第1章 スノーランド編
第6話 初トレード
「スノーランドへようこそ」
「すみません、迷宮の入り口ってどこにありますか?」
「中央通りを抜けた所にあるよ」
「ありがとうございました」
「頑張ってね、人間の坊や」
――住民には美人が非常に多く、ひっきりなしに周辺諸国の貴族や王族がお忍びで側室探しに訪れる。
そんな噂が納得できるほどに、衛兵は美人だった。
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迷宮都市スノーランド。
コマ王国との国境近くにある、妖精領の地方都市だ。
俺は二日ほど掛けてこの街に辿り着いた。
こんな都市名なのは、きっと適当に自動翻訳されているせいだろう。
固有名詞まで自動翻訳されることに違和感がないといえば嘘になる。
しかし、以前強引に固有名詞の自動翻訳をオフにした時には、余りにも似たような音の固有名詞が多すぎて区別がつかなくなってしまったのだ。
それ以来、固有名詞がどんな風に翻訳されようと気にしないことにしている。
スノーランドは、冬ともなればその名の通り4mほども雪が積もるらしいが、今は六月。
ぽかぽかした陽気が心地よいくらいだ。
住人達は冬の間、デカイ耳あてつきの帽子をかぶっているらしいのだが、さすがに今の季節にそれをかぶっている人はいない。
だから、今の季節は丸見えなのである。
何がって、もちろん彼らの耳だ。
その尖った耳は、彼らが妖精種であることのまさに証明である。
ただ、一口に妖精種と言っても、様々な種族がいる。
人間とほとんど変わらない妖精族、非常に寿命が長い古代妖精族、十歳程度で容姿の変化が止まる小人妖精族、二十五歳程度で容姿の変化が止まる不老妖精族などだ。
ちなみに、スノーランドに住む妖精種の九割は妖精族らしい。
だが、スノーランドには人間――特に商人が少なからずいる。
妖精領では税金という概念がないので、商人にとっては天国のような土地のせいだろう。
中央通りには露店がところ狭しとひしめき合い、人が溢れていた。
その雑踏の中を、行き交う人達に揉みくちゃにされながら進む。
ほとんどはおっさんだったが、中には妖精種の可愛らしい少女やお姉さんもいた。
たまにそんな少女たちと体がぶつかったり密着状態になったりするので、こんな雑踏を歩くのが苦にならない。
本当に、妖精種の女性は美少女や綺麗なお姉さんばかりなのだ。
もちろん、絶対に故意に触るようなまねはしないし、できるだけぶつからないように行動する。
故意に触る痴漢は論外として、こちらに過失がある場合はちゃんと対価を支払わねばならないのが当然だと考えているからだ。
正当な対価でのフェアトレード。
それこそが俺のモットーなのだ。
まぁ、妖精種の女性の中には見かけと実年齢が合っていない者も結構いるので、本当に少女やお姉さんなのかは怪しいところではあるのだが。
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スノーランド迷宮。
この迷宮には他の迷宮とちょっと違った特徴がある。
第一に、各階層が平均的な迷宮の倍以上に広く、しかも地下百階以上まである巨大迷宮であること。
第二に、迷宮難易度が0と非常に低いせいで、地元の子供達のお小遣い稼ぎの場所になっていること。
第三に、ここは『鍵』のような移動アイテムがなく、代わりに十階ごとにチェックポイントがあって、自身が攻略済みのチェックポイントまでアイテムの消費なしで移動できるということ。
自身が攻略済み、というところがポイントで、どんな上級者でも非常に難易度の低い地下一階から順番に攻略をしなければならない。
さらに、他の迷宮のように各階に転移できるわけでなく十階ごとにしか転移できない上に、各階が無駄に広いことも不人気の原因だ。
そのため一度の探索で十階も進むねばならず、迷宮内での野宿が必須になるからだ。
一応、迷宮から出るときは各階に転移扉があるおかげで、日曜日の変動期に巻き込まれて死亡する例は非常に少ない。
しかし、せっかく九階まで進んだのに変動期のせいでまた一階からやり直し……なんてなったら精神的にきついだろう。
その結果、ここの迷宮に潜るのはスノーランドや近隣の村の出身者ばかりになっている。
誰だって不便な迷宮にわざわざ足をのばそうなんて思わないからだ。
しかし、無一文に近い俺には贅沢は言えない。
それにこの迷宮なら知り合いと出くわす可能性がないため、気兼ねなく探索できる。
俺は、今日の宿代を稼ぐために迷宮に入ることにした。
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妖精領の迷宮には管理施設が無く、それはスノーランド迷宮にも当てはまる。
代わりに立て看板があり、そこには「土曜日の午後九時~月曜日の午前三時は変動期のため迷宮に入ることを禁ず」とだけ書かれていた。
大抵の冒険者は、変動期が確実に終わる午前三時になると同時に迷宮に入る。
今日は月曜日とはいえ、もう九時過ぎだ。
そのため入り口にはほとんど人はいなかった。
初めて入る迷宮とはいえ、手こずる要素は何もない。
練習相手にもならないような非常に弱いネズミの魔物を蹴散らしながらどんどん先へと進んでいく。
下手に迷うと十時間以上かかりそうな道のりも、探知魔法で階段を探して最短ルートをたどっているので一時間もかからない。
途中、まだ五、六歳に見える幼児の集団が魔物を狩っているのを何度もみかけて、地元民の逞しさを実感したりした。
そういえば、俺も見かけは十歳前後なので他人のことは言えないんだっけか。
地下二階に降りると、さすがに幼児と呼べるような子どもはあまり見かけなくなった。
代わりに九歳位の集団が多くなった。
幼児の集団もこの集団も日帰りでの探索だろうけど、やはり体力の関係で日帰りできる範囲が違うのだろう。
地下三階まで来ると、 見かけるのは十二歳位の子ども達だけになった。
おそらく家から出て独り立ちした、冒険者になりたての子どもたちなのだろう。
地下二階までにいたような子どもたちとは違って、色々と荷物を持っている。
日帰りではなく迷宮内での泊まり前提での探索なんだろう。
地下五階に来る頃には、他の人間を全く見かけなくなった。
今日は月曜日だから、まだここまで進んでいる人間が他にいないからだろう。
他の人間が足を踏み入れていないということは宝箱を取り放題ではあるのだが……。
試しに何個か宝箱を開けてはみたのだが、やはり浅い階層のせいか入っているのは非常に小さな魔石くらいだった。
これでは遠回りしてまで宝箱を回収する意味が無い。
宝箱は階段までの最短ルート上にあるものだけ回収して、それ以外は無視することに決めた。
・
・・
・・・
やっと地下十階のチェックポイントに辿り着いた頃には午後四時を過ぎていた。
区切りがいいので今日の攻略はここまでにする。
---
迷宮から出た俺は、獲得した素材を売るために店を探そうと辺りを見渡した。
すると、ちょうどすぐ近くの店から地元の子供達が出てきたところだった。
他にあてもないし、今日はこの店で売ることにするか。
カランコロンカラン。
ドアを開けると、ドアチャイムがまるでカウベルのような音を奏でた。
「いらっしゃい」
店員は綺麗なお姉さんだ。
一瞬、顔と立地を武器に悪どい商売をしている可能性も考えたが、地元の子供達もここで売っているようなのでボッタクリの可能性は低いだろう。
「素材や魔石を買い取って欲しいのですが」
「あいよ。査定するからカウンターの上に置いてね」
俺はアイテムボックスから入手した素材や魔石をカウンターにぶちまけた。
「おや、アイテムボックス持ちかい? しかも、これは……」
お姉さんは真剣な表情で鑑定し始めた。
階層難易度が10までの場所で手に入れた素材なんだから、そんな真剣な顔をする理由はないと思うのだけど……。
「これなら全部で金貨10枚で買いとるよ」
思ったよりも少し高いな。
金貨8枚くらいだと思っていたのに。
「どうかしたかい?」
「いえ、思ったよりも高く買い取ってくれるな、と思って」
「そうだねぇ。本当は金貨8枚といったところなんだけど……。あんた、その歳でかなりの腕だろ?」
「え?」
「まず、素材の剥ぎ取りが絶妙だ。これだけでかなり慣れているのがわかる。それに、その素材も地下一階の物から地下十階の物までバラけてる――今日がまだ月曜日なのにも関わらずだ。しかも、見たところ仲間もおらずソロ。つまり、あんたはソロで地下十階までの道のりをわずか半日で踏破できる腕前の持ち主だとわかる」
言われてみれば当たり前のことだ。
ちょっと不用心だったな。
「そんなわけで、腕のいい冒険者とはいい関係でいたいから少し上乗せしたというわけさ。納得したかい?」
「はい。お姉さんは顔だけじゃなく頭もいいんですね」
「よく言われるよ」
なかなかいい性格をしている。
「それじゃ、その値段でお願いします」
「まいど」
「ところで、この街でいい宿を知りませんか? できれば風呂付きで」
「それなら中央通りの『焼きリンゴ亭』の本館がおすすめだよ。少し高いがあんたなら大丈夫だろう」
「中央通りの『焼きリンゴ亭』の本館ですね。ありがとうございます」
「それじゃまたね、坊や」
---
中央通りは夕暮れ時ということもあって、ほとんどの露店が店仕舞いしていた。
そのせいで、朝の活気が嘘のように静かだ。
焼きリンゴ亭はその名の通り、赤レンガでできた建物だった。
そういえば昔、両親がこんな感じの倉庫でライブをやったことがあったな。
俺という雑音のせいで二人は離婚してしまったが、当時の両親にはそれほど音楽性の違いがなく、夫婦を解散するなんて思ってもいなかったはずだ。
そんな懐かしい記憶を思い出しながら、なんとなく建物を眺めてしまった。
焼きリンゴ亭は中央通りを挟んで本館と別館があり、本館は建物は小さいが高級志向、別館は大きいが庶民向けのようだ。
とりあえず、薦められた本館に入る。
「僕、迷っちゃったの? こっちは本館で、別館はあっちだよ」
中に入った途端に背後から話しかけられた。
慌てて振り返ると、そこにいたのは優しげな表情をした若い女性だった。
かなりの美人で、女性にしては短めのプラチナブロンドの髪が印象的だ。
それに、よく観察すれば動作に隙がないのがわかる。
そもそも俺が背後から声をかけられるまで気が付かなかったのだ。相当の強者なのは間違いない。
恐らくこのホテルの用心棒だろうか。
どうやら俺が別館と本館を間違えたと思ったようだ。
俺が着ている服は安物だし、そのうえ俺の見かけは子どもだしな。
これでは間違えられるのもしょうがない。
「いえ、迷宮の入り口そばの素材屋でここを紹介されたので、この本館に泊めてもらおうかと思ったんです。手続きをお願いできますか?」
「……!! 失礼しました。こちらへどうぞ」
女性に連れられてフロントへ行く。
「焼きリンゴ亭本館へようこそ。どのようなお部屋をご希望でしょうか?」
「その前にここって風呂はありますか?」
「当館では、スタンダード・ルームは共同浴場ですが、それ以外のすべてのお部屋に浴室を完備しております」
部屋に風呂付きとは凄いな。
地方都市だから、共同の大浴場がせいぜいだと思っていたのに。
これは嬉しい誤算だ。
「ちなみに料金はいくらなのでしょうか?」
「一泊の料金は、スタンダードが金貨2枚、デラックスが金貨5枚、スイートが金貨10枚、ロイヤルスイートが金貨50枚となっております。ですが、残念ながらロイヤルスイートだけは現在、満室です」
おいおい、金貨って……。
この世界は、安宿だと銅貨5枚とかなのにだよ?
素材屋のお姉さん……『ちょっと高い』ってレベルじゃないですよ。
ロイヤルスイートなんて安宿の相場の千倍じゃないですか。
手持ちは金貨13枚。
こんな高級宿に泊まったらすぐに底をついてしまう。
しかし、部屋に風呂がついているのは魅力だ。
・
・・
「デラックスで二泊お願いします」
少しだけ悩んだけど、結局、部屋に風呂がついているという魅力には勝てなかった。
懐は随分と寂しくなったけど、お金を使う予定もないし明日稼げばいいさ。
この世界でならいくらでも稼げるのだから。
「ありがとうございます。食事をとる場合には、部屋の鍵を食堂でお見せください。一泊ごとに二食まで無料となります。食事は、午前七時から午後の九時まで好きな時間にどうぞ。ただし、月曜日は午前一時から午前三時でも食事いただけます。何かご不明な点はありますか?」
「風呂には好きな時間に入ってもいいの?」
「部屋に備え付けの浴室にならお好きな時間にどうぞ。ただし、共同浴場に入りたい場合は食堂の営業時間と同じだという点にご注意ください」
「共同浴場は男女別ですか?」
「もちろんです」
……共同浴場に行く理由はないな。
---
翌日。
俺は転移扉から地下十階のチェックポイントに転移した。
昨日と同じように探知魔法を使って最短ルートを突き進む。
まだまだ敵が弱すぎて、ほとんどただのマラソンだ。
この程度の敵に前回の召喚直後は苦戦していたのだと思うと、なんだか懐かしい。
・
異変が起こったのは地下十三階に降りた時だった。
轟音。
それと同時に複数の女性達の悲鳴が聞こえてくる。
俺は無意識のうちに悲鳴が聞こえた方向に走っていた。
・
・・
・・・
そこには五十匹以上のゴブリンに囲まれている女性冒険者のパーティーがいた。
いや、もはやパーティーとは呼べないだろう。
一人だけがやっと立っているという状態。
他のメンバーは、見た目だけでは生きているのかどうかも判別できないほど酷い状態で地面に転がっている。
一応探知魔法に引っかかっているので、かろうじて息はあるようだが時間の問題だろう。
助けようかとは思ったのだが、あの糞女の顔がちらついて踏ん切りが付かない。
また、いいように利用されるのはゴメンだ。
それにここは迷宮内部。
何があっても自己責任。
彼女たちも死ぬ覚悟を決めてから潜っているはずだ。
ふと、何気なく、彼女たちにPレーダーを使ってみた。
109012
え?
見間違えたのか?
落ち着いてもう一度見てみる。
109012、127856、134678、113872 ッ!!!
俺はあまりのことに、自分の目を疑って何度もPPを確かめた。
しかし、何度見なおしても彼女たち四人のPPは変わらない。
……全員PPが10万を超えているだとッ!!
今まで計測した女性のほとんどが5以下だったのに……。
俺の心の天秤は一気に助ける方に傾いた。
---
ゴブリンの群れをなぎ払って女性に近づく。
「加勢します!」
女性は非常に驚いた顔をしていた。
助けが来るとは思っていなかったのだろう。
まずは女性に襲いかかろうとしていたゴブリンファイターを殲滅して、彼女の安全を確保する。
次に、離れた場所にいるゴブリンメイジやゴブリンアーチャーを魔法でまとめて射抜く。
勝負は一瞬にしてついた。
残ったのはゴブリン共の死体の山。
所詮ゴブリン、五十匹程度では相手にならない。
「大丈夫ですか?」
「……!!」
女性は助かったことに安堵したのか、崩れるようにへたり込むと泣きだしてしまった。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「いえいえ困ったときはお互い様です」
そこで彼女はハッとして辺りを見渡した。
そこには、虫の息の彼女の仲間たちがいた。
「アリサ! クララ! ニーナ!」
彼女は先程よりもひときわ大きな声で泣きだしてしまった。
右手と左足を失っている女性。
腹部に大きな刺し傷がある女性。
火傷で顔を含めた上半身が醜く爛れた女性。
みんな、『普通ならば』手遅れの状態だ。
ただし、それはあくまでも『普通ならば』の話だ。
普通ではない俺ならばなんとかできる。
一応、元勇者だしな。
「さあ。此処から先はビジネスとなります。もちろん正当な対価での取引です。フェアトレードこそが俺のモットーですから!」
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