第8話 決闘で恨みを晴らす (一)
色々あったせいで、地下二十階のチェックポイントを見つけた頃には日没の時間がもうすぐそこまで迫っていた。
いくら楽勝の階層とは言え、さすがに灯りの用意もなしに真っ暗なダンジョンを進みたくはない。
というわけで、一旦探索を中断し街に戻ることにした。
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・・
・・・
カランコロンカラン。
「いらっしゃい」
奥からお姉さんが声をかけてきた。
「今日も素材と魔石の買い取りをお願いします」
「あら、昨日の坊やじゃないかい」
俺はアイテムボックスから入手した素材や魔石をカウンターにぶちまけた。
「これは……たった二日で地下二十階まで到達するなんて、本当に凄いじゃないか。だけどやたらと地下十三階の素材が多いね? 何かあったのかい?」
「ああ、それは地下十三階で魔物の群れに襲われている女の子達を助けた時のですね」
「……もしかして、その女の子って四人組じゃなかったかい?」
ん?
どうして知ってるんだ?
「やっぱり、そうみたいだね……」
失敗した。
顔に出してしまったか。
とにかくなぜ知っているのか理由を聞かなければ。
PPから考えて可能性は極めて低いと思うけど、万が一ソフィアたちが俺のことを言いふらしたのなら、それなりの対応をしなければならないからな。
「どういうことですか?」
「……」
お姉さんは少し考えるようなそぶりをした後、こう続けた。
「実は、彼女たちは魔物をなすりつけられたらしくてね」
そういうトラブルは迷宮内ではよくある。
実際、俺も何度も経験したしな。
それに、あれだけ大量の魔物に囲まれていたのも、なすりつけられたせいだと考えれば納得だ。
「しかも悪質なことに、相手はトレインの警告の叫びを出さなかっただけではなく、ソフィアたちに攻撃まで仕掛けて足止めしたらしいんだ」
それは酷すぎる。
もはやなすりつけというより、殺しにかかったというべきだろう。
だが、それならあれだけのモンスターに囲まれていたことも納得できる。
「ソフィアたちは当然相手を告発したんだが、領主に相手が圧力をかけてね……。結局、決闘という形になったんだ」
妖精領では、領主がどちらの言い分が正しいか判断できない場合には、決闘でどちらが正しいかを決める。
正しい方には味方をしてくれる人がたくさんいるはずだから決闘で負けるわけがない、という理屈らしい。
しかし、今回は明らかに相手に非がある。
にも関わらず、決闘ということになったのは、よほど相手のバックに大物がついているのだろう。
悪い予感しかしない。
おそらく相手にはよほどソフィアたちを殺したい理由があるのだろう。
だからこそ決闘という形にして、今度こそ確実に彼女たちの息の根を止めるつもりなのだ。
「明日の朝の六時から決闘場でやるらしい。相手は金の力に物を言わせて助っ人を大勢集めたようなんだ。私はこんな理不尽をどうしても許せなくてね……。立場のせいで自分で動くことができないのが本当に歯がゆいよ。ああ、どこかにソフィアたちの味方をしてくれる腕の立つ人はいないかね?」
そう言いながら俺の方をチラッチラッと見てくる。
まあ、お姉さんに頼まれるまでもなく、まだ俺にはソフィアに借りがある。
少なくてもその分は返さねばなるまい。
「腕が立つかはわかりませんが、俺がソフィアさんたちを手伝いますよ」
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翌日。
早朝にもかかわらず、決闘場の周囲には見物人がいっぱいいて、露店もたくさん出ていた。
思っていたよりも決闘場はずっと大きい。
むこうの世界で近所にあった、某自動車メーカーの名前のついたスタジアムよりも大きいくらいだ。
この小さな街にこれほど巨大な決闘場があるのは、他人の決闘が住民たちの格好の見世物だからなのだろう。
まずは四人を見つけるために、人混みを掻き分けて進んでいく。
こういう時に小さな体は便利だ。
・
・・
・・・
四人は既に決闘場の舞台に上がっていた。
しかし、四人だけで固まっていて周りに他の人はいない。
どうやら四人だけで戦うつもりのようだ。
逆に相手側にはいかにもゴロツキといった風体の男たちがたくさんいた。
ざっと二百人といったところか。
金の力に物を言わせて大勢助っ人を集めた、というのは本当のようだ。
ぱっと見、強そうな奴は一人だけだが、そいつ以外にもソフィアたちよりレベルが上の奴が数十人はいる。
「おはようございます」
四人に声をかけてみたが、反応はない。
緊張しているのか、俺の声が届いていないようだ。
だから、もう少し大きな声で声をかけてみた。
「おはようございます!」
「あ、昨日の小さな治癒術士さん。昨日は本当に助かりました。ありがとう」
「あんたは昨日のへ……。いや、昨日はアタイ達を助けてくれてありがとう」
たしか、彼女はアリサだったか。
粗野な印象だったが、思ったよりは分別があるようだ。
我々の業界ではご褒美ではあるが、それはそれとして言われれば傷つくのも事実なのだ。
さすがPPが高いだけはある。
「あの、私、ニーナっていいます。昨日は助けて頂いたのに、お礼も言えず、すみませんでした」
「私、クララです。助けてくれてありがとうです」
そう言えば、昨日は取引が終わった後、俺はすぐにあの場を立ち去ったから、この二人と会話するのは今回が初めてだな。
「いえいえ、お礼ならソフィアさんに言ってください。こちらとしてもなかなかいい取引をさせていただきました」
そして、ソフィアを見て聞く。
「ところで……。見たところお困りのようですが、どうして俺を呼んでくれなかったのですか? まだ、銅貨75081.4枚分残っていますので、しっかりと働かせていただきますよ」
俺の問いに、ソフィアは悔しそうに声を絞り出した。
「……見ての通りよ」
「見ての通りとは?」
「敵は二百人以上も助っ人を集めてきたの。しかも、ただ数を集めただけでなく『火牛』のザハール、『亡霊騎士』のイグナート、その他にも『傍若無人』のユーリなど、量だけでなく質まで揃えた上でよ。悔しいけど、私達だけでは勝ち目はゼロ。でも……、それでも、命の恩人を勝てない戦いに巻き込んで死ぬような恥知らずな最後だけは嫌なの」
どうやら、ソフィア達はすでに勝つことをあきらめているようだ。
「クソっ。ボリスの野郎、よりにもよってザハールの奴を連れてきやがって……。そんなにアタイ達を殺したいのかよ」
「そのザハールというのは、あの背骨の曲がった小男ですか?」
「ああ、そうだよ。ああ見えて、あいつは以前、決闘で二十人相手に一方的に勝った事があるんだ。間違いなくこの町でトップクラスの実力者さ」
どうやら、あの一人だけ強そうな奴がザハールで間違いないようだ。
「だからあなたに最後にお願いがあるの。もし本当に、貸しが残っていると思ってくれているなら……私が死んだ後、その貸しの分だけでいいから私の妹の力になってほしいの」
ソフィアは真剣な眼差しでそう言った。
完全にここで死ぬつもりのようだ。
「事情はわかりました。ソフィアさんの妹さんがどんな人なのか非常に気になるところではありますが……。今は、そんなことよりも、時間もないですし、早速商談に入りましょうか」
「「「「えっ?」」」」
四人が勘違いしているようなので説明してやる。
「確かに、あのザハールの奴は強いです。あのクラスが千人いれば、俺でも勝率は五割といったところでしょう。ですが今回あいつクラスは一人で、残りは雑魚ばかり。仮に雑魚が何百人、いや何万人集まろうと俺が負けるなんてあり得ませんから安心してください」
四人はぽかーんとしている。
「ザハールが千人って……。普通ならそんな大口、とても信じられないけど……。でも、ゴブリンを倒した時の動きや治癒魔法の腕を考えれば……」
「ザハールクラスの相手千人と五分で戦えるだって? あんた、そんなに強かったのか!」
「あの、その、もしかして私達死ななくても済むんですか?」
「二つ名持ちのイグナートやユーリを雑魚扱いって……。すごいです」
どうやら、納得してくれたようなので話を続ける。
「さて、ご理解していただいたところで、話を進めましょう。何かご希望はありますか? 惨たらしく殺して欲しいとか、逆に半殺し程度でやめておいて、自分たちでトドメを刺したいとか……。特にご要望がなければ、俺が全員瞬殺しますが」
ソフィアは少しだけ考えると、覚悟を決めたように言う。
「ボリスたちだけは、私達だけで戦わせて」
「ボリス?」
「あの右端にいる連中よ。真っ白な鎧を着ているから、ひと目でわかると思うわ」
ああ、あいつらか。
見れば奴らの鎧は魔力を全く感じないにも関わらず、傷一つなく白く光り輝いている。
間違いなく白銀製の新品だろう。
奴らの実力には不釣り合いな品だ。
金回りが随分と良いのがわかる。
「わかりました。あいつらには手を出しません。あいつら以外をまとめて倒せばいいのですね?」
「ええ。お願い」
「さて、本来は前払い以外は受け付けないのですが、ソフィアさんたちは取引実績がありますし、さすがにこんな人目のある場所で脱いでもらう訳にはいきませんから、明日の夕方にお支払いということで構いませんか?」
「ええ。構わないわ」
「それで、具体的な料金なのですが、敵はそこそこの腕利きが一人いますので、金貨5000枚――銅貨で言えば50万枚ですね。みなさんのパンツで言うならば、一人あたり三枚……状態次第では一人一枚というところです。もし、一人一枚で足りない時は、足りない分は翌日以降のお支払いとなります。この条件で構いませんか?」
俺は四人を見渡すようにして聞いた。
「ええ。構わないわ」
「あたいはそれでいいよ」
「は、はい」
「問題無いです」
「それでは商談成立ですね。それと言い忘れましたが、パンツは明後日の夕方まで履き替えないでくださいね」
四人がちょっとだけ嫌そうな顔をした。
先代勇者は使用済みパンツが欲しい~パンツの価値は誰がどのように履いたかで決まる~ 寺垣薫 @Teragaki-Kaoru
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