件と、現状を教えて下さい。」

「まあ、当然の疑問じゃ。

 だが、この状況でそれを聞くべきという結論に達するのは流石じゃの。

 で、依頼の達成状況じゃが、『イレギュラーを引き起こす原因の除去』じゃ。

 他の神は、あの世界に干渉するために世界の中に『起点となるもの』を送り込んだ。

 その起点を中心に世界は荒らされているのじゃ。」

「その起点とは?」

「他の神が干渉してしまったため、こちらから認識するのは不可能じゃった。」


つまり、『何かを世界から除去せよ。ただ、その何かは分からない。』ということだろう。

いくらなんでも、その『何か』の正体が分からなければどうしようもない。


「せめて、その『起点』のヒントとなりそうなものはないんですか?」

「その起点は、恐らく大きな力を持っておる。

 それこそ、この世界には不釣り合いだというほどのな。」

「理解しました。

 ちなみに、『前払いの報酬による力』とは、どのようなものですか?」


そう、これを知らないのに頷くわけにはいかない。

もしかしたら、『起点』に太刀打ちできそうもない、現状そのままの力しか与えられない可能性すらあるのだ。


「あの世界には、スキルというシステムがあっての、そのスキルは『常時型スキル』と『能動型スキル』に分かれるのじゃが、そのほかにも『特殊スキル』というものもある。

 その『特殊スキル』が、おぬしらに与える報酬で、基本的に『特殊スキル』を持つ者は例外なく英雄、もしくはそれに近づけるだけの能力を持つことになる。」

「なるほど、英雄クラスの力を与えられるわけですか。」


とはいえ、それが戦闘向けのスキルでない可能性や、それだけでは力及ばない可能性もある。

だが、ここで文句を言ったところで現状がよくなったりはしないだろう。

ならば、その報酬を受け入れるしかない。


「わかりました。

 ですが、あと一つだけ尋ねたいことがあります。」

「ほう、なんじゃ?」

「その依頼に、二人・・も必要ですか?」

「……自分だけ受けるから、彼女は元の世界に帰してほしいと?」


神(仮)が言ったその言葉に、琥珀はこくんと頷く。

未だに状況をよく掴めていない未花だが、その言葉には敏感に反応した。


「はぁ!?つまり、自分は良いからボクだけは帰してくれって言っているのか!?

 ふざけないでくれよ!」

「いやいや、未花こそふざけないでよ!

 今の話聞いてた?

 これから行かなきゃいけない世界は、剣も魔法もある『日本とは百八十度違う世界』なの!

 そんな危ないところに未花を連れて行くわけないでしょ!?

 っていうか、今僕は神様と話してたの!」


せっかくいい感じの雰囲気で話してたのに、完全に空気が崩れたどころか、『未花をもとの世界に帰す』という目論見までもが崩れそうになっており、思わず大きな声を出す琥珀。

それに対し、未花は必死の抵抗を見せる。当然である。

つまり、死にに行くと言っているのとほぼ同義だからだ。


「ボクに関わる話なんだからボクが入ったっていいだろう!?

 そもそも、どうしてボクだけ帰らなきゃいけないんだ!

 キミが一緒にいなきゃ意味がないだろう!?

 馬鹿なのか!?」

「いやいや、そっちこそ馬鹿なの!?

 何があるか分からない世界に、女の子の未花を連れて行ったら未花が危ないでしょ!

 こっちの常識すら通じるか分からないのに、何言ってるの!?」

「はい出ました『女の子だから』って理由!

 そんなのでボクが納得するわけないだろ!?

 そもそも、告白の時に『絶対に君を放したりしない』って言ったのはキミ自身じゃないか!

 キミは、自分で言ったことすら守れないのか!?」

「その時と今とでは状況が違うでしょうが!」

「そんなの関係ないよ!」

「関係あるよ!

 僕は未花を守りたいの!

 で、異世界に行ったら日本以上に危ないから『日本に帰れ』って言ってるのにわかんないかな!?」

「わかんないね!

 だって、キミと離れるくらいなら死んだ方がましだから!」

「ちょっとちょっとお二人さん?

 熱くなるのは良いんじゃが、儂のこと忘れてないかの?」

「「あ。」」


すっかり熱くなっていた琥珀と未花は神(仮)の言葉で冷静になる。

少し気まずそうな顔をする未花に対して、琥珀は不満げな顔をする。


「で、結局のところ儂はどうすればいいんじゃ?」

「帰してください。」「一緒に連れて行ってください。」


ぴったりのタイミングで正反対のことを言う二人に、神(仮)が頭を抱えるという状況になる。

今まで神(仮)は必要上、このように他の世界に人を移動させるようなことはあったが、目の前で痴話喧嘩ともいえるものをされた経験は無かった。


「僕は君に傷ついてほしくないからこういってるのが分からないかな!?」

「キミこそ、ボクにとってキミと離れることが最も傷つくってわかんないのかな!?」

「とりあえず、二人とも落ち着いてみたらどうかの?」

「「だってこの人が!」」

「わかっておるから、一旦お互いに落ち着いて、な?」


とりあえず、神(仮)は熱くなっている二人をそうなだめると、どうしたものかと考える。

そもそも二人とも連れてきたのは、その方が落ち着いて話ができるのではないかという思惑があってのことだったが、まさか喧嘩が始まるとは思ってもいなかった。

神(仮)にも想定外は存在するのだ。


「まず、お嬢さんはもっとしっかり考えてみてはどうかの?

 おぬしの彼氏が言っておった通り、儂が依頼で行かせる世界は命の危険がある場所じゃ。

 いくら強力な『特殊スキル』があるとはいえ、命の保証はできん。」

「……はい。」

「で、おぬしのほうは、もう少し彼女の気持ちを汲んでやってはどうかの?

 彼女のおぬしを想う気持ちは本物じゃ。

 彼女にとっておぬしはかけがえのない人で、彼女からしてみれば大切な人が一人で危険地帯へ行こうとしているのじゃ、ついていきたくなるのも分かるじゃろう?」

「……わかります、けど……」


複雑そうな表情をする琥珀と未花は、何処か納得できないようだ。

まあ、お互いに立場が違うのだから当然である。

しかし、神(仮)としては、どうするのかをしっかり決めてくれないと困るのだ。

正直に言うと、痴話喧嘩とか面倒くさいのである。


「……わかった。

 琥珀は、ボクが危ないからダメって言うんだね?

 だったら、キミがボクを守ってよ。」

「いやいやいや、それが出来たら苦労しないよ。

 何があるか分からないから、危ないって言ってるわけだし。」

「じゃあ、ボクがキミに依頼するよ。

 ボクをしっかり守ってね。

 報酬は、ボク自身。

 これでどう?」

「いや、そんなどや顔されても困る。

 そもそも、守れる保証が無いからそう言ってるんだよ?」

「じゃあさ、キミは日本だったら守れるって言いきれたのかい?」

「日本と異世界とではリスクが違うよね?」

「守れる保証はないんだね?

 じゃあさ、ボクが『何にも守られない日本』と、『キミに守られる異世界』のどっちに居るのが安全だと思う?

 ボクは、どっちもさほど変わらないんじゃないかと思ってる。

 だったら、キミがいる異世界のほうがいいって思うんだ。」

「いやいや、そもそも『何にも守られない日本』と、『僕が守れる異世界』の危険度が同じという根拠がないじゃないか。」


二人の話し合いは進まず、ずっと平行線のままである。

さっさと異世界に送りたい神(仮)的には非常に嫌な状況だ。

ただまあ、当人たちにしてみれば人生に関わる決断を迫られているのと同義なのだから、仕方のないことかもしれない。


「根拠根拠って、キミはそんなに根拠が大事なのかい?」

「大事に決まってるじゃん。」

「でも、異世界のほうが危ないという根拠はあるのかい?」

「うっ……」


未花の問いかけに、何も言い返せない琥珀。

『異世界は危ない』という前提で話を進めていたが、その前提がどうなのだ?と聞かれたのだ。言葉に詰まるのも無理はない。


「無いんだったら、もしかしたら『キミがいる異世界』のほうが安全かもしれないじゃないか。」

「そうかもしれないけど、異世界のほうが危ないかもしれないよね?

 どうして『異世界に行く』なんて賭けをするの?」

「キミと一緒に居たいから。

 それだけじゃ駄目かい?」


上目遣いで、懇願するように琥珀を見る未花。

そんな未花に、琥珀は「うっ」と小さく声を漏らすと、一歩後ずさる。

未花のかわいさに、思わず「来ていい」と言ってしまいそうになったのだ。


「……だめ?」

「だ、ダメに決まってるじゃん。」


ジーー


「本当に、だめ?」

「本当にダメ。」


ジーー


「だめ、なの?」

「だ、ダメなものはダメ。」


ジーー


「本当に?」

「ああもう、その上目遣いやめてよ!

 僕がそうやってお願いされるのに弱いってわかってやってるでしょ!」

「いいよって言ってくれたら抱き着きも追加するけど?」


琥珀の精神に的確な攻撃を入れた未花は、ダメ押しの一言を言う。

琥珀は一瞬悩んだ後、抵抗を諦めたかのようにはぁっと息を漏らす。

それだけで、既に二人の勝敗は決していた。


「……わかったよ。」

「ありがとう!

 琥珀大好きだよ!」

「……はぁ。」


未花に抱きつかれる琥珀は「仕方なかった」と言わんばかりに溜息を吐く。

どうしてこうなったのかと琥珀は自分の言動を振り返るが、完全に上目遣いに負けたとしか思えない。

その事実に、「自分ってかなりちょろい?」と考えてしまう。

実際は琥珀がちょろいのではなくて、未花に対する琥珀がちょろいだけである。

同じことを未花以外の誰がしても、琥珀は首を縦には振らなかっただろう。


「ふぉっふぉっふぉ。

 負けてしまったのう。」

「どうも彼女には弱くて……

 ですが、これで意地でも守らなくてはいけなくなりましたね。」

「そんなにおぬしのことを想ってくれるのじゃ。

 大切にしなければいかんぞ?」

「わかっていますよ。」


やっと二人の痴話喧嘩が解決して上機嫌になる神(仮)。

まあそれも当然のことで、目の前であんなやり取りを見せられてお腹いっぱいにならない筈がないのだ。

要は、お互いに大好きだと言い合っていたようなものだったのだから。


「では、神様。

 話し合いの続きをしましょうか。」

「……え?」


琥珀は急に真面目な顔をすると、神(仮)に向きなおってそう言う。

しかし、これ以上話すことなどないと思っていた神は目を丸くする。


「話し合いと言っても、既に決まったことじゃろう?」

「貴方が勝手にそう思ってるだけでは?

 僕は納得していませんよ。」

「ほぅ、つまり報酬が足りないと申すか?」

「違いますよ。

 神様、一つ提案があるんですけど、『前払いの報酬』を後払いにしてくれませんか?」

「……は?」


突然謎の提案をしてくる琥珀に、神(仮)は思わず変な声を漏らす。

それも当然のことで、つまり彼は『特別な力』がない状態で頼みごとを終わらせると言っているのだ。


「おぬしは、『特殊スキル』がなくて依頼をクリアできるのかの?

 儂はそう思わんが……」


神(仮)はどう見ても筋肉質ではない琥珀のひょろっとした体を見て、そう当然のことを口にする。

しかし、それを聞いた琥珀の口角は上がっていた。


「そう、この報酬の『特殊スキル』というのは、この依頼を達成するうえで必要不可欠・・・・・なんですよ。

 神様、貴方はどうして必要なものを『必要経費』として僕に与えてくれないんですか?」

「……は?」

「『特殊スキル』がなければ、依頼が達成できるとは思えない。

 貴方自身がそうおっしゃいました。

 ならば、依頼に必要だと考えられる『特殊スキル』を、報酬の前払いという形で僕に与えるのはおかしいのでは?

 『特殊スキル』は必要・・なんですよね?」

「つ、つまりおぬしは、『特殊スキル』は必要なものだから報酬とは別に用意すべきと言いたいのかの?」

「流石神様、理解が速くて助かります。」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「待つ?何をですか?

 僕はただ依頼達成に必要なものを請求しているだけですが?」


さあ、早く頷いてしまえ。

そう言わんばかりの琥珀の態度に、神(仮)は面白いほどうろたえる。

まさか、そんなことを言われるとは思っていなかったのだ。


「なら、おぬしに対する『前払いの報酬』を別の物に変更しよう。」


口に出してはいないが、事実上琥珀の言い分を認めた神は、『特殊スキル』を二つ与えるという事態を避けるためにそんなことを言いだす。

実際、あの世界で『特殊スキル』二つ持ちは強すぎるのだ。


「別にいいですけど、代わりに何を提示してくれるんですか?」

「金、お金をやろう。

 日本円にして五億相当のお金でどうじゃ?」

「そう言われてもピンときませんね。

 僕が行く世界というのは、何処の場所でも物価が同じなんですか?

 そもそも、日本とは物価が違うはずなのに、日本円に換算されても分かりませんし、そもそもお金って国などの信用に基づいているわけですから、それを報酬にされても……」

「じゃ、じゃあ武器でどうじゃ?」

「武器って僕が使えないと意味ないじゃないですか。

 平和な国に住む日本人の僕が、まともに武器を使えるとでも?」

「ああもう!

 わかった、わかったから!

 『特殊スキル』を報酬ととして与え、それとは別に経費として『特殊スキル』を与える、こう言えばいいのか!?」

「ま、妥当なところでしょうね。

 異世界の物の価値なんて僕にはわかりませんが、『神様が認めるほどの力を持つ特殊スキル』ならある程度信用できますし。」


琥珀はしたり顔でそう言う。

それを見た神(仮)は琥珀を殴りたい衝動に駆られる。

しかし、その『慰謝料』として何を請求されるかわからないので思いとどまった。

賢明な判断である。


「話はこれで終わりか?

 終わりならもう世界に転送するが。」

「はい、お願いします。」


琥珀を長く此処に居させてもいいことが無いと判断した神(仮)は、さっさと琥珀と未花を異世界に送ろうとする。

琥珀を未花を中心に光が舞い、二人の体を謎の浮遊感が襲う。


「向こうについたら『ステータスオープン』と言えば、スキルなどが確認できるからの。」

「わかりました、試してみます。

 あと、しっかり『報酬』と『経費』が支払われていなかったら依頼の放棄も視野に入れますからね?」


琥珀は転送が完了する寸前にそう釘をさしておく。


「儂がしっかり払わない訳がなかろう。」


神(仮)はそう言うと、ぱちんと指を鳴らす。

すると琥珀と未花の体はふっと白い世界から消え、別の世界に送られる。

それを見送った神(仮)は、ふぅっと息を吐くと一人呟いた。


「琥珀に二つ『特殊スキル』とか、悪い予感しかしないの……」







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異世界に転移するときに行く白い空間は、痴話喧嘩をする場所ではないです。 海ノ10 @umino10

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