第80話・始まりの終わり、終わりの始まり

主ははなから長谷寺の理解範疇外でのことであると分かっていた、この話は彼の隣にいる高山に聞かせたかった彼等の今後を決める理由であるとも言える。主の思惑通り、クエスチョンしか浮かんでいない長谷寺に代わって、高山が了承の意を示した。満足げにニヤリと笑った本の主は、異次元移動装置のボタンを押して以前から約束していた忍とのデートのために、彼を連れて共に闇の中へと進んで行く───闇へと消える寸前、ほんの少しだけ長谷寺たちのほうを振り返ると、主は馬鹿デカい爆弾を落として、今度こそ闇へと揺らめいて消えていった。



─近々、天上界で戦争が起こるぞ─



その言葉には、時が来たら帰省して参戦しろという意味が込められていた。長谷寺にとっては喜ばしい知らせだ、彼にとってこの世界は楽しくはあるのだが少々物足りない、しかしとても居心地の良い場所である。時々は里帰りして、思いっ切り羽をのばして戦うのも楽しそうだ、長谷寺をその気にさせる言葉であるに、相違ないのだった。


ここまで来れば、高山も開き直るしかない。戦闘が好きなのは何も長谷寺だけではないのだ、このレンガ造りのフロアには比較的戦闘を得意とする者が多くいる。“その時”が来たら九埜やセラフィーノにも問答無用で一緒に行こうと話を持ち出し、遠足にでも行こうと言わんばかりのはしゃぎぶりで誘う、それを見ながら高山は、今しがたカウンターから取ってきた酒をグラスへ注いで飲んでいた。それから少しすると長谷寺が九埜の腕を掴んで、少女ゲリラ─ドン・リューヴォのほうへ向かっていく。その動きを見ながら高山はセラフィーノを呼び、それに応じて隣に座った途端、2人は大きく溜め息を吐いたのだった。


「……お互い、飽きないパートナーに出逢えて良かったよね~」


「─まぁな、運命の相手を逃さずに済んで良かったとは、俺も思っている」


「セラくんて、結構ロマンチストだよねぇ」


「そうか?」


「うん」


自覚のないロマンチストなセラフィーノのパートナー九埜と、いつも優しく見守る高山のパートナー長谷寺はカウンターから少し離れた場所で、キャッキャと楽しそうに話をしている。ドン・リューヴォも、2人の人柄を気に入ったのか、張り詰めていた空気が、ものの10数分でスッカリやわらいでいた。


「で、紫陽花あじさいさんと真日留まひるさんは、その天上界?の戦争に潜り込むんですか?」


会話内容は穏やかではないが、3人全員がニコニコと上機嫌な様子でいる。長谷寺はリューヴォの言葉に食い付き気味で[それはねっ!]と答えた、九埜は1拍置いて[何となく身体動かしたいよね]と微妙な返事をしているが、口許はニヤついていた。リューヴォは赤子の頃にこの世界に誤って落ちてきた、その時から人間達と共に生きてきた。そもそも別世界の魔物など、何一つ想像が出来ないのだ。この世界しかまだ知らない九埜は小首を傾げる、目の前の長谷寺はブンブンと首を横に振り、胸を張って答える。


「潜り込むんじゃないよっ!突撃するの、楽しいよ?ねっ、簡単でしょっ?」


笑顔が眩しすぎる彼の口から元気に発された言葉を聞いた何人かが、一斉に酒を吹いた。その世界ページは本の主の拠点である為、色々な物が所狭しと詰め込まれている。元々魔物が住んでいた地底世界・魔物しか暮らせない環境の地上世界・数万年前に天上界へ移住させた人間が暮らす世界。文化も種族も生物の寿命も、科学力や錬金術、そして魔法も多岐に及ぶ混沌の世界の話を聞いていると、あまり縄張りから離れたがらないドン・リューヴォも流石に強く興味を持ち始めた。その様子をシッカリと見ていた長谷寺と九埜は、彼女の故郷の事なら心配ないとダメ押しをした。宛があったのだ、漆黒のおかっぱ頭に、白い肌、真っ赤な唇の妖艶な鬼。名前は黒柳くろやぎ魅夜乃みやのという、鬼の種族である喰闇鬼くろやぎ一族随一の拷問好きだ。普段は少女のような見た目をしているが、不機嫌な時や鬼と化した時は何が何でも相手を潰す非常におっかない人物で、報酬を差し出し彼女に任せておけば、守りたい縄張りの件は大丈夫という事らしい。そうして、お呼びが掛かったときはドン・リューヴォもせかいの主の根源こんげんである世界へ行く事となった。


様々なせかいの魔物達が集結するその時は、刻一刻こくいっこくと迫って来ている。何も知らないのは、当の天上界で不穏な気配をただよわせ始めている人間達だけだった。




Fin

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罪─刻む世界の群像劇─ 江戸端 禧丞 @lojiurabbit

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