透明な猫

@peco310720

第1話 チャイム

 「はい、じゃあ自己紹介して」

 三上陽みかみようは、チョークを掴んで名前を黒板に書いた。

 「東京から来ました。三上陽です。よろしくお願いします」

 ワンテンポ置いてから、先生を筆頭に拍手が起きた。

 陽は指示された通りの席に座り、こそこそと辺りを見回した。

 じろじろと集まる視線の中、陽はそっと顔を下げた。手には汗が握られていた。


 去年の冬に陽の母は死んだ。急性心不全だった。それから父の仕事場のある田舎に引っ越した。仕事場の側にアパートを借り、父と二人で暮らす生活が始まろうとしていた。 

 大人しく内気な陽にとって新しい学生生活は戦いでしかなかった。陽は、自分の身を守り、残り1年間を無事に過ごせる事だけを願っていた。

 陽は、4月の最初の登校と言う事で、帰りのホームルームだけの出席だった。早くこの空間から逃げ出したかったが、先生は、そうはさせてくれなかった。

 「みんな、三上君と仲良くするためにも、たくさんお話してください。今から、チャイムが鳴るまで、質問タイムを設けます」

 陽は、唖然とした。妙に早く話を切り上げると思っていたら、こういう算段か。 すんなり帰らせてもらえると思った自分に嫌悪する陽だった。

 そこからは質問責めだった。東京での話、趣味、好きな女性のタイプ。陽にとってはどうでもいい時間だった。たくさんの生徒が手を挙げていて、いつしか陽が生徒を指名する形になっていた。 

 一頻り質問が終わると、フォローするように先生が言った。

 「もういないか?チャイム鳴ったら終了だぞ」

 陽は、さっさと帰りたかったが、仕方なく愛想笑いをした。

 すると、陽の左の視界で何かが動いた。

 

 『キーンコーンカーンコーン』


 甲高くチャイムが鳴った。目をやると、女子生徒が手を挙げていた。

 「残念!質問タイム終了だ。聞きたいなら直接聞きなさい」

 先生は笑いながら言った。

 女子生徒も笑いながら、膨れたような口をしていた。

 とにかく、陽の初戦は、終わったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

透明な猫 @peco310720

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ