路地裏の化け狐さんと今日も会う

豆澤ハニー

化け狐さん0匹目

9月の中旬。多少の風はありつつも、それを忘れる位の暑さはまだ東京都には残っていた。

____まだ秋は遠いなあ······。

そんなことを考えたのには、別に理由など無かった。ただ、挙げるとすれば、きっと俺はこう答えるだろう。

_____他に考えることが見つからなかったから。

正直今という時間は本当に暇であった。ついさっきバイトが終わり、今日の夜飯をコンビニで買った後、また明日の大学に備えてなるべく早く自分の家に向かいたいというのに、自称友達の立原からメールがきたと思えば

‹早瀬今何処にいんの?›

なんて意味不明目的不明の質問がきたから

‹駅前のコンビニだよ、なんで?›

と返事のメールを送り返すと

‹そこで待ってて›

と俺の質問には微塵も答えられていない、しかも2度目の意味不明発言を残したきりメールして来なくなってしまった。ここまで来るともういじめじゃないか?と思うのだが、自分に相談相手なんて身近に居ないし、そもそも立原自体はいうほど悪い奴じゃないから余計言いづらいので困る。はあ、俺って意外と詰んでるんだなあ。趣味無いし彼女居ないし。あ、因みに早瀬ってのは俺の名前。

まあ、今はそんなことどうだって良いんだ。今俺が一番考えさせられているのはやはりこの現状だ。いち早く帰りたいのは山々なのだが、待てと言われているからには待たねばならない。今は無理だ、と断りたいのも勿論山々だ。だが、立原は何せ人の話を全くと言っていい程聞かない。そのくせ頭は良い。どういう事だよ、全く。

まあ、そういうことで、俺の選択肢はおとなしく待つの一択だけということだ、うん。

んー、それにしてもこの時間は21の男には暇過ぎるのだ。もうコンビニには行ったので食べ物や飲み物はあるのだが、これは今夜の飯の分だ。できればいま食べたくはないのが本心だ。となると、いま少しの暇潰しになるので思い付くのは自身のスマートフォンしかないわけなのだが、今スマートフォンを開いたところで、それでやることが思い付かない。ああ、本当に詰んでるな、俺。

そんなことを考えている内に、車の走る音がこっちに近づいて来るのが分かった。立原は案外急いで来てくれたようだった。そうか、今の暇潰しの事を考えている事が俺にとっての暇潰しになったようだ。良かった良かった。

「おー、立原。それで、俺に何の用だったの?」

まあ、立原から来てくれるってことは返答は大体絞られるんだが。

「今から飲もうぜ、つまみも美味い店見つけたんだよ」

やっぱりそうだよな。まあでも、立原が紹介する店が不味いなんてことはないと思うから、良いんだけど。

「まあ良いけど、急に何で?悩み事?」

俺は純粋に気になった事を聞いてみた。すると

「まあな」

と意外とすんなり返答が返ってきた。何か今日のこいつおかしくないか?

そんなことを考えつつも、口には出さなかったのでこの疑問に対する答えは勿論分からなかった。だが、その立原の“悩み事”が今日の立原の態度をおかしくしているのだろうと結論づけた俺は、

「なら早く行こうぜ」

という返答を選択した。


立原の車に乗り、居酒屋に着くのを待つ。

意外と、着くまでの時間はそんなに退屈に感じなかった。俺も立原と2人で呑むのは結構久しぶりだから、内心楽しみなのかもしれない。

「着いたぞ、此処だ」

立原の声におう、と相槌を打ちつつ、目の前の居酒屋に目を向ける。

「此処かー美味いとこって。」

自分が思っていたよりはきちんとしている居酒屋だった。中から美味そうな匂いもしてくる。立原の言っている事はきっと本当だろうというのは匂いだけで分かった。

「おう、“猫モドキ”っつう名前なんだぜ」

「猫モドキかあ、なんか凄いネーミングセンスだな·····」

居酒屋でこんなミステリアスな名前は此処が初めてだ。美味い店ってのはやっぱり個性があるもんなのか?

まあ良い、そろそろ美味そうな匂いに耐えられなくなってきたので口を開く。

「まあ良いや、早く行こうぜ」

「おう」

立原も耐えられなくなっていたのは同じようだった。心なしか少し早足に見える。

さて、俺も中に入るか。


中に入ってからはどちらも早かった。さっさと頼み、結構なペースで飲み始めていた。そこで、俺はずっと引っ掛かっていたことを少し酔いが回ってきたところで聞いてみることにした。

「ところで、今日の“悩み事”ってのはなんだったんだ?」

立原はああ、それねに続けて言った。

「実はな······」

「?」

立原は少し顔色を変えて言ってきた。

「俺、見ちまったんだよ、““妖””って奴をさ······。」

「え?」

······何を言ってるんだか、本当にそれはもうえ?としか言い様がないのでは。

「本当だぞ!?絶対誰にも言うなよ?!」

「······いや、いきなり、そんなこと、」

「分かってる!!きちんと説明するから······聞いてくれるか······?」

あまりに突然のことで頭がまだ付いていけてないのだが、立原の態度は本当に真剣で、疑う気にはなれなかった。

「······分かった。」


あれは、昨日の夕方の事だった。大学が終わって、俺は家に帰る所だった。大学の敷地を抜けてすぐ、公園があるだろ?あそこに子供がいたんだ。でも親らしき人も居ないし、ましてやもう夕方だったからその子供にもう帰りなさいと声を掛けようと思って、近づいたんだ、その時はまだ俺の気配に気づいてなかったけど、

ねえ、って声を掛けたらこっち振り向いてさ、で、そろそろ帰りなさいって声掛けようと子供の顔見たら······顔が、な、くて······

ここまで話した立原の体は微かに震えていた。こんな立原ははじめてだった。

「その子供は······お前に何かしたか?」

立原は首を横に振った後、

「凄いスピードで走って逃げてった······。」

「そうか······ありがとな、俺に話してくれて。」

立原は再度首を横に振った。

「感謝しなきゃいけねえのは俺の方だ、おかげで気持ちが軽くなった。ありがと。」

そう言って立原は腕時計の針を見た後、

「······ああ、もう8時になるぞ、そろそろ帰るか?」

「そうだな、で、提案なんだが」

「?」

俺の方から提案するのはこの瞬間がはじめてだった。

「今日、お前ん家泊まっていいか?」

「え?」

全てを話した後の立原の声は少し弱々しかった。

「だって、普通に考えてみろよ、お前昨日絶対寝てないだろ、だから」

「よく分かったな、そんなに眠そうな顔してたか?」

そう言って笑っているこいつも、弱々しかった、当たり前だけど。

「眠そうな顔も何も、そんなことがあった当日の夜ぐっすり寝るなんてそもそも無理な話だろ」

俺は続けて言った。

「だから、今日くらいは泊まってやるって事。」

立原は最後まで俺の言い分を聞くと、ふ、クク、と小さく笑い出した。

「そうかそうか、頼もしいな、」

「な、なんだよ、なんでそんな笑ってんだよ」

「いや、何でもない、ククク、」

「あー、もういいよ!!今タクシー呼ぶからさっさと会計済ませてこいよ!!」

ほらよ、と千円札を渡すと、今度はいや、と

「良いよ、奢らせてくれ」

と言ってきた。

「?そうかよ、じゃあ奢らせてもらうわ、サンキュ」

その後は、俺がタクシー呼んでいる内に立原が会計を済ませて、2人ともシャワーも浴びずに床暖の上でぐっすり寝るっていう失敗を犯した。

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