第7話 Re:初トレード

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 この街の孤児院で育った私達にとって、迷宮に潜ることは小さな頃からの日常だった。

 初めて潜ったのはたぶん四歳か五歳の頃だったと思うけど、その頃のことはもう覚えていないほどだ。


 でも、そんな小さな頃から一緒に潜っていた仲間たちと私達は決別することになる。

 今から五年前――私が九歳の頃。

 当時一緒に潜っていた集団の中心メンバー達が、先に進んでの一攫千金を主張し始めたのだ。

 原因は他の集団が、たまたま、ちょっと深い階層の宝箱から高額な武器を手に入れたせい。

 中心メンバーたちはそれが羨ましくてたまらなかったのだ。


 私は「命あっての物種」と、できるだけ余裕を持って攻略していくことを主張した。

 だけど、欲に目が眩んだ仲間たちには何を言っても無駄。

 結局、私は臆病者呼ばわりされて集団を追い出されることになった。


 その時に、私についてきてくれたのがアリサ、クララ、ニーナの三人だ。

 三人には本当に感謝している。


 その後、私達はパーティー『迷宮の白百合』を結成して、四人だけで潜る事になった。

 最初は四人だけということで大変だったけど、地下一階からゆっくりと攻略していくことで一度も危険な目にもあわずに済んだ。 

 私達が地下一階をやっと攻略し終えた頃、元いた集団は地下七階まで進んでいた。

 ただし、集団の半分は死亡したり再起不能な大怪我を負ったりしていたけど……。

 彼らが死んだり大怪我を負う度に悲しい気分にはなったけど、それは彼らが自分で選んだ結果だと割り切った。


 逆に、私達は安全第一を心がけてきたおかげで攻略スピードは遅いけど、誰一人大きな怪我をすることもなく潜り続けることができた。 

 裕福な暮らしとはとても言えなかったけど、別の孤児院に捨てられた少し歳の離れた病弱な妹を私が引き取り一緒に暮らすことが出来るようにもなった。


 とても順調だったのだ。今日までは。




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 今日もいつものように地下十三階で狩りをしていた。

 最近は地下十三階での狩りも随分安定してきたので、もう地下十四階に進んでも大丈夫かな、なんてことをみんなで話してはいる。

 けど、「もうはまだなり」と言うし、もう少しだけ地下十三階に留まるつもりだ。


 一階深く潜ったところで収入は倍にはならないけど、危険度は確実に倍以上になる。

 確実に大丈夫となるまでは先には進むべきではない。

 「急がばまわれ」だ。


 そんな私達を嘲笑うような事件が起きる。


 二匹のゴブリンファイターとの戦闘中に、近くに四匹ものゴブリンメイジが湧いたのだ。

 だけど、伊達に安全マージンを大きくとっているわけではない。

 六匹程度なら安全に処理できる自信がある。


 私達は慎重にゴブリンどもを始末していった。



 残り四匹となった時、『奴ら』が現れたのだ。


 気がついた時には遅かった。


 激しい地鳴りを響かせながら、『奴ら』は百匹以上のゴブリンを引き連れてこちらに走ってくる。


 おそらく、『奴ら』は宝箱の罠解除に失敗して魔物寄せの警報を鳴らしてしまい、大量のゴブリンに囲まれそうになりながらその場を逃走。

 さらに、逃げる途中でもゴブリンにどんどん絡まれていき、結果的に百匹以上の大集団に追われることになったのだろう。


 このように多数の魔物に追いかけられている状態をトレインというのだけど、もしそうなった場合は大声で叫んで周りに警告するのが探索者としての当然のマナーだ。

 しかし、『奴ら』はあえてそれをしなかった。

 どうやら、魔物の集団を私達になすりつけて自分たちだけは助かるつもりのようだ。


「アリサ! クララ! ニーナ! トレインよ! すぐに撤退しましょう」

「おう!」

「わかったです!」

「はい!」


 今は戦闘中で、もし隙を見せようものなら背後からゴブリンメイジの魔法で狙い撃ちされてしまう可能性は高い。

 それでも。

 今は戦うという選択肢はない。

 「背に腹はかえられない」だ。


 六匹までなら、確実に無傷で勝てる。

 十匹まででも、無傷で勝てる可能性は高いだろう。

 二十匹までなら、たぶん死者を出さずに勝てる。

 でも、百匹以上では……。


 私達は逃げ出そうとした。


 だけど私達が逃げ出すより早く、信じられないことに『奴ら』がウォーターボールを連発して私達を攻撃してきた。

 ウォーターボールそのものは初級の水魔法だから、避けるのも容易で威力も大したことはない。

 だけど、私達の足元は完全にぬかるんでしまった。

 『奴ら』の狙いは私達の足止めだったのだ。


 しかも、私達がぬかるみに足を取られてもたもたしている間に、『奴ら』は私達を囮にしてうまいこと逃げ切ったようだ。


 ここまでするのか!

 私は怒りで全身が震えた。 

 『奴ら』は私達が逃げるのを積極的に妨害し、私達を生贄にしたのだ。

 それも、自分たちのつけを私達に払わせるためにだ。


「あいつらッ! 絶対にぶっ殺してやる!!」

「ええ。絶対に生き残って奴らにしかるべき報いを与えてやりましょう」


 アリサの叫びに答えた。

 クララとニーナも黙ってはいたが、怒りをこらえながら戦っているのがわかる。




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 最初に倒れたのはニーナだった。

 ゴブリンメイジ共がファイアーボールを同期させてニーナを狙ったのだ。


 たかがファイアーボールとはいえ、三十匹以上のゴブリンメイジが同期魔法として使うと、その威力は桁違いなまでに跳ね上がる。

 そんな同期魔法が凄まじい音を立てて炸裂した。

 ニーナはなんとか直撃だけは避けたようだが、完全にはかわしきれず上半身が完全に焼けただれてしまっている。

 そこには、あの美しかった面影は残っていない。


「ニーナ!」


 アリサが叫んだ。

 ゴブリンファイターが、その一瞬の隙をつき彼女の右腕を斬り落とした。

 さらに、別のゴブリンファイターが動揺する彼女の左足まで切断とした。


 ……!


 大事な友だちが二人も倒されているのに、私にできることは、ただただ生き抜くために戦い続けることだけだった。



 ・

 ・・

 ・・・



 もう、何匹のゴブリンを倒したのかなんて覚えていない。

 それでもゴブリンは途切れることなく襲い掛かってくる。

 気が付くと、クララも腹を刺し貫かれて倒れていた。

 

 気力を振り絞って戦っているが、私もそろそろ限界だ。


 こんなところで終わるのか……。


 彼が現れたのは、そんな風に弱気になりすべてを諦めかけた時だった。




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「加勢します!」


 一瞬空耳かと思った。

 だけど、声のしたほうを見ると、確かに誰かがこちらに駆け寄っていた。

 よく見れば、その声の主は私より五つくらいは年下の少年だった。

 しかも、完全に手ぶらで、鎧どころか武器さえ身に着けていない。

 まるで近所に散歩に行くかのような服装。

 こんな場所にいるのがあまりにも不自然で異質な存在だった。


 だけどそんな彼が、私を取り囲んでいたゴブリンどもを指先からだした魔力の糸で輪切りにし、残ったゴブリンには魔法を撃って――。

 気がつけば、あれだけいたゴブリンが一瞬のうちに全滅していたのだ。

 

「大丈夫ですか?」


 彼に声をかけられた時、私は生き残ることができた喜びで、涙が溢れるのを止められなかった。


「ありがとうございます。ありがとうございます」


 自然と口から御礼の言葉がこぼれた。

 

「いえいえ困ったときはお互い様です」


 彼はちょっと照れているようだ。


 そこで私は自分の置かれていた状況を思い出した。

 すぐそばには、大事な仲間たちが倒れている。

 三人ともひどい状態で助かりそうにない。


「アリサ! クララ! ニーナ!」


 私がもっと慎重に攻略を進めていれば!

 私がもっと周囲に注意を払っていれば!

 私がもっと強ければ!


強い後悔の念に押しつぶされて私は絶叫した。


 そんな私に彼は声をかけてきたのだ。


「さあ。此処から先はビジネスとなります。もちろん正当な対価での取引です。フェアトレードこそが俺のモットーですから!」




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「さあ。此処から先はビジネスとなります。もちろん正当な対価での取引です。フェアトレードこそが俺のモットーですから!」


 俺が口に出した言葉の意味を彼女は理解できていないようだった。 

 だから、もっと具体的に彼女に説明することにした。


「俺ならば彼女達を治療することが出来ます。もちろん、タダでというわけには参りませんが」 


 言葉だけでは信用出来ないだろうから、実演してみせる。

 言うなれば購入前に試食してもらうようなものだ。

 それで納得して貰えたら取引してもらえばいい。


「まあ、いきなり取引と言われても俺の腕を信用出来ないと思いますので、まずは俺の腕前をお見せしましょう。もちろんこれはサービスなので無料ですよ」


 実演は、右手と左足を失っている女性で行うことにした。

 欠損を治すというのはインパクトがあるし、何よりこの女性が一番時間の余裕がないからだ。

 出血が多すぎて、このまま放置していたら確実に五分以内に死亡してしまう。


 治癒魔法をゆっくりとかけていく。

 みるみるうちに欠損した腕と足が生えてくる。

 慣れていないとちょっと不気味に感じるかもしれない。


「……ん」


 無事、意識を取り戻したようだ。


「……アリサ!!」


 彼女は信じられないものを見たような表情をした後に、ふらふらとした足取りで俺が治療した女性に近づいていった。

 

 ああ、そう言えば彼女自身も満身創痍だったな。


「ついでにこれもサービスです」


 彼女にも治癒魔法をかける。

 みるみる顔色が良くなって、足取りもしっかりとしたものになった。

 そして、彼女は駆け出し治療した女性に抱きついた。


「アリサ! アリサ! アリサ! もう駄目かと思った。本当に良かった!!」

「あれ……? ソフィア? ここは?」


 どうやら、彼女の名前はソフィアで手足を欠損していた女性の名前がアリサらしい。

 その後も色々二人で会話をしていたようだが、俺には関係ない。

 早速、ビジネスの話に戻ろう。


「俺の腕前のほどは十分にご理解いただけたかと存じます。さあ、話を元に戻しましょう。今更言うまでもありませんが、俺なら残り二人も同じように治療できます」

「本当、なの?」


 ソフィアは期待を込めた目で俺を見た。


「ええ、もちろん本当です。ただし、此処から先はタダというわけには参りません。正当な対価をいただきます。それと、余計なトラブルには巻き込まれたくないので今回俺がしたことは他言無用でお願いします。もちろん俺のことを詮索するのもやめてください。名前を聞くのもやめてください」


 正当な対価という部分を聞いて二人はちょっとだけ身構えた。

 治癒魔法での治療というのは馬鹿みたいにお金がかかるからだ。


「わかった。……いくらなんだ?」


 アリサが恐る恐るといった様子で聞いてきた。


「これほどの重症なら、一人金貨500枚、つまり二人で金貨1000枚――銅貨で言えば10万枚が相場ですね」

「……!! そんな大金払えるわけがない……」


 アリサは悔しそうにしたが、さすがに命の恩人に突っかかってくるほど馬鹿ではないようだ。

 妥当な金額だということもわかっているのだろう。


「でも、私達がそんな大金を払えるわけがないことは最初からわかっているはず。なのに、どうしてわざわざタダでアリサを治してくれたの?」


 ソフィアは話が早くて助かる。


「もちろん、俺が実際に治療できることを理解してもらうためです。別に対価はお金でなくてもいいわけですから」


 むしろ、お金なんてもらっても困る。

 この世界でなら、稼ごうと思えばお金なんかいくらでも稼げるのだから。


「……要するに体で支払えってこと?」

「残念ながら、俺は女性の体をお金の代わりにやりとりするのは好きではありません。女性は物ではありませんからね」


「「えっ?」」


 話の流れ的に二人は、性奴隷か情婦になれとでも言われると思っていたようだ。

 二人は目に見えるほど戸惑っている。

 だが、今言ったように、俺は女性の体をお金のかわりにやりとりするのは嫌いだ。

 女性は物ではないからだ。


 だから俺ははっきりと告げてやる。


「単刀直入に言います。あなたたちのパンツと引き換えに二人を治療しましょう」

 

「「えっ?」」




---




 長い沈黙の後、ようやくソフィアがしゃべりだした。


「それって……やっぱり着替え用に持ってきたパンツじゃ駄目だよね?」

「もちろんです。洗濯済みのパンツなんてただの布切れです。パンツの価値は、鮮度はもちろんのこと、誰が、どのように、どの部分に、どれくらいの間履いてたかによって決まるんですよ!!」


 つい、熱く語ってしまった。

 引かれやしないかと内心ドキドキしていたが、ソフィアは冷静に考えているようだ。


「……わかりました。私のパンツと引き換えに二人を治療してください」

「ソフィアだけにやらせるわけにはいかない。アタイも脱ぐ」

 

 二人共随分とあっさりと決心してくれた。

 もしかして脱ぎたがりなのだろうか?

 まあ、今はそんなことはどうでもいい。

 とにかく、彼女たちの気が変わる前にさっさと取引を終わらせたい。

 だけど、二人同時に脱がれたらじっくりと観察できないので一人ずつにしてもらう。


「では、ソフィアさんから、パンツをどの部分に履いていたのか見えるようにゆっくりと脱いでください」


 ソフィアは頷くと、鎧の留め金を外しゆっくりと鎧と靴を脱いだ。

 次にズボンに手をかけするすると脱いでいく。

 みずいろのパンツが丸見えになった。

 

 女性のパンツというものは何色でもいいものである。

 パンツには貴賎があるが、パンツの色には貴賎はないのだ。


 ソフィアが遂にパンツに手をかけてゆっくりと下ろしていった。

 彼女がどの部分にパンツを履いていたのか舐め回すように凝視したが、俺の今の外見は十歳くらいなので問題ないはずだ……たぶん。

 そして、最後に彼女は足を小さく上げてパンツを抜き取り、恥ずかしそうにそれを俺に渡した。


 まず、しっかりとパンツがどの部分を覆っていたのか見えるように脱いだのは高評価だ。

 さらに、長時間履いていたせいだろうか、パンツの状態も非常にいい。

 何より恥ずかしそうに脱いだのが、大変素晴らしい。

 これは、修正値は+30%が妥当だろう。


 俺は一瞬でそう評価すると、すぐにパンツをアイテムボックスにしまった。

 アイテムボックス内は時間凍結が掛かっているのでまさにパンツの保管にうってつけである。

 どうしても時間が経つと状態が劣化してしまうからな。


 まぁいくらアイテムボックスが劣化を防げるとはいえ、使用する時はアイテムボックスから出すわけだから完全には劣化を避けることはできないだろうけど。


「……次はアタイの番だな」


 アリサが覚悟を決めるように呟いた。


「いえ、その必要はありませんよ」

「え?」


 アリサが不思議そうな顔をしたが、構わずに倒れている二人にまとめて治癒魔法をかける。

 腹部の傷は完全にふさがり、焼け爛れた部分はポロポロと剥がれ落ちてその下から綺麗な白い肌が見えてきた。


「ん……」

「すぅ……すぅ……」


「 「クララ! ニーナ!」 」


 感動の場面の最中に申し訳ないが、それよりも取引の方が大事なのでこちらを優先させてもらう。


「ソフィアさんの基礎点が134678。さらに、なかなかいい脱ぎっぷりで、パンツの状態も非常に良く、さらには恥ずかしそうな仕草も大変結構なものでした。よって修正値は+30%とさせていただきました。ゆえに、最終評価は175081.4。つまり、このパンツには銅貨175081.4枚分の価値があり、二人の治療代銅貨10万枚を差し引いても銅貨75081.4枚分が残ることになります」


 俺がしゃべっているのに、四人はそれどころではないのか全然話を聞いていないようだ。

 誰も聞いていないのに一人で話し続けるのは少し恥ずかしい。

 手短に結論だけ言うことにしよう。


「呼び笛をお渡ししますので、何か困ったことがあった場合にはそれを吹いてください。いつでもすぐに転移魔法で駆けつけて、しっかりと残りの銅貨75081.4枚分、働かせていただきます」


 そして俺は最後にこう付け加えた。


「フェアトレードこそ俺のモットーですので」




 

 

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