化け狐さん1匹目

「あの」

「はい」

「化け狐さん」

「はい?」

「やはり許していただけないでしょうか」

「駄目です」

「·········。」

何故俺は今“化け狐”という迷信の中でしか聞いたことのない生き物に許しを乞っているのか。

事の発端はおよそ4時間前に遡る_______


立原の相談を聞いてからもう1ヶ月前が過ぎようとしていた。

立原も、そろそろ気持ちに余裕が出来てきていて前の立原に戻りつつある。

「早瀬、本当にありがとな。俺早瀬が居なかったら今頃どうしてるか分かんないや」

「良いって、別に。実際に変われたのは立原なんだから自信もてって。」

「おう、でも本当に助かったぜ、おっと、俺今日用事あるんだったわ。じゃあな」

「そうなのか?じゃあまた明日な」

立原と別れた後、俺は特にやることも無かったので商店街をぶらぶらしてた。時刻は6時位だったかな。

「······ん?」

ふと、俺は少し薄暗い路地裏に目を向けた。一瞬だけ、とても甘い香りが路地裏からしたからだ。本当に甘ったるい強烈な匂いだったのに、俺以外の人は皆気づいて無いっぽくて、驚いた。でも、それ以上に、甘い物はあまり好きではない俺が路地裏からした甘ったるい強烈な匂いに好感を持てたということが今日1の吃驚だと思う。いや、違うか。今日2か。

んで、その甘い匂いがした路地裏の方に近づいて見たら、今度はこれはもう直では嗅いではいけない位の匂いが奥から漂ってた。でも、俺は何故かその匂いに堪らなく好感が持てた。·····本当はここで帰っておけば良かったんだ、きっと。

それなのに、あんな甘ったるい匂いに吊られるなんて·····。

本当に俺は馬鹿だ。

その時の俺は、もうあの匂いに捕まっていたのかもしれない。

匂いに吊られた俺が一番奥に見たものは___________

““人間の姿だった””

(あれ、は、人、?)

匂いが増していく程、何処から来たのか謎の霧がその人間を隠しているかのように、狭い路地裏に充満していた。

シルエットは意外とくっきりと見えていたのでどのくらいの年齢層かは予想できた。

(20~30代くらいか?)

髪型は短髪、服装は、フードみたいなものが付いてるから、パーカーといった所だと思う、身長は普通の男性よりも高いくらいの、175、6cm程。

(あんなところで何してるんだ?)

気になったので、その時は好奇心だけで足を動かしていた。

俺は、なんとなく忍び足で気付かれない程度に前進していたので、霧の向こう側まで意外と気付かれることなく近付く事が出来た。

(あともう少しで見えるんだけど······)

その人の容姿が段々明らかになっているのが分かってきた。

髪色は、橙色に少し霞みを掛けたような、そんなキツネ色だった。後ろ姿からして、やっぱり若い男性には違いないと思う。

「あ、あの!!」

思い切って口を開いてみると、その男性を驚かせてしまったのか、ビクッと効果音が付きそうな動作をして急いで此方を振り向いていた。

ようやく男性の顔が見えているところで、これまた驚いた。

(え?女の人?)

見た瞬間は本当にそう思った。男性にしては少し丸い顎、目鼻口はこれでもかと言うほど整っていて、中性的な顔、だけで表して良いものなのかと悩む程だった。つり目だが黒目は大きかった。今までで一番綺麗な顔にあったと思う。男にこんなことを思うのは不本意過ぎたが。

「だ、誰です!?」

まあ、そうなるよね。

「あ、すみません、驚かせてしまって。この路地裏から甘い匂いがしたので吊られて来てしまいまして······。」

「え?甘い匂い、?でも貴方、その匂いからして、人間の子じゃあ······。」

「へ?」

よく意味が分からなかったので、間抜けな声を出してしまった。何故甘い匂いにそこまで過剰反応しているのか全然分からないし、そもそも人間の子って······。

「······あの、よく意味が分からないんですけど······?」

その言葉しか頭には浮かんでこなかった。しかし、この人は俺の問いに応えるどころか、少し怒り気味にこう言ってきた。

「······いえ、そんなことはどうだって良いのです、それより貴方······見ましたね?」

「······へ?」

俺がこの人の何を見たのだというのか。俺が見たのは、この人のシルエットと、霧だけだ。

「とぼけても無駄ですよ!!見たんでしょう、僕の““充電するところ””!!!!」

「はい?じゅうでん?」

あまりに突然の発言すぎて漢字に脳内変換するのに時間が掛かってしまった。それにしても、なんだよ、充電って。

「そうです!!あーもう最悪です!!最低人間!!非道人間!!」

「えー!!そこまで言うことないじゃないか?!ていうかそんなの見てませんよ!!」

もう口調が迷子になってきてる、いや今はそれどころではない。もうこいつの言う“充電”が何のことを指しているのかなんてどうでも良かった、取り敢えず誤解をときたかった。

「俺が見たのは、あんたのシルエットと、」

「と、何ですか?」

まだ疑心のようだ。これを言えば誤解は確実にとける筈だ。

「何か、深い霧だけだ」

「······。」

お?誤解はとけたか?

「······それを、」

「“充電”っていうんですよ······」

何か良く分からんが、誤解はとけたらしいな、······悪い方向に。

男性は羞恥と怒りで何とも言えない顔をしている。

「······あの、これは、」

俺がその先に並べようとした言葉は言い訳の筈だったが、男性の顔を見ると、到底言い訳の言葉を並べる気にはなれなかった。

「······すみませんでした」

「·········。」

「······許しません。」

「······えー······。」

これは、長くなる。

俺はそう直感で感じていた。

そこからは、許してくださいと嫌ですの繰り返しだった。俺はやり取りに耐えられなくなって、ついに質問した。

「······どうしたら、許してくれますか」

「······。」

男性は黙っている。返答に迷っているようだった。

暫く男性は考え込んでいた。かれこれ5分位経っただろうか。返答を決めたようで、久しぶりに口を開いた。

「······じゃあ、」

男性は間をあけて言った。

「僕に、協力してください。」

······協力?自分にはまだその言葉の意味を理解する事は出来なかった。

「······協力、ですか?」

俺はその意味を探るように問い掛けた。

「はい、心配せずともきちんと説明はします。」

「お、お願いします」

そう言うと男性は説明すべくいきなり凄いカミングアウトをしてきた。

「まあ、単刀直入に言いますと······僕、人間じゃあないんです」

「······はい?」

ああ、何だか最近色々ありすぎないか?頭が付いていかないぞ。

「まあ、そんな反応も無理はありませんよね」

無理なんてあるわけない。これが普通だろう。そう心のなかだけで男性に言い返した。

「······じゃあ、僕は何なのか、そこから説明しますから、良く聞いてください。」


そこからは、色々分かりやすく説明してくれたようだが、俺の今の頭の中に全部入る訳なんて無かった。大雑把に大事な所だけ覚えたが、人間である俺にああ、そうなのかなんてすんなり受け入れることは到底難しかった。まあ、簡単に言おう。

こいつ、化け狐らしい。

······それで、今は人に化けていて、化けるのにもエネルギーが必要らしいから、そのエネルギーをためる動作を“充電”と呼んでいたようだった。それは本当に妖や物の怪類いの奴らからしたら、他人には絶対と言っていい程見られたくない動作なのだという。それで、どのくらい恥ずかしい動作なのか聞いてみると、

「んー、人間で言ったら、見知らぬ誰かにお風呂入っている所を見られているような物ですかね」

と、分かりやすい例を挙げてくれた。声を掛けたときのあの慌てっぷりはそういう事だったのか······なんだよ、俺の方が悪者じゃないか。

さて、本題に戻るが、さっきこの狐が言っていた“協力して欲しい”というのは、妖についての事らしかった。なんでも、最近周りの妖達は様子が変な者が多いのだという。そこで、俺には、その様子が変な妖達を何とか元通りにしてほしいと言うことだった。······いやいや、人間の俺にどうしろと。

そう反論してみたが、この狐はいや、に続けてこう言った。

「さっきから黙っていたのですが、貴方からは妖と人間の匂い、どちらもしてくるのです」

「······そうなのか?」

もう疑う気も起きなかった。

「はい、ですが、人間の血の方が僅かに多いようです」

······僅かかよ。

「貴方の血縁者は、妖について何か言っていませんでしたか?」

その事については、心当たりがあった。

「そういえば去年死んじまったじいさんは、死ぬ少し前に、“お前は鎌鼬の血が交ざっている、気を付けろ”って言ってたな。その時はもうボケてて、誰も気にしてなかったけどね。結局、何に気を付けろって言ったのか分かんなかったけど。」

化け狐は、黙って聞いていた。

最後まできいた化け狐は、

「······貴方、お名前は?」

と聞かれたので

「早瀬」

と隠すことなく答えた。

「そうですか、早瀬さん······」

化け狐は、俺の名前を一回呟いた後に、

「早瀬さん」

と早速俺の名前を呼んだ。

「これからは、毎日この時間にこの路地裏に来てください」

「え?」

いつもなら、その時間帯はバイトに行っている時間だった。

「何か、問題がありますか?」

「ま、まあ······。」

「どんな問題か言えますか?」

「その時間帯は、いつもならバイトに行っているんだよ。だから······。」

化け狐は少し間をおいた後に、ああ、それならという言葉に続けて、

「そのバイト辞めても大丈夫ですよ」

と今の俺にとっては大問題になることを平気な顔で言ってきた。

「な、なんでそうなるんだよ?それじゃ俺生活出来なくなって協力どころじゃなくなるぞ」

辞めるだなんてとんでもない、と後から付け足して狐に反論してみせた。

だが、化け狐にもそれなりの対策があったらしく、

「それがですね」

と俺を説得するように言ってきた。

「お金なら僕にもあるので、給料なら僕に出させてください」

と妖とは無縁のような言葉をすらすらとなんの躊躇いもなく言った。

「······え、ええ!?金持ってるのか!?」

「まあね。今はありませんが。」

「は?どういうことだよ?」

肝心の金が無いんじゃバイトだって辞められるはずがない。

「まあまあ、きちんと払うのは本当ですから」

と、笑顔で言っているが、こっちは心配で仕方がない。きちんと払うのに嘘はないかもしれないが······。

「なあ」

「はい?何でしょう」

「妖だからって犯罪だけはするなよ」

一番心配なことについて釘は刺しておいたから大丈夫だと思いたいが······。

「何言ってるんですか、僕たちだって人間の場所に住まわせてもらっているのですから、やっちゃいけない事はしませんよ」

「ならいいんだが······。」

「ささ、分かったら、早く辞めてきちゃって下さい、明日にでも決行したいのですから」

「分かったよ······」

妖に半ば強引に今までの収入源を辞めさせられた俺であった。

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路地裏の化け狐さんと今日も会う 豆澤ハニー @aikobokko0821

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