始まりの物語①

 薄暗い空間のベットの上で丸まり、何を考えるでもなく、呼吸するだけの少年は、そのままぎゅっと目をつむった。……瞬間だった。ベットを囲むカーテンがシャンと音を鳴らしたかと思うと、眩しい光が差し込んだ。人工的な光は丸まった少年を十分なほど照らす。


 「起きろよ。くそリリ」


 あからさまに声を低くし、見るからに不機嫌そうな様子で、少年に声を掛けた。


 リリと呼ばれた少年は、その声には従わず、丸まったままだ。


 カーテンを開けた少年の名前はルノ。ピンク色の長髪をサイドで結んでいる姿は一見少女にも見えるが、ベッドの上で丸まっているリリよりも、少し背の高い少年だ。右目を隠すように前髪を伸ばしている。


 「なあに?きょうはどうせなんにもないんでしょ」


リリがつまらなそうにベッドの上を転がると、その声のトーンや態度にルノはむっとした。


 「うるさい。招集がかかってる。早く来い」


 必要最低限の言葉を残し、ルノはその場を立ち去った。開けっ放しのカーテンからは変わらず光が差し込んでいる。


 残されたリリはゴロンと寝返りをうち、時計を見る。その時計はもうすぐ九時になるところだった。


 地下にあるこの部屋には窓がなく、時計だけでは、朝夜の区別がつかないが、今は朝の九時だ。


 リリはお腹がすいていることに気がつき、ゆっくりと起き上がった。


 部屋を出たところにある洗面台で顔を洗い、いまだ覚めない頭で歩くと、すぐに大きな部屋に出た。


 リリはその光景に目まいを覚えた。もちろん、眠気からではない。


 照明により明るさを保たれたその部屋には、先ほどリリを呼びにきたルノをはじめ、エルやりズ、アオと言ったこの施設のモルモット兵が並んで座っている。


 机の配置や、椅子の形を見る限り、教室と言うよりは質素な会議室に近く、機械的で、暖かみに欠ける。この閉鎖された地下室では一番広い部屋で、話し合いだけでなく、食事など、日常における行為も行われている。

 

 それだけなら、よく見る光景だが、今回はそれだけではなかった。


 「なんでいるのさ」


 リリが冷たく言い放った先にいるのは、シャツの上に白衣を着た三十代後半の男、ロニー・ノーマンだった。椅子に座る子供たちの前に立つ姿は授業を行っている教師に見える。


「よく眠れたか?」


 口角を微妙に上げ、あざ笑うように、リリに尋ねた。この男はリリの睡眠が常に浅い事を知っている。その嫌味な言い方がリリは嫌いだ。


「かんけいないし」


 そっぽを向くように一番端の椅子に座った。ノーマンはリリの態度を気にすることもなく。話し出した。


 「と言うわけで、説明は以上だ。エル、あとは任せた。私はこれで失礼するよ」


 そう言い残し、ノーマンは立ち去った。どうやら、リリが来る前に説明は終わっていたらしく、並んで座っていた子供たちも散り始める。


 リリがふと顔を上げ正面を向くと、ノーマンが立ち去ったところに、リリよりも背の低い少女がいた。オレンジ色の髪に天然が入ったリリの髪とは対照的に、真っ黒でうねりのないショートヘアの少女は、まだ幼さの残る顔立ちには不釣り合いなほど鋭い目つきをしていた。


 「だれ」


 そう言って、首をかしげると、少女の大きな目と目があった。


 リリがこの部屋に来て四年、今までも新しい人間が入ってきたが、そのどれにも興味を持てなかった。しかし、今目の前にいる少女の人殺しの目に惹きつけられた。そしてリリは思った、同じ匂いがする、と。


 「珍しいな、お前がそんなこと聞くなんて」


 遅れたことを咎めるでもなく、嫌味を言うでもない声を掛けてきたのは、この兵団では最年長であり、リーダーと慕われる少年、エルだ。


 「べつに、そんなんじゃない」


 背の低いリリは自然にエルと目が合うことはない。俯いて見えるリリに向き合い、先ほどノーマンから聞いたことを、優しく説明していく。


 「彼女はカルって言って、七歳だって言ってた」


 そこまで説明すると、エルはカルのことを呼んだ。カルは、頷くことも、表情が変わることもなかったが、ゆっくりと歩き出す。


 「俺はエル。一応最年長だから、困ったことがあったらいつでも頼ってくれ。そんでこっちはリリ。同じくらいに見えるだろうけど、十一歳。よろしくな」


 すっと手を伸ばして、握手を求めるも、カルは手を伸ばさなかった。


 「シイナはどこ」

 

 代わりに、消えいるような、か細い声でそっと呟く。


 「シイナって、生活手配人の?シイナならきっともうすぐ朝ごはんを持ってくるよ」


 エルがちらっとドアの方を見るとカルはゆっくりドアに近づき座り込んだ。そのドアは先ほどノーマンが出て行ったドアで、こちらから開けることはできず、壊されないように丈夫に作られている。この部屋にいる子供たちが、”管理されている”ことを象徴するかのように、重厚で存在感があるものだった。


 その大きなドアの前に座るとカルの小ささが際立った。ドアを見つめるように座るカルの後ろ姿は今にも消えてしまいそうな、不思議な儚さがあったが、リリにそれを感じとる感性はない。すでに会話に飽き、そっぽを向いている。


 「ふられちゃったな、リリ」


 「どうでもいいし。おなかすいた」


 エルとリリの会話が成立することは、珍しかった。普段、他人に無関心で、会話すら意欲的ではないリリが、返事をしてくれることにエルは、うれしくなった。


 「リリとは対照的だね。ここに来た日の事、覚えている?」


 エルとは反対に、リリに会話を続ける気はなかった。かといって立ち去るにも、もうすぐシイナが朝ご飯を運んでくると思うと、それはできなかった。


 「しらない」


 短く言い切り、エルと距離をとる。考えることは、次の出兵の事だ。椅子に座り、突っ伏すと、さすがにエルも声を掛けて来なかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る