第5話 死亡勇者


「はあ? 一番報酬がいい依頼だと? 悪いことは言わん。そういう依頼に手を出すのは、初心者のうちはやめておけ」

「大丈夫ですよ。俺、こう見えて勇者ですから」

「はあ? そんなギフトでか? 俺は先代の勇者を知っているがアイツは頭は悪かったが、ギフトだけは強力だったぞ」


 うるせーこのハゲ、と喉まで出かかった言葉ををなんとか我慢して飲み込む。


「というわけで、一番報酬が高い依頼を教えて下さい」

「一番稼げるのは第三迷宮下層の素材回収系の依頼だが、下層は難易度が高い。まずは仲間を集めろ。そして集めた仲間と一緒に地下一階から順番に攻略していくのだ」


 この王都には迷宮が三つある。

 難易度が高い順に、第一迷宮、第二迷宮、そして第三迷宮だ。 

 ちなみに難易度も数値化されていて、それぞれの迷宮難易度は第一迷宮が97、第二迷宮が25、そして第三迷宮が5である。

 この迷宮難易度が非常に重要で、迷宮難易度に階層を足したものが階層難易度で、この数字がいくつかなのかで、その階層にどの程度の魔物が出現するのかがわかるのだ。

 例えば、第二迷宮の地下一階の階層難易度は25+1=26なので、5+21=26、つまり第三迷宮の地下二十一階と同程度の魔物が出現する。


 ちなみに第一迷宮や第二迷宮には入場にランク制限があるから、ランク1で一番稼げるのは第三迷宮の下層ということになる。

 もっとも第三迷宮の地下一階でさえ階層難易度6で、初心者が四人以上でパーティーを組んで潜るのが適正だ。


 初心者がソロで潜るのは自殺行為だと言い切れる。


 もちろん、パーティーを組めば初心者でも十分に余裕があるはずなのだが、それでも仲間割れや不意打ちなどに対応できずに第三迷宮の地下一階で命を落とす初心者は少なくない。


「面倒なので仲間とかはまだいいです。とりあえず、一人でどれくらいできるのか迷宮に腕試しに行ってみます。危なくなったら引き返しますので大丈夫です」

「はあ……死ぬんじゃないぞ」


 こんなものか。


 これで、よくいる馬鹿な若者の一人としてハゲの印象に残ったはずだ。




---




 俺は第三迷宮の管理施設に向かった。


 この世界の迷宮の入り口そばには必ずと言っていいほど管理施設がある。

 その迷宮の所有権を主張する団体が使用料の徴収や素材の買い取りをするためにだ。

 例外は妖精領にある迷宮くらいだろう。


 この世界の迷宮は外と同じように昼間は明るいため、基本的に冒険者は早朝に迷宮に入り、夕方に戻ってくる。

 ただ月曜日だけは例外で、毎週日曜日の変動期で湧いた宝箱が目当ての冒険者で一日中賑わう。

 逆に土曜日は、早朝でさえも冒険者の数は疎らである。


 今は土曜日の昼近くという一番空いている時間なせいか、管理施設の中に他の冒険者の姿はなかった。


 

「ようこそ、第三迷宮管理施設へ」


 入るなり係員が声をかけてきた。

 係員も暇なのだろう。


「迷宮に入りたいのですが……」

「失礼ですが、迷宮は初めてですか?」

「冒険者ギルドに先程登録を済ませたばかりです」

「では、迷宮への入り方のご説明を致します。基本的にルートは二つ。一つは入り口から、もう一つは転移扉から入る方法です」


 そんなことは既に知っているが、召喚初日のはずの勇者が知っているのは明らかにおかしいので質問する。


「転移扉とはなんですか?」

「迷宮への出入りをする時にショートカットが出来る扉です。転移扉に『鍵』と呼ばれるアイテムの先端を挿すと、迷宮内の特定階層に転移できます。『地下二階の鍵』なら地下二階のどこかへランダムで転移されます。逆に転移扉に『鍵』の輪っかの部分を挿すと、迷宮の入り口に転移できます。転移扉は各階層に一つずつある他に、この施設内にも一つあります」

「どの階にある転移扉に『地下二階の鍵』の先端を挿しても必ず地下二階に転移するのですね?」

「そうです。ちなみに『鍵』は迷宮内の魔物が稀に落とします。次に迷宮に潜る冒険者の義務についてご説明します。迷宮から出たら、必ず『契約者』の質問に答えてください」


 『契約者』というのは、『神の目』の下位互換だ。

 『契約者』は相手に嘘を見破ってもいいという許可を得ることで嘘を見破れるが、『神の目』は相手の同意なしで嘘を見破れる。


「それと迷宮の出入り時についてですが、入るときには使用料として銀貨5枚を徴収します。また、迷宮から出た時は迷宮内で手に入れた素材などのアイテムをすべて提出してください。こちらで査定し報酬をお支払いします。もし査定額に不満がある場合は、その額をお支払いいただいて買い取っていただくことも可能です」


 査定額はだいたい相場の半額だ。

 つまり相場が金貨100枚のものを金貨50枚で査定された時に、商品を売り払って金貨50枚を貰うか、逆に金貨50枚を支払ってそのアイテムを買い取るか選べるということだ。


 迷宮の管理は本当にボロい商売だな。


「なお、当管理所内に売店も併設されていますのでぜひお立ち寄りください。私も時々売り子をしています。『鍵』以外にも便利なアイテムを豊富に取り揃えていますよ」

「ありがとうございました。早速売店に行きます」




---

 



 売店の中にはめぼしいものはなかった。

 仮にあったとしてもお金がないから買えないわけなのだが。


 とりあえず欲しいのは『鍵』だけなので、店員にいくらなのか聞いてみる。 

 俺が知っている相場は十五年も前のものなので大きく変動している可能性が高いからだ。


「すみません。『鍵』っていくらですか?」

「地下一階から地下五階までが銀貨5枚、地下六階から地下三十階までは階数と同じ枚数の銀貨です」


 どうやら以前と変わりはないようだ。


「地下三十階の鍵をお願いします」


 地下三十階は人気スポットのはずなので土曜日でもきっと他の冒険者がいるだろう。


「金貨3枚ですがよろしいですか?」

「はい」


 これで残金は銅貨50枚。

 迷宮の使用料で丁度全部なくなる。




---




「おいおい正気か?」


 施設内の転移扉を警備しているおっさんが呆れたような声を出した。


「もちろん正気です」

「ランク1の初心者がソロでいきなり地下三十階……。しかも、武器も防具もなしでか? ふざけるなッ!!」

「大丈夫ですよ。俺は勇者ですから」

「……。わかった、勝手にしろ」


 おっさんは馬鹿に何を言っても無駄だと言いたげな諦めたような表情でそう言った。

 これでこのおっさんの記憶にも十分に残ったはずだ。


 せっかく心配してくれたのに、このおっさんには少しだけ悪いことをしたな……。


 俺は罪悪感を振り払うように、すぐに『鍵』で地下三十階に転移した。




---




 転移先は運がいいことに、地下三十階の転移扉のすぐ近くだった。

 理想的な場所だ。


 まずは周囲の気配を索敵魔法で探ってみる。

 ……どうやら近くに人や魔物の気配はない。

 もう少し索敵魔法の範囲を広げるとポツポツと人間の反応があった。

 やはり人気スポットだけのことはある。



 早速やるとするか。


 俺は覚悟を決め、魔力を右手に込める。


 そして。

 

 右の手刀で左手の小指を根本から斬り落とす。

 指輪のついた小指が血を吹き出しながら地面にポトリと落ちる。


 !

 !!

 !!!


 血がどくどくと流れ出し、足元に血でできた赤い水溜りが広がっていく。


 痛いッ!


 自分でやっておいてなんだが……本当に痛い。


 これもすべてあの糞野郎のせいだ。

 絶対に復讐してやるッ!


 なんとか痛みをこらえて左手に治癒魔法を掛ける。

 すると、小指があった部分がみるみるうちに盛り上がっていき、斬り落とす前と同じ状態に戻った。

 何度見ても治癒魔法で欠損を治す時の光景は不気味だぜ。


 次に、自分そっくりのゴーレムを作り、それに俺の服を着させ、服ごとゴーレムを切り刻む。

 自分を攻撃しているようでつらいがしょうがない。


 さらに、ゴーレムを消して仕上げにボロボロになった俺の服に血液を大量にふりかける。

 以前、死んだふりを研究した時に治癒魔法を改変して作った、血液精製の魔法を使ったのだ。

 本当に世の中何が役に立つかわからない。

 これがなければ、手首でも切らねばならないところだった。


 迷宮内において、死体は装備や所持品だけを残して消えてしまう。

 ボロボロになった血だらけの服は、誰が見ても死体の成れの果てに見えるだろう。


 ここは地下三十階の転移扉――出口――の近くなので、迷宮からの帰り道に冒険者がこれらを見つける可能性は高い。

 ギルドの登録証と指輪、それにこの世界では珍しい日本製の服から、簡単に俺が死亡したと断定されるだろう。



 これで俺は完全に自由になった!


 そう思うと俺の心は軽くなった。

 さっきまで心の中で暴れていた復讐心が嘘のように消えた。

 もはやあんな糞野郎どものことなんてどうでもよくなったのだ。

 あんな奴らにわざわざ俺の時間を使ってまで復讐するなんて面倒くさい、俺はただただ自由に生きるのだ。


 そんな気分になった。


 だが……。


 もし奴らがまた俺の邪魔をするようなら今度は絶対に容赦しない。

 前回の分もまとめてお返ししてやるとしよう。


 まあ、もう二度と奴らと関わることなんてないと思うけどな。



 前回の召喚では戦い漬けでろくに観光もできなかった。

 色々な所に行ってみるのも悪くないな。


 迷宮から出るために『ゲイト』を呼び出す。

 『ゲイト』は簡単に言えば、一方通行のどこでもドアだ。

 緊急時は転移魔法でサクッと移動するのだが、時間がある時は必ずこの魔法を使っている。

 『ゲイト』の長所は複数人で移動できるところと、事前に安全確認ができるところ。

 逆に短所は、呼び出すのに最低でも十秒かかってしまうところだ。


 転移魔法の長所は瞬間的に移動できるところ。 

 短所は、登録先にしか転移できずしかもその上限が非常に少ないことだ。

 そのせいで登録先を敵に知られると、事前に石壁などで覆われてしまって悲惨なことになってしまう。

 石壁に覆われたことに気が付かずに転移すると死亡してしまうのだ。


 そんなわけで探査型ゴーレムを呼び出し、透明化の魔法をかけて先に『ゲイト』をくぐらせる。

 接続先が安全かどうか確かめるためにだ。


 ・

 ・・

 ・・・


 当たり前だが、待ち伏せなどはないようだ。

 念の為に自分にも透明化の魔法をかけて『ゲイト』をくぐる。




---




 迷宮から草原のど真ん中に出たせいか、非常に開放感がある。


 あ。


 そういえば、さっきまで着ていた服は下着まで含めて全部ゴーレムに着けさせたから、今の俺は全裸だった。


 女の子の裸を見るのは大好きだが、自分の裸を見られて喜ぶような趣味は持っていない。

 でも、服を着ようにも今の俺は何も持っていないしな。


 どうすべきか。

 まさに服を買いに行くための服がない状況だ。


 ……。


 真剣にそこらの葉っぱを拾って隠そうか検討し始めたところで大事なことを思い出した。


 俺にはアイテムボックスがあるじゃないか。


 早速アイテムボックスを確認する。

 中に入っていたのは、食料や水が五人パーティーなら三年分、それに野営道具一式、着替え、金貨3枚、そして怪しげな薬が一本だった。


 勇者としてあれだけ稼いでいたのにもかかわらず、たった金貨3枚しか持っていないのはパーティーの金の管理は糞女がしていたせいだ。

 最初から俺に金を渡すつもりなんてなかったのだろう。


 そういえば、まるで専門の荷物持ちのように扱われて他のパーティーメンバーの荷物を押し付けられていたはずなのに、なぜかアイテムボックスには奴らの荷物が何も入っていないな。


 ……。


 思い出した。


 あいつらは会談の少し前からなんだかんだと理由をつけて、俺のアイテムボックスから奴らの持ち物を引き出していったんだった。

 今にして思えば明らかなフラグなのに、どうして当時の俺は気が付かなかったんだろうか。

 本当に大馬鹿野郎だ。



 そして、 この薬は……。


 嫌な記憶が蘇ってくる。


 それは当時婚約者と思い込んでいた糞女のために、パーティーメンバーには内緒で一人であちこち駆けずり回って作った若返りの秘薬だった。

 「永遠の若さが欲しい」なんて真顔で言っていた糞女のために苦労して作ったのだ。

 今になって冷静に考えてみれば、そんなことを言い出した時点で糞女だと気がつくべきだった。


 それはともかく、これを一本飲めば、五歳ほど若返ることができる。

 一本では効果は薄いかもしれないが、五年ごとに飲めば実質永遠の若さを手に入れられる自慢の逸品だ。

 当時の俺は、これを婚約発表の時にサプライズプレゼントとして糞女に渡そうなんて思っていた。


 全く嫌な思い出だ。


 しかし、せっかくなので若返りの秘薬を飲むべきか?

 材料が貴重なので一度使ってしまえばもう一度手に入れるのは非常に面倒だろう。

 しかし、五歳若返って十歳になれば俺の正体がバレる可能性がより低くなるのは間違いない。


 ・

 ・・

 ・・・


 俺は飲むことを決断した。


 瓶の蓋をあけ、鼻をつまんで一気に飲み干す。


 ……。


 吐きそうになるほどに不味い。


 これは改良の余地がある……なんてことを考えていたら、体が少しずつ縮んでいった。

 ぶよぶよでまんまるだった体は小さくほっそりとなった。


 アイテムボックスから着替えを取り出し、自分で裁断して服のサイズを整えてから着てみる。


 一瞬、この服を着ていることで俺の正体がバレる可能性も考えたが、この服には安物だということ以外何の特徴もない。

 完全な量産品だ。

 思い起こせば、他のパーティーメンバー達は旅の途中で結構高級そうな服を何着も買っていた気がする。

 自分が本当にいいように利用されていたことを改めて思い知り、本当に腹がたった。

 

 だが、今はそんなことよりも重要な事がある。

 人生をどう楽しむかと、まずはどこへ向かうかだ。


 前回はコマ王国の南東部を中心に旅をした。

 しかし、周りには西の帝国、北の妖精領、東の魔族領、南の魚人領などなど近隣諸国だけでも色々なところがある。

 どこも面白そうで本当に迷ってしまう。


 だけど……。


 やっぱり、魔族領へ向かうのが妥当かな。

 何より、魔王に命を救ってもらった恩がある。 

 それに知らなかったとはいえ、俺が魔王殺しの片棒を担いでしまったのは間違いないのだから、残された魔族達への責任がないとは言い切れない。

 とは言え、力を貸すにしても即魔王領へ転移なんてしたら、あまりのタイミングの良さに、糞どもに俺の正体がバレるだろう。

 それにあれから十五年も経っているのだから周りの強さのインフレが進んで俺の今の強さではたいして役に立てない可能性もある。


 それに、コマ王国がわざわざ勇者召喚を行ったということから考えても、魔族側が優勢なのは間違いないだろう。

 あの三人の勇者が魔族の脅威になるのも、俺の例から考えても一年以上はかかるはず。

 何より、先代魔王復活が間近なのだから、今更、俺が急いで駆けつけて手を貸す必要もないだろう。


 うーむ、ここはじっくりと力をつけながら魔族領へ向かうのが妥当だろうな。

 戦いのカンも取り戻したいし。


 そうなると、問題はどのルートで魔族領へ向かうかだが……。

 せっかくなので前回とは違うルートを旅してみたい。


 ということで、一旦、北の妖精領へと抜け、そこから魔族領へと向かうことにした。


 そうと決まれば早速出発だ。




 自由になったことで気分が軽やかになり、さっきまで抱いていた糞共にたいしての怒りや復讐心が完全に消えていた。

 わざわざ、こちらから復讐しに行くなんて面倒くさいしバカバカしすぎる。


 そんなことより、今度こそ、この世界を目一杯楽しんでやろうじゃないかっ!



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る