ゴーレムのカード

安良巻祐介

 

 柔らかで大きな、泥色をした人のかたちが、一枚のカードの中に書かれてある。

 その輪郭は曖昧で、顔の辺りも判然としない。

 僕はこれに命令し、働かせることができる。

 夜の間にこの泥の人型は、カードの中から出てきて、さまざまな命令をこなすだろう。

 カードに附属した、一見ただの棒きれに見える、ひどく素朴な形の笛が、彼に命令を伝えるための唯一の手段である。

 彼は、言葉というものを解しない。

 何故と言うに、彼はひたすらに純粋であるからだ。

 複雑に枝分かれし、要らぬ色や葉を沢山付けた音は、彼の耳、耳と言うよりただの穴だが――には、まるで入り込めない。

 素朴な笛の立てる、面白味も何もない、そこらを吹く風と変わらぬような淡白な音色、それだけが彼の耳へと届き、それで以て彼は動き出す。

 だから実際、命令をすると言っても、実のところ、笛を吹くことでどういう内容が伝わっているのかは、さっぱりわからない。

 笛の音色に、何かしらの法則性があるのかとも思ってみたが、何度聴いても、同じ音しか出ない、意味と言う意味を意識下から吹き飛ばしてしまうくらい、無意味性に満ちた無情の音色だ。

 本当に、ただの一音だ。

 では、さまざまな命令を彼は本当にこなすのか。

 それについては、イエス、という他ない。

 僕がああしたいこうしたいああしてほしいこうしてほしいと願ったことは、今のところ全てかなえられた。

 朝になって見ると、部屋の中に泥の足跡がベッタリといくつもついているから、それとわかるのだ。

 眠る前に、笛を手にとって、月に向かって吹き鳴らす。

 それだけで、カードの中の泥人形は動き出し、外界へ出てきて、僕が夢の中でゆらゆらしているうちに、あれやこれやをこなしてしまう。

 ありがたくもあり、また、恐ろしくもある。

 これまでにどんなことをさせてきたか、その肝心の中身については、契約でもあり、また個人的に明かしたくないこともあり、ここに書き記すつもりはない。

 しかし、僕が僕自身の手で成したと思われていることのいくつかは、じつにこの、カードの中の彼がやったことなのだ。

 それだけは、言っておかねばならない。

 このカードには一列の数字が印字されており、その一部を削り取ることによって、この契約は永遠に破棄され、カードはただの紙切れに、中の彼はただの染みに戻るであろう。

 人は、それの持つ死と終わりについて知り得ないものを、使役する事は出来ない。これは生き物や動くものに限らない。未知のものは、いつだって、我々にとって敵でしかない。

 ゆえに、僕の手元にはこのカードがあるし、この泥の人型は永遠に僕の奴隷である。

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ゴーレムのカード 安良巻祐介 @aramaki88

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