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『樋口』は代々〈火〉のマギアを継承し続ける、魔法使いの家系だった。しかし、樋口灯人の数代前で、それは完全に途切れてしまっていた。それ以来、元来受け継がれていたはずの〈火〉のマギアを求める魔術師となった。
魔術とは、
要するに『魔法に至る
マギアは概念として、マナを媒介にそのものを操作する。しかし、魔術は違う。理論を組み立て、実験と検証の末に現象を概念に近づけ、結果として似たような操作を行う。大雑把に言うなら、ライターで火を付けることだって〈火〉の魔術の一つとなるのだ。
『樋口』の家は魔法使いたちによる協会に所属していた。しかし、マギアを既に失ってしまっている彼らは、その中で発言力をほとんど持っていなかった。
マギアを持たない『樋口』が、どうして協会に所属できていたかといえば、彼らが魔術として〈火〉のマギアを復活させようと心血を注ぎ、在籍しようと必死だったからだ。実際、そのような魔法使い崩れの魔術師は他にもいた。
樋口の一族が肩身の狭い思いをしていたのは、
「『
電話越しに、有栖川鎮が述べる。
「だから、『樋口』は生まれてくる子供で実験を行った」
胎内にいる子供へ、魔術式を刻み込む。それはこれまでの間、『樋口』が研究を重ねてきた全ての魔術式だ。それらは子供の生命力とマナを使い、半自動的に動き出す。それは言うなれば、命と魔術の結合だ。そうなれば、生まれてくる子供は魔術を無意識化で操作できるようになる。つまり、そこに現れる知覚は一つの概念のようなものであり、実質的なマギアの再現となる。そしてそれを取り出すことができれば、マギアの復活となる。
「――でも、実験は失敗した」
実験には最大の欠点があった。胎内の子供は、先天的に心臓や身体が弱かったのだ。暴走していた当時の当主が、その事実を気付くことはできなかった。仕方の無い事でもあった。魔術の定着をより高度なものにするため、まだ妊娠して五ヵ月も経たないうちに施術を行ったからだ。
更に、元来の生命活動自体が不安定なその子供は、体内のマナを母体から蓄えると、自らの体温調節や、心肺機能の補助に使っていた。それも、早い段階で発覚しなかった原因でもあった。そして、成長と共に、その能力は度合いを増していく。
そして――臨月を前にして、その子供は魔術を暴走させ、胎内で炎を発生させた。
「それこそ、本当に火之迦具土神の話と同じ。ただ、その神は母であるイザナミを殺してしまったことから、父であるイザナギの手によって殺されたのだけど」
有栖川鎮が語るように、その子供はそうならなかった。
火に包まれたことで、魔術が暴走したと考えた当主は、こう連想してしまったのだ。「母子ともに、死んでしまった」と。
それは同時に実験の失敗を表している。当主の精神は既に末期だった。思考は悪循環の坩堝へ堕ちていく。失敗により、樋口はとうとう協会から追及されてしまうだろう。跡継ぎをも失ってしまった樋口は、完全に潰れてしまう。
そして、彼はその重責から逃れられず、首を吊った。
まだ、その子供が生きているとは知らず。
「――その子供が、樋口灯人。その時は違う名前だったようだけど」
幸か不幸か、もしくは実験を行った当主の執念か、樋口の魔術式と赤ん坊の融合は、深い場所で成り立っていた。そのおかげか、炎そのものへの耐性も得ていたのである。
全てが焼け落ちた、母だったものの上で彼女は発見され、そのまま協会の手で保護された。過程はどうであれ、結果だけを見れば〈火〉のマギアを蘇らせたようなものだからだ。協会にとっては重要な資産だった。
その後、成長したある日、彼女はその生い立ちを聞いてしまった。そして、何かが壊れた。
「保護――と云う名目で飼っていた魔法使いを殺して、彼女は逃げ出した。そして、魔法使いの間に魔法狩り――
彼女はそこで、自らを樋口灯人と名乗るようになったらしい。名前は彼女本人が付けたものだとすれば、『灯す人』と表すそれは自虐の意味も込められている。
「協会の記述によれば、樋口灯人と思われる子供はその魔法狩りそのものの襲撃で死んだことになっている。協会にとって、失敗作が自分たちに牙を剥いてきた、更に実際に被害を被っているというのは、都合が悪かったのでしょう。加えて、魔法狩りという存在は、何もかも罪をかぶせるのに丁度よかったのね。他にもいろんな事件で魔法狩りという名前は出ているわ。私の両親の件にもかかわっていた、という噂が出ているぐらい」
彼女――樋口灯人はこう考えた。
マギアが無ければ、両親は壊れることが無かった。
マギアが無ければ、両親を殺すことは無かった。
逆に言えば、マギアなんてものがあるからこそ、両親は壊れた。
逆に言えば、マギアなんてものがあるからこそ、両親を殺した。
故に、マギアを憎む。不必要な存在として、葬ろうと考える。
そして、今に至る。
「それで、どうするの。神船君」
一通り説明を終えた、と示すように、鎮が問いかける。
紡は目が覚めるとほぼ同時に、電話をかけていた。同じ五月十日にかかってきた、あの有栖川鎮の電話番号へ。待っていれば相手から電話が来ることも分かっていた。それでも、自分から接触を取る必要があると思わざるを得なかった。だから紡は必死で記憶を辿り、僅かな記憶から鎮の番号へと繋げた。そして、鎮を説得した。
説得は予想以上に単純だった。一通りの出来事を一方的に告げ、その括りについ先程聞いたばかりの物語のタイトルを鎮から教わったと付け加えて言っただけだった。
「分かったわ。あなたのことを信じてみる」
そんな風に折れてくれた鎮へ、紡は樋口灯人の事を調べて欲しいと頼んだ。
先の戦闘で、怨嗟の声を吐きながら、彼女はその身を焦がした。その妄執は傍から見る紡ですら感じ取れるほどに凄絶だった。だから、何が彼女をそこまで追い立てたのか、知ろうと思った。知らなければいけないと思った。
その調査結果こそ鎮が語ったものだ。
悲劇、と形容するのがそれには相応しい。
「誰も、悪くないよな」
紡は電話口に呟く。
「そうね。でも、よくあることよ」
鎮が冷たく答える。
「魔法使いなんてものは、そんなもの。自分の事しか考えていない。樋口の一族に対して行われた追及だって、おそらく私の家が受けたものと根の部分は同じ。四元素という貴重なマギアを、魔術と云う形であっても、所有しているのが気に食わなかったのでしょう。腐りきっているのよ」
だから、と彼女はその先を言わなかった。自分ではない自分が既に語ったのなら、もう説明する必要がない、と断じたのだろう。
「それで、どうするの」
同じ質問が繰り返される。答えはもう出ているのだ。ただ、確認をしたかった。
「助けるよ」
躊躇もなく、断言する。
「でもどうやって?」
「僕が彼女を止める。大丈夫、きみには戦わせない」
助けるのは二人ともだ。最良の結果しか、今は選ばない。
「――――」
「――――」
一瞬の間が置かれる。携帯電話から聞こえる、微かな電子音だけが耳に届く。そうして、彼女はくすりと笑った。
「私があなたを選んだ理由が分かったわ」
何のことか分からず首を傾げていると、鎮はそのまま、
「では、後で会いましょう」
と言って、電話を切った。
紡はしばらくそのままベッドに座っていた。そして、携帯電話を離すと、表示されている時間を見た。鎮の調査が早かったおかげか、まだ時間には余裕がありそうだ。
「――うん」
これからやるべきことを考えながら、紡は立ち上がった。
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