7/

 ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ。

 規則正しく鳴り続ける目覚まし時計を、紡は静かに止めると、そのまま洗面所へと走った。顔を洗う。二度、三度と繰り返して、頭からシャワーを浴びた。

「……………………」

 思考は鈍っていた。まるで、まだ夢を見ているような気分だと思う。

 水を出したまま、鏡の向こうを見る。そこに居るのは、酷い顔をした男だ。思わず目を逸らす。

 タオルで頭を雑に拭きながら、紡は部屋に戻った。ベッドの横に転がっていた、古びた本が目に入った。

「……………………」

 一瞬だけ間を置いて、紡は本を手に取ると、学生鞄に突っ込んだ。

 その勢いのまま、制服に着替える。そして、髪も乾ききっていないまま、紡は外に飛び出した。学校に行くために。


          ◇


 学校に向かう足取りは、近づくにつれて次第に速度を増していった。

 普段より数十分は早い時間だ。登校する生徒も、見慣れたそれよりは少ない。それらを早足で追い抜かしていく。

 最後には坂を駆けあがるようにして、学校に到着する。

 一分一秒も惜しかった。下駄箱にローファーを放り込むと、上履きを引っ掴んでそのまま裸足で駆けて行く。

 階段を上り、廊下を走る。そして、ようやく自分の教室に辿り着いた。

 ドアを開ける。そこに――

「有栖川……」

 有栖川鎮はいた。

 いつも通り、窓側の席で一人静かに本を読んでいた。

 その姿を確かめて、体から力が抜ける。気を抜けば、そのまま膝をついてしまいそうだった。踏み止まるように、ドアに寄りかかるようにして体重を預ける。

 まだ教室には鎮以外のクラスメイトはいなかった。鎮は入ってきた紡を見ると、

「おはよう、神船君。早いのね」

 定型文のような挨拶。そして、実感する。

 ――生きている。

 当たり前のことだ。確かに、前のループで有栖川鎮は首の骨を折られ、死んだ。紡ぎはそれを目の前で見た。砂浜に落ちた鎮の姿が、今でもこの目に焼き付いている。だが、それはあくまでも前のループの事だ。この今とは全く関係がない。

 それでも、生きている有栖川鎮が存在している、と云う事実は紡の心を安心させた。

「……どうしたのかしら。私の顔に何か付いているの?」

 鎮が怪訝そうに首を傾げる。

 漠然とした想いが、頭と胸の内で渦巻いていく。紡は必死でその尻尾へと手を伸ばす。

(有栖川が生きている。でも、それだけだ。このままだと、何も変わらない――)

 そして、僅かに触れたその瞬間、

「あ、有栖川」

 紡は鎮へと声をかけていた。

「……何かしら」

 本から僅かにだけ視線を浮かせ、鎮は紡を見やる。

 鎮の澄んだ眼差しに、一瞬、紡は言葉を――思考の行く先を見失う。

(僕は、何を言えばいい。有栖川に、何を伝えなければならない)

 眼は逸らせない。逸らしてしまえば、これまでと同じ道筋を辿るだけだ。有栖川鎮を、受け入れなければならない。

「ぼ、僕は――」

 想いが言葉を押し出す。

「死にたく、ない」

 ようやく吐き出された一言に、鎮は眉根を寄せる。

「……何を言っているの?」

「僕は、有栖川の死ぬところも、見たくない」

 被せ気味に、紡は言葉を続ける。

 まるで一つずつレールを敷いていくように、思考がクリアになっていく。

「意味が解らないわ」

 訝しげに鎮が言う。仕方ないことだ。紡にだって、自分の考えが理解できていない。

 紡はただ、暗闇の中、一瞬だけ煌めいた光を追っているだけなのだ。

 鎮は首を傾げ、黙って紡を見ている。

 ふと、紡の脳裏にある光景が浮かんだ。それは、前回のループの終わり。

 伸ばされた手。一瞬だけ交わした視線。

(そうだ――)

 何かが、音を立てて繋がっていく。まるで、ばらばらだったパズルが元に戻っていくように。紡はその一つ一つを、追いかける。

(どうして、僕はここにやってきた?)

 ――有栖川の姿を確かめたかったから。

(それは、どうして?)

 ――有栖川の死を、拒絶したかったから。

(自分を殺そうとしていた相手なのに?)

 ――違う。

 はっ、と。紡の視界が開ける。

 無意識に紡は自分の掌を見ていた。そうだ、この手の中には、答えが握られている。

 樋口灯人は言った。

「アンタ、人を殺したことなんてないだろう。いや、それ以前の問題だ。人を殺したくないって、思ってる」と。

 それが、きっと答えだ。そして、

「――有栖川は、本当は僕を殺したくなんか、ないんだろう」

 紡が応えるべきものだ。

「……どういうつもり?」

 鎮の雰囲気が豹変する。教室の窓側の席。いつも通りの、当たり前の光景にいて、鎮はまるで別人だった。

 その気迫と殺意に、紡は本能的にたじろいでしまいそうになる。しかし、踏み止まることができた。逃げず、鎮から目を逸らそうとはしない。

 紡は全て、灯人の言葉を全て信じているわけではない。あくまでも、それは切っ掛けだ。

(僕は、聞いている。有栖川の声を、間違いなく)

 紡の中には、ある確信めいた感覚がある。

「あの時、きみは「ごめんなさい」と言っていた」

 駅前で灯人に殺された時を除けば、死のすぐ傍には、常にその言葉があった。最初から、きっと、最期まで。

 頭の中に散りばめられていたピースが、形を作り上げていく。

「意味が解らないわ」

 鎮は先のそれのように冷たく、そう言った。そして、続ける。

「――あなた、どこまで知っているの?」

 眼前の鎮が、紡のイメージの中にあった有栖川鎮へと移り変わっていく。

「いいわ。様子を見るつもりだったのだけれど」

 そこに居るのは、おそらく紡だけが知る、殺意を――無理やり作り出している、有栖川鎮だ。

 彼女は殺人を行いたくない。その確信は、紡の中にある。だがそれでも、この目の前にいる彼女は殺人を躊躇わないだろう。その事実もまた、紡は理解している。

 鎮はこうも言っていた。「初めて」だと。

 幾度となく鎮に殺された紡だからこそ分かることもある。灯人が言うように、鎮が覚悟を持ち合わせていないわけではないのだ。その覚悟の踏み台が、紡だったのだ。紡を殺すことが、彼女にとっての最初の決意だったのだ。

 故に、有栖川鎮は神船紡を殺すことを躊躇しない。決してこの二つは矛盾しない。単純に、順番があるだけなのだ。

(それでも――)

 死の淵に在って、紡は後ろを振り返らない。ループのことすら、考えていない。

(もし、有栖川が、僅かにでも僕に対して殺したくないと考えているなら――)

 手を伸ばさなければならない。紡いできた過去を無駄にしないために。前に進むために。

「話をしよう」

 紡は腰を上げた鎮へ、はっきりとそう告げた。

「命乞いでもするのかしら?」

「――うん」

 追いかけていた光は、目の前に在る。これが、紡の求めていた答えだ。

 単純なことだ。馬鹿げているようなことでもある。

 有栖川鎮が、神船紡を殺すことを僅かにでも嫌っているのであれば、話をすることぐらいはできるかもしれない。

「僕は、死にたくない」

 再びはっきりと紡は告げる。

「だから、話そう」

 できないと決めつけていたのは自分だ。鎮に殺される恐怖に怯えて、逃げているだけだったのも自分なのだ。

 立ち向かわなければならない。勝ち取りたいのなら、逃げているだけでは何も掴めない。

 静寂の満ちる教室の中、二人は互いに視線を向け合っている。鎮は殺意を隠さず、睨むように。紡はそれを受け止め、見つめ返す。

 時間だけが流れていく。かちり、かちり、と時計の針が音を立てる。

 そして――

「おはっよーっ!」

 静寂を打ち破り、奏が教室に飛び込んできた。

「あーっ! つむくんやっぱりいた! 私待ってたんだよ! ずぅっと待ってたんだよぉ! そしたら、詠ちゃんが――って、あれ?」

 紡へ詰め寄ろうとした奏が、鎮に気づく。分かりやすく、奏は目を丸くすると二人を交互に見た。

「あれ、あれれ、あれあれ、も、もしかしてお話し中だった?」

 うへへ、と奏は誤魔化すような笑いを浮かべると「失礼しました……」と、ドアの向こうにフェードアウトしようと背を向けた。

「はぁ……」

 溜息が教室に静かに響いた。その主は、鎮だ。奏も振り返り、鎮を見ている。

「神船君、場所を変えましょう」

 その声色は、いつもの――クラスメイトである紡の知る、鎮のものだ。

「分かった」

 紡がそう答えるのを待たず、鎮は既に教室を出ていた。

「つ、つむくん……もしかして、もしかして、お邪魔しちゃったみたい? 鎮ちゃん、怒らせちゃった……?」

 おずおずと、まるでイタズラがバレた子供のように申し訳なさそうにして、奏が寄ってくる。その様子に、紡は思わず笑いが漏れる。緊張の糸が少しずつ解れていた。

「いいや、丁度よかったよ」

「え、そうなの?」

「ああ。だけど、まだもう少し有栖川と話すことがあるんだ。だから行ってくる」

「えええっ!? そろそろ皆やってくるよ。授業始まっちゃうよ」

「だから、先生に適当に言い訳しておいてくれ」

「えええええっ!? 私、そんなのできないよぅっ。鎮ちゃんの真似ならできるけど、つむくんの真似は難しいよぅ」

「誰が代返しろって言ってんだっての」

「はう」

 ぺし、と奏の頭を軽く叩きながら、そのまま撫でるように手を置く。

「具合悪くなった、とか言って貰うだけでいいから」

「ん。わかった」

 にへら、と奏は表情を思いっきり緩ませて笑う。何がそんなに嬉しいのか、その喜び様は本当に犬のようだ。尻尾があれば、そろそろ千切れるのではないかと思うほどだ。

 学生鞄を抱え、教室を出る。廊下にはちらほら登校してきた生徒の姿が見えつつあった。その中に鎮の姿はない。

「どこで話すとか、何も言ってなかったっけ」

 思い出して、呟く。ただ、何となく鎮がいそうな場所は想像がついた。紡はその予想を信じて、進んだ。


          ◇


 暖かな風が吹いていた。

 空には朝の目覚めを思わせるように、薄い青が伸びている。何度となく見上げた空だったが、どこか違っているようにも感じた。

 下からは、生徒や教師の声が聞こえていた。もうすぐ、授業も始まるだろう。その始まりを告げる鐘は、その横顔が見えるほどすぐ近くにある。

 その予想をそのままに、鐘が大きく揺れて、音色を響かせた。校舎の中にいては気がつかないものだが、こうして間近で聞くと、相当な音量だった。紡は体全体が痺れているような感覚に陥っていた。

 音の余韻が風に流れるのを待って、鎮は口を開いた。

「まず、勘違いを正させて貰うわ」

 紡から十五メートルほど離れた場所で、鎮は言う。

「私が殺したくないと思っている? わざわざ正すのが煩わしい程の間違いよ、神船君。どうしてこの場所を選んだと思っているの。ここなら、騒がれないで済むからよ」

 向けられるのは、鋭い殺意。そして、目の前に浮かんだナイフ。

「話をしたい? 何を話すというの?」

 ナイフが宙を進み、紡の額に触れる。

 動くことなんてできやしない。そう、まだ、安心はできないのだ。言葉一つ間違えば、鎮は紡を殺すだろう。

 屋上のこの場所で。あの五月十日の夕方のように。

「――僕は、見たんだ」

 紡は踏み外せば死が待っている綱の上で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「何を?」

「有栖川が、僕を殺すところ」

「夢で見たとでも? それとも現実にして欲しいの?」

「有栖川も、殺された」

「私はここに居るわ。冗談を言うのなら、もっと気の利いたものを言ったらどう」

「嘘じゃない」

「残念ね」

 ナイフが動く。額から血が滴り、顎から落ちた。

 それでも、紡は平静を保とうとする。動揺してしまっては意味がない。鎮に理解して貰わなければならない。

「樋口灯人、と彼女は名乗っていた」

「……何のことを言っているの?」

「僕と、きみを殺した人物。そうだ、有栖川は確か――」

 ――magia venatorマギア・ウェーナートル

 そう言っていたはずだ。たどたどしく紡の口にしたその単語に、鎮が目を細める。

「――"magia venator魔法狩り"」

 そして、小さく反復するように呟いていた。

 鎮の動きは止まっている。冷たく触れるナイフからは、殺意が薄れている。

 紡は更に言葉を続ける。

「僕は、ループしている。何度も、五月十日を過ごしてきた。有栖川に殺されるたびに、今日の朝に戻ってきた。そして最後に、その魔法狩りってのにも殺された」

「ループ……」

「原因は僕にもよく分からない。分かるのは、じいちゃんが送ってきた本を読んだから、ぐらいだ」

「……」

 鎮は眉根を寄せたまま、紡を睨むように見ている。

 紡は宙に浮かぶナイフを掴む。そして、そのまま下ろした。強い力を必要とせず、ナイフはその重さを紡の掌に預けていた。

「何回も僕は殺された。でも、その度に朝に戻って、やり直してきた。でも、死ぬのは、嫌だよ。死にたくない。有栖川にも、僕を殺して欲しくない。有栖川にも、死んで欲しくない」

「――――――――」

「信じて欲しい。嘘じゃない。僕は、有栖川の敵じゃない」

 紡の言葉を最後に、屋上には静けさが戻った。

 小鳥が囀って、風が凪いだ。蒼の上を白が流れ、追いかけるようにカモメが飛んで行く。遠くから、船の汽笛が聞こえた。

「――筋は通っているわ」

 肩に落ちた髪を、後ろに払いのけながら鎮は言う。

「魔法狩り、魔導書、ループ、神船創一郎、あなたの死、私が死んだというあなたの言葉」

 一つ一つ呟くそれは、紡へ確認を求める様でもあった。紡は、それに応えるようにもう一度「嘘じゃない」と告げる。

「……なるほどね。私が思っていた以上に、事が進んでいたということかしら」

「納得して、くれたのか?」

「一応ね」

 紡はほっと息を吐く。

 自分が死なずに済んだこと、鎮に手を下させずに済んだことが純粋に嬉しかった。

 そして、ループしたとしても同じような説得は、二度とできないような気がしていた。

「有栖川、樋口灯人は昼過ぎにはやってくる」

 首を振り、思考を切り替える。

 鎮に殺されることはなくなったとしても、もう一人は違う。

 自分たちを見つければ、樋口灯人は容赦なく殺害するだろう。

magia venatorマギア・ウェーナートル。確かに厄介ね」

 紡は焦りを覚える。有栖川鎮に殺されずに済みそうだとは言え、まだ次の難所はある。そんな紡を余所に、鎮はどこか落ち着いた調子で言う。

「ところで、神船君」

「有栖川。落ち着いてる場合じゃ」

「何を焦っているの、神船君? そんなでは女の子に嫌われるわよ」

「いや、そんな冗談を言ってる場合じゃなくて――」

「冗談ではないわ」

 ぴしゃり、と鎮は言い放つ。

「そう、冗談ではないわ。私が殺される? どこの野良犬とも知れないようなものに?」

 違った。

 鎮はしっかり現状を把握しているのだ。

 紡の話を真実だと受け入れることは、つまり、別の世界で自分が樋口灯人に殺されたことを受け入れることでもあるのだ。紡にとってはただの見てきた事実でしかないかもしれない。だが、鎮にとっては、それは、純粋な屈辱だ。

「神船君。私は帰るわ」

「え?」

magia venatorマギア・ウェーナートル――その樋口だとか何とかは、やってくるのでしょう。なら、迎え撃った方が得策だと思うのだけど。それとも、あなたはこの学校で戦いたいとでも思っているの?」

「……確かに」

 前回のループで灯人は、わざわざ人気のない場所まで待ってくれた。しかし、それはあくまでも肉親の前で殺すのを嫌っただけだ。目的の為なら彼女は場所を選ばないだろう。学校にやってくるとなれば、ここが戦場になる可能性は否定できない。

「……あ、でも」

「でも、どうかしたの?」

 連鎖的に想起されるのは、初め――この屋上で鎮と話し、そして殺された時の事だ。

 あの時は確か、放課後だった。

「そうだ。樋口灯人は、少なくとも夕方まではやってこない。午前中にじいちゃんの実家に、昼にこの町にやってきて、それから僕達――いや、違うか、僕を探しているんだ」

「それは、あなたの経験?」

 ああ、と紡は頷く。

「……それでも、私の家に行っておく方が良さそうね。逆に考えるとそれだけは準備に時間を取れるわ。ここで時間を無駄にする必要もない。神船君、改めてこちらから問わせて貰うわ。あなたは、私の味方をする、ということでいいのね?」

 風が吹いて、その長い髪が揺れる。鎮はすぅ、と息を吸うと、片手で髪を抑えながら、もう片方の手を紡に突き出す。

「え、あ……」

 紡は鎮に歩み寄ると、そのままその手を取った。

「……よろしく」

 握手をする形になって、思わず言ってしまう。鎮の手は、当たり前だが小さくて、それなのに暖かかった。

「違うわ」

「あ、ご、ごめん」

「そうじゃなくて」

 咄嗟に放しそうになった手を、改めて鎮が握り返す。

「このまま、帰るわ。神船君も来る、ということでいいのよね。相手はマギアを持つもの全体を狙っているのよ。あなたが見つからなければ、必然と私の家に来ることになるでしょう。だから、確実におびき寄せるために、神船君も一緒に来る必要があるのよ」

「そ、そういうことか。うん、分かった」

 納得し、無駄に大きな動きで頷く。

 今は授業がすでに始まってしまっている。鎮は空を飛べる。それならば、校内を通り抜けて誰かに見咎められるより、そのまま帰った方が早い。上履きのままというのが少し気にならないではないが、非常事態だ。

「あ、そうだ。有栖川」

「何? 忘れ物でもあったの?」

「いや、そうじゃないんだけど」

 繋いでいる逆の手で、ナイフを差し出す。先程まで自分に向けられていたものだ。

「これ、返すよ」

「……別にいいわ。持っておいて」

「でも……」

「いいの」

 首を縦に降ろうとしない鎮に、紡は渋々とナイフを鞄へ隙間から放り込んだ。

「それじゃあ、行くわ。volatus――」

 静かに鎮が唱える。途端に、紡は重力とは反対に引っ張られた。

 そこに一般常識に在る物理法則は存在していない。鎮が宙に浮き、その手に引かれるように紡も持ち上げられていく。屋上から足が離れる。不思議としか言いようのない体験だ。

「わ、わわっ」

「喋らない方がいいわ。舌を噛むわよ」

 自分より高い場所から、鎮が言う。

 朝の太陽を浴びて、彼女の黒髪が煌めいている。その姿は、まるで天へと導く天使のようだとすら思えた。

 完全に宙に浮かび上がって、鎮が紡の手を更に引いた。押し上げられるように、紡の高度が上がる。気が付けば、鎮の姿はすぐ隣に居た。

「そう、時間はかからないと思うわ」

 彼女は囁くように言うと、もう一度短い単語を唱える。途端、速度が上がった。学校の屋上から、その奥の森へと飛び込むように空を駆ける。だが、そのまま飛び込みはしない。滑空すると、森に沿うようにして作られている住宅街に抜けた。

 もちろん、紡は身じろぎひとつできなかった。絶叫マシンのように声を上げることすらできない。少しでも動いてしまえば落ちる、と理屈ではない理性が働く。加えて挙げれば、あの有栖川鎮と手を繋いでいると云った緊張が、身体と精神を駆け巡っていたこともあった。

 思考を落ち着かせるように、視線だけを揺らす。だが足元を見て、背筋が震えた。当たり前だが、地面は遠く、その奥の風景は高速で移り変わっていく。

 紡たちは山の斜面に沿って作られた住宅街のすぐ上で風を切っていた。大小さまざまな家の隙間を、時にはスラロームのように、時にはバレルロールのように駆け抜けていく。入り組んでいるこの町で、跳んでいる姿を極力隠そうとしているのだろう。

 頬を温かな風が駆け抜ける。下りきった先、突き当たった斜面の町を二人は再度登っていく。向かう先に青々とした空が見えた。一つ、二つと、その青に至るまでの距離が縮まっていく。高度が上がっているのが、紡にも理解できる。

 そして、視界が蒼に染まった。

 太陽の光が眩しく感じる。空がとても近い。振り返れば、町はまるでミニチュアだ。道路を走る車も路面電車も、おもちゃのようにしか見えない。

「――こうして、二人で飛ぶのは、初めてよ」

 眼下に佇むのは紡たちの通う調川高校だ。そのサイズも、縮尺を間違ったかのように小さい。あの中で、クラスメイトが勉強しているのかと考えて、少し面白くなった。

「……いいのかな」

「何が?」

 中空に佇んで、鎮が問う。

「二人して、サボっちゃったこと」

「そうね。後で怒られるかしら」

 少しだけ、下で感じたそれより冷たい風が流れて、鎮の髪を払う。

「かも。今日の三時間目、小テストのはずだから」

「最悪ね。私、成績を落としたくはないのだけど」

 言いながら、鎮は笑っていた。まるで、学校で世間話をするように。当たり前に。

 ――ああ、そうか。

 これが、有栖川鎮が見ていた世界なのか。

 空から見る町並みは、自分の知っているそれと違っているように見える。通い慣れた道も、ここからでは、知らない道が多くあった。何もかもが見通せるような気すらする。だからこそあの時、逃げた紡をすぐに捕まえることができたのだろうと、今更になって理解できた。見えているものが違ったのだ。そして、きっと今も違うものを見ているのだろう。

(まるで、ピーターパンだよ)

 二人だけの空に佇んで、紡はそう思った。

 それっきり、鎮は何も言わなかった。紡も何も言えなかった。

 ただ、有栖川鎮と云う人物を少し理解できたようで、嬉しかった。


          ◇


「神船君。改めてあなたの知っていることを教えて」

「僕の、知っていること……。何から話せばいいんだろう」

 紡たちは有栖川家の屋敷、その応接間で向かい合っていた。

「じゃあ、質問を変えましょう。神船君、あなたはその本をどの程度理解しているの?」

 紡は考える。

 祖父から送られた本。読んだことでループが発生する。これを鎮は狙っていた――

「そうだ、樋口灯人は概念をインストールする物だって、言っていた。小説にしか見えないけど、それはカモフラージュするためだ、みたいにも」

「おそらく、それは間違いないわ。あなたのお祖父様――神船創一郎さんは、つい最近前まで魔法使いであることを隠していたようだし」

「じいちゃん、やっぱり……」

「その情報を掴んだのも、ほとんど偶然、と言っていたわ」

 鎮は区切るように、紅茶を飲む。紡もそれに倣って、ティーカップを取ろうとするが、浮かんだ疑問に手が止まった。

「有栖川。言っていたって、誰が言っていたんだ?」

 鎮の眉がぴくり、と動く。ティーカップが小さな音を立てながら、テーブルに置かれた。

 少しだけ間を置いて、鎮が答える。

「私の父よ」

「有栖川のお父さんが?」

「ええ。でも、もう死んだわ」

「え……」

「母と一緒に。あなたのお祖父様のことを見つけた、すぐ後にね」

 鎮は視線を遠くに投げる。

 薄々、両親がいないことには紡も気がついていた。いや、厳密に言うなら、両親だけではない。この有栖川家の屋敷には、使用人の姿は一つもなく、がらんとしているのだ。

 鎮は遠くを見つめたまま続けた。

「殺されたのよ。協会の、快く思わない連中からね」

「……どういう事なんだ?」

「あら、質問を元々行っていたのは私だったはずよ」

 くすり、と自嘲気味に鎮は笑う。しかし、その目元は笑っていない。過去に何度か見たことのある、凍てつくように冷たい目だ。

「――神船君、やはりマギアについてはほとんど知らないのね」

 紡は素直に頷く。

「概念だって聞いた。後は、有栖川の使ってるものが〈飛行〉って言ってたことぐらい」

「そう。どちらも正解よ」

 鎮はティーカップに触れ、小さく何かを唱える。それに応えるよう、ティーカップは宙に浮き、静止した。

 紡は驚きこそすれ、以前程は動揺しない。何せ、自分自身が空を飛ぶ体験をしたのだ。

「なら、まずマギアについて話しましょう。あなたに知ってもらうことは、損にはならないわ」

 鎮は指を三本立てて、紡に示す。そして、その内の二つを折りたたみ、天井を差す。


「ひとつ。マギアは概念であり、人間の持つ元来の能力」

「元来……って。有栖川みたいな力を、元々みんな持っている、ってことか?」

「そうよ。神船君、人の脳がどれくらい働いているか知っているかしら」

 鎮は立てた指を、自分の頭へと向ける。そして、こつり、と当てる。

「一説によれば、おおよそ一〇パーセント」

「その話は、聞いたことがある。人の脳はほとんど眠っていて、その部分を使えれば、超能力のような力を発揮できる、とか。それが、マギアってこと?」

「大まかに言うとそうね。脳の機能については最新の研究で否定されているのだけど、そんな印象だと思ってもらえればいいわ。細かく言えば、眠っているのではなくて忘れている、使い方を知らない、の方が適切なのだけど。神船君、あなたは自転車には乗れるかしら?」

「自転車は乗れるよ」

「そう。私は乗れないわ。では、質問よ。私は自転車に乗れるようになると思う?」

「え? そりゃ、問題ないと思うけど」

「どうして?」

「そんな、難しい話でもないと思うよ。自転車なんて、人が使えるようにできているんだし。僕も最初はできなかったけど、慣れの問題だってすぐに分かったし」

「では、もう一つ。私がもともと自転車の存在そのものを知らなかったとしても?」

「え……いや、それでも、できる、と思う」

「そう。なら聞いたことがあるかしら? 自転車の乗り方を覚えた人は、決して忘れないと云う話」

 その話は確かに聞いたことがあった。実際、紡が自転車を買ってもらった時、久しぶりだけど大丈夫だろうか、と母親が使ってみていたが、問題なく乗ることができていた。

 首を縦に振った紡へ、鎮は言う。

「マギアもそう云う事よ。マギアと自転車、私とあなた。それを置き換えればいいだけ」

「……え」

「人間は、単純に眠っている部分を使っていないだけ。当たり前のことなのよ。要するに、概念なのよ。自転車を扱うことと変わらない程のもの」

 鎮はカードを並べるように、例を挙げていく。

 早く走ること。ものを遠くに投げること。高く飛ぶこと。本を読むこと。文章を書くこと。歌を歌うこと。そして、それらの結びに、全てがマギアと同じようなものだ、と付け加えた。

「それって、じゃあ、僕も概念を理解できれば有栖川みたいなことができるってことなのか?」

 視界を泳ぐ物体を紡は目で追う。喋りながら、鎮はティーカップとソーサー、ティーポットを自在に操っていた。まるで給仕がそこに居るかのようにそれらは自然に動き、二人分の紅茶を注ぎ直し、終えると音もなく元の定位置に戻る。

「有り体に言えばそうね。だからこそ、あなたはその本を読んだことでマギアを使えるようになっているでしょう。ただ、それを使う為の最低限の能力――例えば、自転車に置き換えれば、体力であったり、バランス感覚であったりするものがあればいいだけの話。マナもその一つ。それらが足りていなければ、理解しても扱えないでしょうし、そもそも理解に至ることができるかも分からない」

「……マナ?」

 そう言えば、と思い出す。確かに、灯人もその単語を口にしていた。

「魔法と合わせて言うのであれば、魔力や精神力と言うべきもの。マギアと同じで、人が持っているのに忘れている力の一つ。マギアの概念を理解した者は、マナを見ることができるわ。神船君も持っているわよ。マギアを使っているものは、他の人と動きが違っている。例えば、アスリートが見て取れる強靭な筋肉を持っているみたいにね。だから、私や樋口灯人はあなたを見つけることができた」

 それは納得だ。初め、鎮は「雰囲気が変わった」と言って紡に話をしてきた。それは、マナが紡の中で既に働いていたことを見て取っていたからだろう。

「……でもさ、そんな簡単なものなら、もっと広がっていてもいいんじゃないか? じいちゃんは隠してたみたいだし、樋口灯人も広めてはいけないみたいなことを言っていたけど、便利なものなら周知されていくもんじゃないのか?」

 紡は一瞬、鎮の表情が曇ったように見えた。しかし鎮はすぐに目を閉じてそれを打ち消していた。何かを思い出すような仕草にも見える。そして、ゆっくりと口を開く。

「丁度いいわ。次の話をしましょう」

 どこかしっくりこない紡は首を傾げてしまう。そんな紡へ、鎮は二本の指を立てて示す。


「ふたつ。神船君。あなたは旧約聖書を読んだことはある?」

「……え? いや、読んだことはない、けど。でも、少しなら話は知ってる」

 そう、と鎮は頷き、視線を宙に投げる。

「――God created man in his own image. In God's image he created him; male and female he created them. 」

 鎮が流暢な英語を奏でる。

「旧約聖書、創世記における一節よ。『神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された』。アダムとイブが作られた時の話」

「それは、僕も知ってる。イブはアダムの肋骨から作った、とか」

「あら、意外と知っているじゃない。なら、その後、彼らがどうなったか知っている?」

「確か、エデンにあった知恵の果実を食べて、裸であることを恥ずかしがるようになって、神様からエデンを追い出された。だっけ」

「端折っているところが多いけど、大まかには合っているわ。重要なのは、その中にある知恵の果実と呼ばれるものを二人が食べてしまったこと」

 鎮は立ち上がり、つかつかと応接間を歩いて渡ると、壁際の花台に飾られていた果物から林檎を取り出した。

「彼らは果実を食べてしまったことで、知恵を得ることとなった。その一つにあったのが、マギアよ」

 歩きながら、鎮はナイフを取り出す。両の手に持った林檎とナイフを宙で手放す。ナイフは林檎に刃を向け、皮をあっという間に剥くと、切り分けて紡と鎮が対面するテーブルに林檎を並べた。


「続けてみっつ目――最後の話をしましょう」

 三本立てた指を下ろすと、並べられた林檎を一つまみ鎮は口に入れた。目線で訴えられ、紡も同じように手を伸ばす。

「人はアダムとイブが知恵の果実を食べた時、マギアを得た。でも、その時は知識としてあっただけ。時が過ぎるにつれて、その力を生活や発展に用いるようになっていった。そして――」

 再び鎮は流暢な英語を並べていく。

「――They said, "Come, let's build ourselves a city, and a tower whose top reaches to the sky, and let's make ourselves a name, lest we be scattered abroad on the surface of the whole earth." 」

 全文を聞き取ることはできなかったが、個々の単語を聞き出して、紡は思い浮かべる。

 天へと続く塔。それもまた、旧約聖書における、有名な話の一つ。

「バベルの塔――」

「『彼らはまた言った、「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」』正解よ。マギアを得た彼らは、その力を用い、神に届く力を手に入れようとした。しかし、」

「神様の怒りが下った」

 言葉を継ぐように、紡が言う。

「そう。そうして彼らは二度とこのようなことが起こらないようにと、言葉をバラバラにされた。でも分けられたのは言葉だけではない。この時に、マギアも分けられ、そして眠らされてしまった」

 神話の世界から、現代の世界に話が繋がる。その感覚に、紡はぞわりと背筋が震える。

 普通なら、一蹴にしてしまうような荒唐無稽な話だ。だがそれも、実際に非常識を体験した身としては、信じる他ない。

 鎮はすぅ、と息を吸った。そして、仰々しく、少しばかり畏まった口調で言葉を並べていく。


『絶やすなかれ』

『広めるなかれ』

『集めるなかれ』


「――魔法使いの中で『三つの掟』と言われるものよ。マギアを絶やしてはいけない。しかし、広めても、集めてもいけない。つまり、伝わっている血の中でのみ粛々と守り抜け、という事」

 言い終えた鎮を継ぐように、ナイフがテーブルの上で踊る。切り分けられた林檎は、更に細かく等分され、最後にはスライスされた林檎が円を作って螺旋状に並べられていた。

「――ついて来て頂戴」

 そう言って、鎮は席を立つ。

 言われるがまま紡はその背中を追う。応接間を出て、階段を上る。幾つかの角を曲がり、二人は周囲の扉とは一際違う意匠が施された扉の前に辿り着いた。

 その部屋を鎮は開く。

「入って」

 小ざっぱりとした、落ち着いた部屋だ。一見した様子では書斎のように見える。広さは創一郎のものより一回り大きい程度だ。それでいて書類や本の蔵書も一回りか二回りは多い。しかし、きちんと整理されているせいか、圧迫感はまるで感じない。

 部屋を見渡していた紡の視線がある一点で止まる。そこは、カーペットの一部分だ。

 何か、違和感を覚える。そこだけが、周囲とは浮いている。

「ここは父の部屋よ。……そして、父と母が殺された場所でもあるわ」

「――っ!」

「気づいたでしょう。そこが、丁度倒れていた場所。血で変色してしまっているわ」

 言葉が出ない。そんな紡の横をすり抜け、鎮は血で黒く染まってしまったカーペットへ近づくと、屈んでそこに触れた。

「父はマギアを集めようとしていたわ。そしてその末路がこれよ。協会は父が動くのを見逃さなかった。だから、抹消した。シンプルな話ね」

 その声色は、少しだけ震えているように思えた。紡は何も言えない。適切な言葉が見つからない。

「父は、今の世界を変えようとしていたわ」

 鎮は立ち上がり、書斎机へと歩いて行く。

「マギアは知恵の果実――禁断の果実と呼ばれるものを食べてしまったことで、人が得たもの。キリスト教ではそれを『原罪』とも表しているわ。それもあって、多くの魔法使いはマギア自体を本来人間が手にしてはいけなかったもの、と思っている。だからこそ、バベルの説話のように、罰を受けたのだと」

 机の縁をなぞるように歩く。窓側まで鎮はそのまま歩くと、窓に寄り添うようにして、外を眺める。

「でも、父は違った。確かに、知恵の果実を食べてしまったことは神によって罰を受ける結果となった。ただ、その知恵の果実もまた、神が作ったものだ。だからこそ、『絶やすなかれ』などと云う掟がある。それは矛盾だ、と指摘したわ」

 確かにそこには矛盾がある。厭うのであれば、確かに途絶えさせて失ってしまえばいい。それでも、抱え続けるのは、捨ててはいけないとどこかで考えてしまっているからだ。

「そして、こうも言った。問題なのは使う者なのだ、と。使い方を間違えたことが罰を招いたのであれば、間違えなければ良いだけだ、と」

「それは――」

「分かっているわ。極論で、暴論だっていうのはね」

 鎮は窓を開いた。暖かな風が入ってくる。

「でも、父は新しい風を入れたかったのよ。腐ってしまっている、魔法使いたちに」

「腐って……?」

「神船君、そこまで察しが悪いとは思わないのだけど、この屋敷が学校の理事をしているだけで作れると思っているの?」

「……まさかっ」

「そのまさかよ。魔法使いたちは、概ね裏で汚いことをやっている。殺人なんてものは当たり前。国によっては、軍と協力をして戦争に参加していると聞いたこともあるわ。そしてその魔法使いを止めるために、また別の魔法使いが傭兵として呼ばれる、とかね」

 鎮は窓の手すりに腰を下ろし、俯き気味に嘲笑する。外から差し込む光に照らされ、その姿は美しく見えていても、どこか恐ろしく、そしてどこか悲しげに見える。

「可笑しい話よ。間違った使い方をしないため、と定めた彼らが積極的に私利私欲に使っているのだから。掟だって、結局はほとんど飾りみたいなもの。『絶やすなかれ』という文句も、マギアを存続させるためとお題目を立て粛清を行わせない、彼らの為の盾にしかならない。他の二つも同じ。マギアとその利潤を独占することと、これ以上の一極集中を避けるためだけのもの」

「酷い……」

「そうね。酷い話よ。父が憤ったのもその部分。だから父は、有栖川を継いでからはそれらから手を引くことにしたわ」

 鎮は窓枠に背中を預けながら、片手を掲げる。その手がまだ、血に濡れていないことを確かめるように。

「そのせいで、協会からはほとんど爪弾きにあっていたわ。元々、有栖川を嫌っていた魔法使いは多かったから、仕方の無い事ではあるのだけど」

「嫌っていたって、どうして」

「有栖川が〈飛行〉のマギアを持っているからよ」

 言いながら、鎮は窓枠から腰を浮かせる。文字通り、そのまま宙へ。風が吹き、彼女の髪やスカートが揺れる。

「マギアは眠らされているとはいえ、様々な形として現代まで残されている。民話や寓話、伝承、創作。それらに顔を出す魔法と云ったものは、マギアが僅かに残り続けている証拠」

 鎮は宙を飛び、大きな机を飛び越えて紡の元まで戻ってくる。

「その中でも、最も有名なのが〈飛行〉。知っているでしょう、魔女は箒に乗って空を飛ぶ。それ以外にも空を飛ぶことは色んな話で登場するわ。魔法の代名詞ともいえる。だからこそ、大魔法マグナ・マギアとも称される〈飛行〉を所有する有栖川に嫉妬する者は多い」

「それで……」

「そう。父が提唱したことは、掟破りに制裁を与えるという、大義名分を持たせることになった」

 鎮は言って、くるりと背を向けた。そして、机の上に置かれていた、一束の書類を取り上げる。

「最後まで、父は粘ったわ。マギアを集めることができれば、かつての人のように、神に届きかねないほどの力が手に入るから。そうすれば、世界を変えられると信じて。そこで、見つけたのが、神船創一郎。あなたのお祖父様よ」

 書類が紡に向けて差し出される。調査資料のようだった。そこには創一郎の名前や、住所、家族関係、最近の動向など、事細かに書かれている。

「彼のもつマギアを使うことができれば問題ない、と言っていたわ。それ以上は何も聞けなかったけど、今思えば、分かっていたのでしょうね。あなたのお祖父様が、〈時間〉のマギアを持っているということを」

「そうか。使うことができれば、殺されるのを避けることができる」

「それだけじゃないわ。時間を遡っても、記憶が継続するのなら、マギアを習得した後で戻ってくることだってできる。マギアはあくまでも概念なのだから。でも、それも間に合わなかった……」

 時間のマギアを伝えるための魔導書は今紡の手に在る。それはつまり、有栖川の両親に渡っていないという事だ。もし、一度でも読んでいれば、ループという現象の元に彼女の両親は死を回避できているはずなのだ。

「有栖川……」

 紡は一瞬、鎮が泣くのではないかと思った。

 目の前に立つ彼女が、とても脆く見えたのだ。まるで、ひびの入ってしまったガラスのように。少しでも衝撃を与えてしまえば、崩れてしまう。

 両親の死。そして、それを救うことができたものは、今目の前にある。己の不運を、世の不条理を嘆いてもおかしくはない。

「私は、父の遺志を継いでいるわ。マギアは集めなくてはならない。そして、間違った世界を正す。その為には、手を汚す覚悟だってしていた。普通、魔法使いは自らのマギアを素直に渡すことはない。それに、奴らは父が提唱しただけで強硬な手段に訴えた。例え私が〈飛行〉を伝える最後の一人だとしても、安心できる確証だってない。魔法使いなんて、そんな世界に生きているのよ。私があなたを狙っていたのは、それが理由」

 鎮は、まるで告白するように、言葉を吐き出していく。

「あなたがどの程度の知識を持ち、どんな立ち位置にいるのかが分からなかった。――いえ、今思えばそれすらも違ったのかもしれないわ。私は、周りの魔法使い全てが敵に思えていたから。全て、汚れて、腐りきっているって。でも、違った。あなたは、私が思い込んでいたことを全部否定して、話し合おうだなんて、とうに私が捨てた答えを持ったまま、私の前に現れた。そこで、揺らいでしまった」

 真っ直ぐな瞳が、紡を映す。宝石のようだと、紡は思った。

揺らいだ、と彼女は言う。でも、それはあくまでも表面だ。風に水面が波打つような、そんな変化だ。彼女はそれ以上に、深く広い信念を抱えている。だからこそ、紡を殺さないことを、選択することができた。

 紡は自然に、視線を手に抱える古びた本へ向けていた。

 本を強く握り締めながら、呼びかける。

「……有栖川」

 彼女が選択をしたのなら、自分も選ばなければならない。

 どこかでこうなるような予感はしていた。おそらく自分の役割は、これしかない。

「これ、使ってくれ」

 息を吐く。なるべく平静を装い、本を差し出す。

「――いいの?」

「うん。僕より有栖川の方が、必要なんだろう。それに、これから樋口灯人と戦うことになる。そこで、もし――負けることになっても、ループすることができれば、やり直せる」

 灯人は純粋に強い。実際、鎮は一度負けて――殺されている。でも、二度、三度とやり直せるのであれば、鎮は勝てるだろう。

 あの時、海岸で戦う二人を紡は見ていることしかできなかった。マギアは強大だ。まるで渦巻く竜巻のように、普通の者には近付くことすら叶わない。その結果が、地に落ちた有栖川鎮だった。同じ結末を二度とは見たくない。

「じいちゃんは他の人には見せるなって、これは僕の物語だからって言ってたけど……僕の物語なら、僕が使い道を決めるよ」

「……そう」

 本が手渡される。すう、と肩が軽くなったような気がした。

「ありがとう」

 か細い、ともすれば聞き逃してしまいそうな声を、どうにか紡は掴んでいた。

 目の前に立つ有栖川鎮は、優しく、柔らかな笑みを浮かべている。紡はそれをただ、見つめるだけで、もう何も言葉は出てこなかった。


          ◇


 授業の終了を告げる鐘の音が聞こえた。

 紡は客間の窓越しに、遠くに見える調川高校を眺めていた。小高い丘に連なる無数の民家と森の上、飛び出たそのシルエットはまるで西洋の城を思わせる。ほう、と吐いた溜息が窓を曇らせて、すぐに消えた。

 昼を過ぎてからは大変だった。始まりは、十二時を告げる鐘が響くとほぼ同時にやってきた、奏からの電話だ。内容は至ってストレートな、出て行ったきりそのまま戻ってこなかったことを問い詰めるものだった。

「先生に言い訳をするのが大変だった」「というかどこにいるの」「鎮ちゃんと一緒なの?」「戻ってくるの?」とマシンガンの如き質問攻めが、約一時間繰り広げられていた。

「そ、それじゃあ、適当に言い訳したままにしておいてくれ。頼んだ」

 昼休みの鐘の音に合わせて逃げるように、返事を聞く間もなく一方的に通話は切った。そして、それ以上は連絡があっても面倒なので、電源自体を落としている。

 紡はぼんやりと外を眺めながら、手の中で携帯を転がしていた。

「――深空さんと仲がいいのね」

 後ろから声がして、びくり、と紡は背筋を立てる。

「あら、そんなに驚かなくてもいいじゃない」

 見れば、開いたドアに背中を預けるようにして、鎮が立っていた。その表情は、面白いものを見るように、どこか嗜虐的な笑みを浮かべている。

「入るときは、ノックぐらいして欲しいよ」

「ちゃんとしたわよ。神船君が気付かなかっただけ。彼女の事でも考えていたのかしら」

「……」

 苦虫を噛み潰したように、紡は顔をしかめる。昼に奏から電話があって以来、この調子で紡をことある毎に茶化してくる。これが本来の有栖川鎮なのかもしれないが、全く趣味が悪い。

「別に彼女じゃないよ。それに考えてたのは別の事だし……」

「あら。私は別にそんなつもりで言ったわけではないのよ。あくまでもherのつもりで、girlfriendの意味は込めてなかったのだけど」

 くすくすと笑う鎮に、やれやれと紡は額を抑える。

「それで、本はどうだった?」

 話題を変えるべく、紡は鎮が手に持っている本――魔導書を見る。鎮は視線に気づくと、本を開いてページをパラパラと捲った。

「そうね。なかなか面白かったわ」

「マギアについては?」

「微妙、ね」

 ぱら、ぱら、とページが進む。鎮は目の端で本を追いながら、ゆっくりと歩くと、差し込む西日が当たらない場所にあるスツールへ腰を下ろした。陰をその身に纏って、彼女は憂うように息を吐く。

「……微妙、ってどういうことなんだ?」

「そのままの意味よ。確かに、マギアを隠匿させているような気配はあるわ。ただ、その手応えがあるかと言われると微妙。これで無意識化で概念を理解している、と言われるといささか拍子抜けしてしまうわ」

「つまり……?」

「私が死ぬまで、効果は実感できそうにないわね」

「そっか……」

 紡は大きく落胆の息を漏らす。鎮と同じようにスツールへ腰を下ろし、分かりやすく肩を落とした。

「一つ仮説を立てるとすれば、そもそもこの本は不完全なのかもしれないわ」

「……どういうことだ?」

 顔を上げると同時に、鎮が本をばたりと閉じる。暗がりの中、彼女の眼だけが妖しく光って見える。

「マギアを扱う者はマナを見て取ることができる、そう言ったでしょう。でも、あなたは私のマナを見ることも感じることもできていない。それに、そのマギアが発動するのは神船君が死んだ時、もしくは死ぬ直前だけ。とても、自在に制御できているとは言えないわ」

 確かにそうだ。でも、創一郎から送られてきた本はこれだけだった。実家の書斎を探してみたが、それらしきものは何もなかった。加えて言えば、それは紡だけの判断ではない。紡より先に訪れていた、灯人も同じように結論付けていたのだ。

「ん、そうだ。僕は読んだことでマナの動きが変わったから、有栖川にバレたんだろ。だったら、今読んだ有栖川は自分のマナを見て確かめればいいんじゃないか?」

「そこが、手応えのない部分の一つよ」

 鎮は大袈裟に手を広げ、立ち上がると光の当たる場所でくるりと回る。スカートと髪が、まるでダンスを踊るように回転した。

「自分自身で感じる分には、特に変わったところがないのよ。マギアを複数持つということ自体、初めてだからなんとも言えないわね」

「うーん」

 思っていた以上の手応えのなさに呻くしかない。鎮はそのまま窓へ向かうと、差し込む太陽の光へ本をかざしていた。

「もしくは、本文が二重か三重以上の暗号化されているのかもしれないわね。普通に読むだけでは、表層に現れる効果のみを概念として刻み込む。神船君の例だと、ループが発現した。この場合は、さっき言った通り、私が死ぬまでマギアは発動しないでしょう」

「どちらにせよ、すぐに効果を使えるというわけにはいかないのか」

「そうね。樋口灯人は時間のマギアに頼らず、普通に迎撃することにしましょう」

 鎮に本を渡した時、紡には期待があった。その一つが、鎮が時間のマギアを解明し、最終的にループを解除できるようになるのではないか、と云うことだ。

 もし、ここで灯人を退けることができたとしても、紡の中でマギアが動き続けているのは変わらない。死を回避できる能力は確かに強力だが、日常生活において付きまとうのは、やや仰々しい。

 一番恐ろしいのは、もし何らかの事故で死んだ場合だ。ループによって戻るのは、おそらく今日の朝――つまり、五月十日なのだ。そこはまだ、鎮とも協力体制を築けてもおらず、更に再び灯人を退ける必要が出てくる。それはどうしても避けたいところだ。

 そしてもう一つが、あと数時間後には始まるであろう、灯人との戦いで使えないかと云うことだ。

 今、紡に起きている効果はループしか性質が確認できていないが、もし時間を自由に操れるとなれば、先読みをすることも、任意に巻き戻すこともできるようになるかもしれない。それは正解の分かっているテストを解くようなものだ。灯人がどれだけ強力であろうと、負けることはないだろう。

「……もうすぐ日が暮れるわ」

 窓の外を眺めながら、鎮が言った。

「そうだね」

「樋口灯人はやってくるの?」

「間違いない、と思う」

 そこに確信はある。彼女は必ず、自分たちを見つけるだろう。それだけの行動力と判断力を、樋口灯人は持っている。

「そう」

「準備とか、大丈夫なのか?」

 この夕方までの間、紡は鎮に前回のループで起こった一通りの事を話していた。灯人との戦い方の参考になれば、と思っての事である。

「ええ、もちろん。あなたがここで彼女を想っている間、勤しんできたわ」

「……はぁ、いつまで言うんだよ」

 鎮はくすりと笑う。戦いを前に控えた、鎮なりの冗談のつもりなのだろう。リラックスした様子を、敢えて作るように鎮は表情を崩す。

 その表情に釣られそうになって、紡は気を引き締める。

 鎮には言っておかなければならないことがある。それは、この一日ずっと考えていたことだ。

「――有栖川、一つお願いがあるんだ」

「なにかしら。もし、勝てたら、なんてお約束を言いたいの?」

 振り向いた彼女が、首を傾ける。オレンジの光に照らされた横顔は、その輪郭を際立たせている。

「そっちは止めておくよ。僕はまだ死にたくない」

「あら、残念」

「その言い方だと死なないのが残念みたいに聞こえる」

「そう聞こえるというのは神船君がそう思っているという事よ。私は全くそんなこと思っていないわ」

 その先に繋がる話題へと階段を上るように軽口を交し合う。

「有栖川、戦う上でお願いしたいんだ。強制はしない」

「前置きが長いわ」

 鎮は首を斜めに、髪をかき上げた。日差しが流れる黒を泳いで、金色が跳ねかえる。紡はそれを正面に捉え、

「樋口灯人を、殺さないでほしい」

 はっきりとそう言った。

「……それは本気で言っているの?」

 返ってきたのは冷え切った口調。紡は首を大きく縦に振る。

「面白い冗談ね。あちらは私たちを殺しに来るのでしょう。それを、殺さないで倒すだなんて、馬鹿げているにも程があるわ」

「でも、さ。誰かが死ぬところは、できれば見たくないんだ」

「……」

「戦うのは、僕じゃない。有栖川だ。だから、僕はお願いするしかできない。できれば、きみにも手を汚してほしくない」

 勝手だとは分かっていた。それでも、感情がストッパーをかけてしまう。例え、あの樋口灯人であっても、殺すのは嫌なのだ。

 ――それが、今日一日を費やして出した答え。

「ねぇ、神船君。質問をさせて頂戴」

 一歩、鎮は紡へと足を進める。

「……何?」

「あなたの記憶の中で、私は何回あなたを殺したの?」

 もう一歩、鎮は近寄ると屈んで、紡を覗き込んだ。真っ直ぐな瞳は、嘘を許さないと語っている。小さく息を呑んで、頭の中で数える。

「四回……いや、五回かな。少なくとも、覚えているのは」

「――そう」

 鎮は立ち上がり、窓から空を眺めた。夕暮れに染まる、茜色の空。あの日、屋上で見たあの空より少しだけ年を取った、紡がようやく見ることができた景色だ。

「あなたって、本当にお人好しね」

「……え?」

「何でもないわ。分かった、できるだけ善処してみる」

 そう答えた鎮の顔は、少しだけ朱に塗られていた。

「有栖川、ありがとう」

 紡はその横顔に呼び掛ける。だが、鎮は窓の外へ視線を向けたまま、応えない。

 そして、数拍の間を置いて言った。

「――神船君、感謝をするのは、まだ少し早いみたいね」

 緊張感を孕んだそれに、紡も追って外を見やる。そして、その言葉の意味を理解した。

 朱に染まる世界。それは、まるで血の色を連想させる。中央に存在する彼女は異物であって、そして同時にその世界そのものを表している。

 灰を思わせる白い髪。それに伴うような、病的に白い肌。そして対照的な、黒のジャケットにパンツ。モノトーンに染められた、不吉な存在。

 その名前を告げようと口が自ずと動く。その存在を隣へと伝えるために。


 夕暮れが、太陽の死であるのならば、彼女は――


「――樋口灯人」


 死神だ。


 ――そして、最後の戦いの幕が落とされる。


          ◇


 紡の言葉を引き金に、鎮はそれを敵と認識する。

「あり――」

 声が届くよりも行動は迅速に、鎮は触れていた窓を、そのまま外へと押し出した。甲高い音を立てて、蝶番が砕ける。部屋の中に、窓枠を形作っていた木が屑となって散った。

 朱の世界へ放り出された窓ガラスを追うように、鎮も続いて外へと飛び出す。

 紡はその背中を追って、窓とはもう呼べそうにない、穴から外を覗いた。

「――――ッ!」

 突如湧き上がるのは嘔吐感。紡は経験したことがある。これは殺意だ。

 ――樋口灯人はこちらに気づいている。

 瞬間。それら全てを打ち消さんばかりに、破砕音が鳴る。ガラスが砕けた音だ、と理解したのは空に広がるそれを見てからだ。

 朱の中に、光が踊る。まるでダイアモンドダストだ。粉々に崩れたガラスは、雪のように舞っている。

 しかし、雪とは決定的に違う。落下していないのだ。天地の制限を感じさせず、まるで宙を揺蕩うように留まっている。

 これが、有栖川鎮の〈飛行マギア〉。

「――volatus」

 呟かれるのは、彼女の呪文コマンドワード。飛行を表す言葉――


「――なぁ、有栖川。マギアを使う時に、何か言っているよな? あれ、何て言ってるんだ?」

 午後も半ばに差し掛かった頃のこと。

 これから来るであろう、樋口灯人に対して、二人は話していた。その中で、紡は鎮へ質問を投げた。

volatusウォラートゥス

「そう。それって、呪文なのか?」

「いえ、似ているけれど、厳密には違うわ。神船君、試しに発音してみて。volatus」

 倣って、紡は発音する。だが、もちろん何かが起きるわけでもない。

「volatus――ラテン語で『飛行』を表す言葉よ。マギアを扱う上で、最も重要なのはイメージする力。私は飛ぶことを連想させるために、この言葉を口にしている。それだけよ」


 ――強くイメージを作るために、鎮はもう一度、それを口にする。

「volatus!!」

 風が吹いたのだと思った。しかし、それは違った。宙を踊る、ガラスの欠片が歌っているのだ。光を乱反射させ、ガラスの子供が列を作る。その向きにあるのは、朱の中の白黒。

「――――――」

 有栖川家の庭に立ち、一歩も動かない灯人へ、その列は雪崩れ込む。

 その間も、鎮は止まらない。宙を駆け、向かったのは屋敷の屋根の上。

 そこでようやく紡は屋根の上に在る物に気付いた。準備をしてきた、と言った鎮の言葉は嘘ではない。

 その景色は、まるで墓場だ。茜色に染められた、屋根瓦には無数の刀剣が突き立っていた。おそらく、屋敷の廊下に飾られていたものだろう、と予想できる。

 鎮はそれらに触れていく。応えるように、一つずつ剣が宙へと上がる。そこに出来上がるのは、見えない兵士による軍団だ。

「行きなさい――ッ!」

 声は聞こえなかった。しかし、そう口が動いたのを、紡は見て取る。

 号令と同時に剣が空を切り裂く。未だガラス片が躍り続ける大地へ、次々に着弾して行く。眼下の灯人はそれをいなし、払い、躱そうとする。だが、滝のように押し寄せるそれを全て捌き切ることなどできやしない。あの砂浜で繰り出されたものとは、規模からして違うのだ。

「…………」

 紡はその一方的な攻撃を、半ば唖然として見ていた。

 鎮の尋常ではない能力は知っていた。先の戦闘ですら、紡にとっては異次元のものだった。しかし、これは何だ。

 地の利、そして事前の作戦があるとはいえ、一方的だ。事実、灯人は防戦一方で、動くこともままならない。よく見れば、その体の到る所から血を流している。

 剣戟は響かない。鎮の見えざる手による剣の舞は、計算されたかのように死角と云う死角を埋め尽くして、攻撃を放っていた。その連撃は、夕焼けが黄昏の色に変わってようやく引いた。

 鎮を灯人から守るように、剣はその間を阻み、刃を侵入者へと向ける。

「……は、ははッ!」

 片腕をだらりと垂らし、その体を半ば赤く染め、それでいて樋口灯人は嗤う。灼けた声で、愉しそうに。

「ははははははははッ! なかなかいい出迎えじゃないか、有栖川!」

 遠く、届かない場所の鎮へ、その殺意を隠そうとはしない。

「成程。成程成程。アタシが来ることを、どこからか嗅ぎ付けたというワケか。そしてこの歓迎だ、嗤えてくる」

 ぐるり、と不自然な角度で首を曲げ、灯人が紡へ視線を向ける。

 その狂気に、思わず一歩後退さる。にやり、と不気味に灯人は嗤う。

可可カカッ。神船紡を追ってきたのだが、有栖川と手を組むとは」

「それが分かって来たのではないの」

 屋根の上。距離にして、数十メートルの高みに在って、鎮は見下ろしながら言う。

「いいや。アンタの事だ。先に食われちまったのかと思ってた」

「私の事をいくらかは知っているのね」

「ああ、知っているさ。アンタの親父がクソみたいな馬鹿だったってこともね」

 斬、と空気が震えた。灯人の背後に、一本の剣が突き立っている。灯人は垂れ下がっていた片腕をもう片方の手で抑えている。その手は血に濡れている。

「そろそろ口を閉じなさい。汚らわしい」

 続けて鎮は静かに呟く。

 ――volatus。

 まるでマシンガンだ。剣が踊り、その四肢を穿ち地面へ灯人を縫い止める。

「が、ハッ……」

 灯人は血を吐く。その姿は想像以上のものだ。

 その光景を眺めながら、紡は鎮との会話を思い返す。


「――樋口灯人のマギア、予想が付かないではないわ」

 紡が前回のループで発生した、二人の戦いを説明し終わると、鎮はそう言った。

「おそらく、樋口灯人のマギアは四元素のうちの一つ。〈火〉のマギア」

「……火?」

「そう。火・水・土・風。世界を構成するその四つを合わせて四元素と言うのだけど、その中の一つ。私が首を掴まれた時、火傷のようにそこが爛れていたのでしょう」

 紡は思い出す。自分の意志とは裏腹に、宙へと吊り上げられた有栖川鎮の姿を。

「という事は、単純に樋口灯人が〈火〉を扱っていると考えられる」

「……なるほど」

「ただ。確定とはいかないけど、あなたの話しぶりからすると、樋口灯人のマギアは不完全なのかもしれないわ」

「どうして?」

「〈火〉を操れるマギアを持っているのに、火を用いて戦わなかったのでしょう。手加減をするような相手でないとすれば、単純に使えないと考えるのが妥当だわ。なにより、予備動作――例えば、私の呪文のようなものがない」

「格闘技を使ってたのは、それを補うため、だったのかな」

「いえ。おそらくそこが、樋口灯人のマギアにおける主軸なのでしょう。彼女はマギアを使うことで、肉体を強化している」

 首を捻る。〈火〉を操るマギアが肉体を強化するというのは、なかなか想像が付かない。

「それも間接的に、なのでしょうね。身体の任意の場所や体温を意図的に上昇、発熱させることができれば、身体能力を爆発的に上昇させることだってできるわ。血流の操作だってできないことはない。発熱でアドレナリンなどの脳内麻薬を意識的に分泌させれば、人の反応速度の限界値まで達することだって不可能じゃない」

「そんな、有り得ない」

「あくまでも仮説の一つよ。でも、その可能性は限りなく高い。魔法使いでありながら、肉弾戦をするとなれば、身体強化を疑うのは当然なのよ。それに、あなたはもう常識の外にいるのよ、神船君」

 紡は黙ってしまう。確かにそうなのだ。今、紡がいる場所は、今までの場所とは違う。

「そうなると、有効な手段は一つ」

 解答を導き出したように、さらりと鎮は言う。

「物量で押し切ればいい――」


 鎮はその言葉に偽りなく、実行に移している。そしてその効果は予想以上だ。

 それでも、灯人は退かない。四肢を穿つ剣を振りほどき、乱暴に引き抜く。そして、そのままの勢いで、鎮へと駆けた。

 灯人の体から流れ出していていたはずの血は止まっている。見れば、彼女の周囲には湯気とも、煙とも見られる白い靄が立っていた。

 体内の熱を操作して、傷口を焼いたのだ。

 その想像と、目の前の事実に紡は息が止まりそうになる。あれだけの傷を、焼いているのだ。付随する痛みは想像するまでもない。

 紡の驚愕を余所に、灯人の突進は止まらない。あの砂浜で起こった反撃の再現のようだった。地面に突き立つ剣を踏み、宙へと跳ぶ。迫りくる剣を、元の見る影もないその四肢で蹴落とし、払い除け、叩き追っては、その宙を舞う凶器自体を足場として更に上昇する。

 怪我人とは思えない、身のこなし。これが命の賭けられた戦闘の場でなければ、見蕩れてしまいそうなほどに、それは流麗で、無駄のないものだ。

 だが――

「誰に断わって、私に触れようとしているのかしら」

 あと数センチ。

鎮へとその手が触れようとして、灯人はその肩を長剣に貫かれ、屋根に磔にされる。

「が、あぁぁ――ッ!」

 灯人の咆哮なのか、放たれた鎮の攻撃によるものなのか、屋敷全体が揺れる。

 圧倒的だ。しかし、それも当然なのだ、と紡は理解する。

 この場において、鎮に油断はないのだ。そして全てとはいかないが、灯人の手の内を知っている。あの砂浜で、鎮が落とされたような出来事が起きるはずがない。

「……っ」

 その光景まで見て、ようやく紡は動くことができた。足は自ずと、二人のいる屋根の上へと向いている。

 階段を駆け上がる。音はもう何も聞こえては来ない。不気味なほどに静かだ。

 心臓が痛い。呼吸の仕方など分からない。そもそも、自分が何を考えているかすら分かっていない。

 ベランダから屋根に跳ぶ。ギリギリで掴んだ縁に手をかけ、懸垂の要領で上る。

 三階建てを越える高さだ。下を見て、下腹部が痛くなる。それを堪え、屋根の上に居るはずの二人を探す。

 太陽の沈んだ方角に、二人は居た。つい先程とその状況はほぼ変わっていないように見える。

「有栖川!」

 呼びかけた声に、鎮が振り向く。視線が交わされ、少しホッとする。

「あら、神船君。どうしたの、そう急いで」

 変わらない口調。夜の帳に合わせたような、涼しげなそれ。

「……良かった」

「心配し過ぎよ。私が負けるとでも思っていたの?」

「いや、思ってないよ」

 紡が心配したのは、鎮が殺してしまわないか――折角意志を交わすことができた鎮が遠くに行ってしまわないか、そんな心配だった。だが、それも杞憂に終わっている。

 から、から、と屋根瓦の音を立てながら、紡は鎮の傍へと向かう。それに伴って、屋根に磔にされた灯人の姿が目に入ってくる。

 目を覆いたくなるほどに、彼女の姿は酷い。貫かれた肩からは、大量の血が流れて屋根の上に川を作っている。生きているのが不思議な程だ。身体の大半は焼け、黒く変色しきっている。それなのに――彼女は嗤っていた。

「ははははははははははははっははははははははっはははははははっはははッ」

 まるで壊れた玩具のように、体を揺らし、大気を震わせる。

 狂っている。狂気に、怖気が生じる。

「あなた、おかしくな――」

 鎮が口を挟もうとして、遮られる。灯人の笑い声だけが、周囲に響き渡る。

「ははははははっはははははははははははははははははははははははっはははははははははははははははははははははははっはははははははははははははははははははははははっははははははははははははははははははははははふざけるな――ふざッける、なァッ!」

 場を切り裂くよう、灯人は叫んだ。

「どうしてアタシを殺さない? ナメてんのか? ふざ、けんじゃ、ないッ!!」

 灼けた声は、更にその濁りを増している。

「馬鹿にしてんじゃない! 殺せ! ふざけんな! 殺せ! 殺してみろ! 殺さないのなら殺す! 殺してやる殺してやる! 死ね! お前ら魔法使いは皆死んでしまえ! アタシはそのためだけに生きてきた。全てを殺す。全部殺す。跡形もなく殺す。何もかも焼き尽くしてやる。そうされたくないのなら、殺せ。殺し合わせろ! 殺す殺す殺すッ!」

 吐き出されるのは怨嗟の言葉。這いつくばる形で睨むその目は、赤く血に濡れている。

 そこにあるのは狂気。言葉は通じない。人間の本能が、そう紡に告げる。

「死ね、死ね皆死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、燃えろ、焼かれて死ね、燃えろ、皆燃えてしまえ、燃えろ、燃えろ、灼けろ焼けろヤケろ灼けろヤケロヤけろヤケろ!」

 がた、と瓦が鳴る。見れば、鎮も後ずさっていた。呪いめいた、灯人の気迫に押されてしまっている。

 死ね。殺してやる。殺せ。燃えろ。灼けろ。繰り返される言葉は、回数を重ねてその重さを増していく。それは重力に引かれて落ちていくように。そして、最期には耐えきれず堕ちてしまうように――

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 断末魔の叫びかと、紡は思ってしまう。それほどに、その絶叫は聞くものの足を竦ませた。しかし、それだけ終わらない。

 磔にされたままの灯人から飛び散った血が、中空で沸騰するようにして弾けた。それが連鎖する。まるで火花が散るように、そしてそれが重なり合って、一つの形を成す。周囲の空気を吸い込んで肥大化したそれは火柱だ。それはまるで炎の竜巻だった。炎の中にあって、未だ吐かれ続ける呪言と、その主を巻き込み、渦巻き、周囲を呑み込んでいく。

「――マギアの暴走」

 ぼそり、と怯えの色を浮かばせ、鎮が零す。そして、そのまま屋根の上に膝をついた。

 紡にもそれは理解できた。頭ではなく、本能として。

 猛り狂う炎は、空を紅く染める。その様子は、下ろされたはずの夜の帳を強引にこじ開ける様でもある。

 これは、禁忌だ。触れてはいけないものに触れてしまった。

「……っ」

 後ずさろうとして、竦んだ足が屋根瓦に引っかかる。紡は尻餅をついた。

 その瞬間も、怒り狂った炎は辺りにあるありとあらゆるものを呑み込んで、その呪いを膨らませていく。竜巻は蠢いて、その向きを四方へと向ける。

「――あ」

 そして、それが紡へたどり着くのも、当然だった。

 死ぬ。

 そう、紡は確信した。

 死の瞬間は何度も味わってきていた。それなのに、この瞬間においてそれは、やけにスローモーションだった。

 炎が迫る。その主の声のように、何もかもを灼き尽くす轟炎が。

「――――」

 刹那。轟音が木霊する。

風が悲鳴を上げるようにうねりを上げる。

それを合図として、炎が闇に溶けて消える。

 周囲はやけに暗い。全てが暗闇に閉ざされてしまったかのような錯覚を覚えた。

「あ――」

 状況を把握できたのは、数拍を置いた後だ。

「有栖川……」

 無意識に動かした視界の先に、有栖川鎮がいた。座ったまま、その手を彼方へと向けている。

その指し示す先に在るのは――もう動かない、剣を突き立てられた樋口灯人だったもの。

 それで、全てを理解する。

 有栖川鎮は、樋口灯人を殺したのだ。

「あ、ああ、あああ……」

 鎮の口から、何かが零れる。それは声にすらなっていない、溢れただけの感情だ。

 がら、と屋根が崩れた。樋口灯人だったものが、遙か下の地面へと落ちていく。静かな中に、その落下音がやけに大きく響く。

「あ、ああああああああぁぁぁ」

 突き出した手を、確かめるように胸に抱く。

 有栖川鎮は、そして、泣き出した。

 まるで、子供のように。身体を大きく丸め、屋根に額を擦りつけるようにして、人目を憚らない、大きな声で泣く。

「有栖川……」

 膝立ちで、屋根を鳴らしながら鎮の所まで行く。そして、泣いている鎮を静かに抱いた。

 肩の震えが伝わってくる。嗚咽が体を揺さぶる。

「有栖川……有栖川、終わったんだ、よ」

 優しく語り掛ける。もう、攻めてくる敵はいない。これで、何もかもが、終わる。










































 ――それで、いいのか?

 ――全部、終わったのか?

 何かが、ブレーキを掛ける。


『――考えを止めてしまうことが、一番怖いんだ』


 懐かしい声だ。誰の言葉だっただろう。


『たぶん、考え続けなきゃダメなんだ。考えて悩んで、解決したと思っても、また考えて。そうやって、一歩ずつ前に進んで、成長できる。だから、なりたいものになれる』


 そうだ、あの時、言葉を交わすことができた彼女のものだ。

 僕は、あの時――


『世界の大きさを知りなさい。己の小ささを知りなさい。そして、己が世界を広げることを学びなさい』


 思い返すのは、手紙に添えられた祖父の言葉だ。

 祖父は何かある度に、その言葉を口にしていた。

「ああ、そうか……」

 かちり、と何かが音を立てて、組み合わさった。最後のピースは、自分の中にあった。

「じいちゃんは、そう言いたかったんだ――」

 紡は腕の中の鎮を抱きしめる。肩を震わせ、喉から嗚咽を漏らし、泣く彼女はとても細かった。こうして触れていれば、壊してしまいそうなほどに、脆く見える。

 当たり前だ。

 彼女は、有栖川のお嬢様で、強大なマギアを持っていて、美人で、頭もよくて、何でもできて、人をからかうのが好きで――紡と同じ、高校一年生の女の子なのだ。

 彼女は人を殺したくなんかなかった。それでも、その心の奥にはその覚悟があった。それも分かっていた。彼女は、繰り返される五月十日の中で、何度も神船紡を殺したのだから。それが、彼女にとっての最初の覚悟で、これから進もうとする道への門出になるはずだった。

 しかし、紡は死にたくないと、命乞いをしてしまった。その上で、樋口灯人を殺さないでくれと勝手な責任を押し付けてしまった。

 彼女はヒーローなどではないのだ。そう、思い込んで、勝手に理想を重ねて、仕立て上げようとしていたのは、誰でもないここに居る紡自身なのだ。

 逃げていたのだ。特別なことなど何もないと決めつけ、特別になりたいと願っていたはずなのに、いざそうなれば怖がって、最後の最後で誰かに主役を押し付けていた。

 そして、最後に引いてしまった結末は、彼女の心を踏みにじるものだ。

 愚かで、反吐が出る。

 でも――そこで考えを止めるわけにはいかない。進まなければ、ならない。

「有栖川」

 未だ子供のように泣き続ける、その背中に呼び掛ける。返事は無い。

「有栖川、ごめん」

 謝っても仕方の無いことだ。自己満足だと分かっている。それでも、進むためには言わなければならない。

「僕は、きみに全部押し付けてしまった。自分が何もできないと、決めつけて、本当に何もしなかった」

 鎮の慟哭は止まない。まるで雨だ。決して、止むことのない嘆きの雨。

 きっと、このまま進んでしまえば、鎮は壊れてしまうだろう。

 彼女の覚悟を奪い、傷だけを残してすべてが終わる。


 ――そんな結末を、望んでいたのか。


 そんな問いは、自問自答にもなり得ない。

 答えなんてわかり切っている。

「有栖川。泣かないでくれ」

 その顔に優しく触れ、ゆっくりと起こす。目が合う。

「チャンスをくれないか。僕が、その涙を無かったことにする」

「……ああ、あ……」

「だから、もう、泣かないで」

 頭を撫でるようにして、そのまま抱き寄せる。その耳元にもう一度「ごめん」と囁く。

 ゆっくりと、紡の背中に鎮の手が回される。

「……しぶね、くん」

 離れ、顔を合わせる。鎮は少しだけ落ち着きを取り戻している。それに優しく、紡は微笑みを作ってみる。

 上手く笑えたか分からなかった。それでも、鎮は頷いてくれた。きっと、これから起こることも、全て分かってくれた。

 紡は、鎮から身体を離して、ポケットから包みを取り出した。

 それは、鎮から渡されたままのナイフ。包みを開き、それを自分の胸に当てる。

「神船君……」

 鎮が、ゆっくりと泣きはらした目のまま、口を開く。

「――――」

 それは、紡も聞いたことのある、童話のタイトルだ。

「それを、今日の私に伝えて」

「……うん」

 紡は頷く。鎮は泣き顔のままだ。

 今はこれでいい。これは、別れじゃない。

「また、会おう」

 また出会うために、必要な経験だ。

 ――そして、紡は自分の胸に、ナイフを突き立てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る