WORLD PLANET〜惨憺たる人生を君と2人で生きていく〜

錺あい

プロローグ

 

『オートマトンと言う言葉をご存知ですか?


そう、皆さまご存知の通り、自動人形、少し古い言い方をすれば、ロボットと言う意味です。


いきなりですが、これを人間にお置き換えてみましょう。機械的な人間と、自らの脳で動く人間。どちらが出世をすると思いますか?


昨今のネット社会、機械工学の発展を見れば、確かに機械的な人間と言うのは必要です。しかし、求めるべきは、我らが目指すべきは、自らの脳で判断を下し、動く、そんな人間なのです』


 広い空間の正面に、大きなステージが設置されており、その周囲は赤く分厚いカーテンで覆われている。プラネットの中にある、公会堂だ。


 ステージを照らす、強すぎるスポットライトに対比するように、傍聴席は暗い。その暗さは自然的なものではなく、傍聴者同士が顔を合わせないための配慮でもあった。


 ステージに立ち、堂々と力説するのは、若いスーツ姿の男だ。


 『私が組み上げたプロジェクトを話す前に、まずは自己紹介をさせていただきます。


私の名は、ロニー・ノーマン。オルタネイト一派の中でも名高い、Drレドモンドのもとで役員を務めております。生まれ、育ちはアメリカ。その中でも、トップと言われる大学を卒業いたしました。


もちろん、大学の知名度などここでは何の価値もない、そう理解はしております。ですから、あえて大学名は伏せさせて頂きます。


さて、私自身の紹介が済んだところで、本題に移りたく思います』


 スポットライトと同様に、ノーマンの熱と、傍聴席にはあからさまな温度差が見て取れる。それでも引き下がることなく、変わらぬ声量で、自己紹介を行う姿勢は、素晴らしい熱意、と取ることもできるが、ステージに吊るされた愚か者、もしくは一風変わった道化の類だ。


 「若気の至りってやつかな。将来振り返った時、恥ずかしくなるんだろうね。客観的に見ていたら面白いのだけれど、内容はとてもつまらない」


 暗い傍聴席で、少年の声がした。もちろんその声は、ノーマンには届かない。


 「こんなところで自己紹介なんて、随分と馬鹿なことをしたねえ、この人は。レドモンドも名を出されていい迷惑だろうに。それでもねルカ、君たちよりも一回りは年上のはずだよ。君らのほうが、よっぽど優秀だね」


 返答したのは、保護者のように少年を引率している、五十代の男だ。白衣を纏い、黒い髪を中途半端に伸ばしている。 


 容赦のない罵倒をよそに、力説は続いていく。


 『まずは簡潔に、私の提案を発表いたします。私は、モルモット兵の集団管理を推奨します。そのプロジェクトの名前は


現在の管理方法は、研究員から購入したモルモット兵をそのまま各研究室で個別に管理をするというもの。その結果、モルモット兵は、言葉を話せない、意思疎通が困難。もちろん研究者の個性にもよりますが、基本的には、オートマトン状態なのです。


確かに従来の管理方法でもメリットはあります。オートマトンと言う言葉通り、自我を持たない。それは、決して逆らわない、死を恐れず、どんな死地にも立ち向かえる、と言う点。


兵器としては、持つべき性能です。


しかし、デメリットとして、多くのモルモット兵が、窮地を切り抜けようとしないのです。そして、突然の作戦変更に対応できない者も多い。何より、軍人たちとの意思疎通に不自由がある。


この問題点は、実際にモルモット兵を利用した、各国軍のクレームであるほかに、死を恐れないどころか、進んで死にに行くモルモット兵は、今や使い捨て状態です。そのため、クライアントに対して供給が十分に行えない、すなわち経済が回らないと言う、我々にとっても、問題点なのです。


アグリゲーションプロジェクトは、その概念を覆します。


適度な広さのある部屋に、モルモット兵を集団で管理、育成します。


ここで重要なのは、モルモット兵の年齢を五歳から九歳あたりに絞る、と言うこと。


治験死亡率の高い年齢を超えるまでは、研究員のもとで育ってもらいます。そして、個人を育成しやすい、年齢までを対象にし、自我を持ってもらう。


チームワークや協調性、あまりモルモット兵とは結びつかない言葉のように思いますが、それらを適度に大切にしてもらいます。


勿論、行き過ぎた成長は、反抗や我儘につながりかねません。そしてそれは、モルモット兵と言う自身の立場を勘違いした、愚行。いわば罪です。


そうならないためにも、私は独自の理論で、それらをコントロールいたします。


もし、この演説に興味や疑問を持たれた方、どうか私のところへご一報ください。アグリゲーションプロジェクトはプラネット未来を変える、革新的プロジェクトのである、と私は確信しております。


ご清聴、どうもありがとうございました』


 ノーマンは、すべてを出し切った、と言わんばかりのすがすがしい表情だ。額に浮かぶ汗がライトに照らされ、輝いて見える。


 時間差で、拍手が聞こえるが、どう見ても人数分の拍手はなく、まばらと言えた。


 ステージの前方に歩み寄り、一礼をする。


 ここの人間は、今の環境を変えたがらない。それはおそらく惰性からだ。今の状況でも、好きな研究に没頭し、食っていける。わざわざルールや方法を変える必要性がないのだ。それは、ノーマンもよく知っていた。大きな拍手をもらうことも、手ごたえを掴むことも、初めから期待していない。


 少しずつ、理解者を。頭を下げる中、心の中で繰り返す。大丈夫、俺ならやれる。頭を上げ、ステージを後にした。


 「ねえレオ、どう思った?」


 先ほどの少年、ルカは、隣に座る、同じ年齢の少年、レオに声を掛けた。大きな目をぱっちりと開けた姿は、まるで子犬のようだ。


 「興味ない。大して面白くなかったし、そもそも俺は研究者にはならない」


 ルカとは反対に、表情を変えず、淡々と返答する。


 「まあ、でもさ、本当にできるのかな。成長をコントロールとか、そんな都合のいいこと」


 「どうだろう。少なくとも俺は、そんなの見たことがない」


 「うん、俺もだよ」


 ルカは、レオから目をそらし、うっすらと笑った。もしそんなことができたとしたら、まるでその人間は神様じゃないか。心の中でノーマンを憐れむ。きっとそんなこと、あの男にできはしない。


 「ルカ?」


 レオは様子のおかしいルカに尋ねた。


 「ううん。ただ、そう考えたら、レオは俺の神様だ」


 突然の発言に、レオは首を傾げた。隣に座るルカが、何を考えたのか、皆目見当もつかなかったが、聞いたら答えてくれる様子でもない。そっと視線をステージに戻すと、そこには次のプレゼンテーターが立っていた。ノーマンとは違い、仮面で顔を隠している。これが本当だよな、と心の中でつぶやく。


 ノーマンの持つ熱に触れる日は、きっと来ないのだろう。そう確信したところで、仮面の男がマイクを取った。



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