第79話・守りたいもの

 先に[T&S]の前に停車して降りていた多摩と黒腕は、長谷寺たちが乗っている車のドアを開け、四人が降りたのを確認すると重く分厚い外開きの扉の把手とってを引いた。普段の所作しょさは別として、[BillyBlack]の本拠地といって相違ない場所に、都市伝説に登場する本物の魔物と、たった数日でその悪名が鰻登うなぎのぼりした魔物達への礼儀だった。優雅に四人へ礼をして、彼等はそのままの態勢でいる。


「ようこそ、[BillyBlack]へ」


 多摩と黒腕が店に入るように促すと、四人はキョロキョロと店内を見回しながらカウンター越しに見える酒瓶の豊富さに感激したのか、長谷寺は眼をキラキラと輝かせて、そこにいる誰にも目をくれる事なくズイズイとカウンターへ一直線だ。まさかこの中の誰にも挨拶をせずに、酒まっしぐらの存在がいるとは思いも寄らなかったというか忘れていた者の中から、長谷寺の背後へ焦ったような多摩の声が掛けられた。長谷寺の中では当然の事であるが、ここ[T&S]に来るのは数十年ぶりで、今現在この場所がどんな用途で使われているのかまでは知らない。


「ちょっ─紫陽花さん、紫陽花さんっ」


「んっ?」


「……もう少し、左のほうを見て下さい」


 不思議そうに振り返った彼は、言われるがままにカウンターの奥のほうを見た途端に、その表情が満面の笑みでいろどられた。そしてクルッと身体をそちらへと向けて手を振る、彼の斜め後ろにいた高山は会釈しただけだが若干改まった雰囲気になっている。


「アルジー!この前ぶり!元気にしてましたかぁ~?」


(“ アルジー”って紫陽花…名前じゃないんだから…もうあと何万年が経っても、このままなんだろうなぁ)


 視線の先にいたのは、珍しく苦笑を浮かべている世界創造者だった。今回の来訪は、自由が過ぎて主からここまで来れば最早もはや面白いとしか言えないような長谷寺とその仲間たちに、是非とも紹介したい人物が居たからだった。それは、五年前に都市全体を巻き込んで勃発ぼっぱつした、闇社会に属している暗黒街での縄張り争いのときのこと。当時、東西南北のうち統治されていなかった場所、そこを新しい縄張りとして占領すべく悪名高い者達が群雄割拠ぐんゆうかっきょしていたのだが、その縄張り争いに終止符を打ったのは、最後まで誰も落とせなかったXブロックという名で呼ばれていた区域で育った者が棲む場所だった。


 そしてソコに棲んでいたのは、大半が年端もいかない子ども達、だがそれだけでは無かったのだ。ソコは、闇を生きる人間たちの中でも特に危険とされている犯罪者の巣窟、縄張り戦争時には、ゲリラ戦を得意とする大規模な遊撃隊と化していた街である。いよいよ戦の火蓋が切って落とされようとしていた時に遊撃隊を指揮したのは、たった1人の少女──本の主はまだ幼かった彼女を、長谷寺に紹介するために呼んだのだ。現在の彼女は、名の知られたXブロック[通称・終わりの街]の番人として[ドン・リューヴォ]と呼ばれており、今では本の主や黒魔女アデラインから信頼を得るほどの存在へと成長しこの学園都市東部の暗黒街を支配している。黒髪をお団子頭にして幼さの残る顔立ちと華奢であろう体格だが、ゴテゴテとしてポケットが沢山ある灰色の戦闘服に身を包み、武器を身体中に纏っていることは長谷寺にも分かった。そして勿論、ドン・リューヴォが人間でないことも…彼女を視界に入れた瞬間から、長谷寺の眼が極彩色と黄金にいろどられていた。そのことに逸早いちはやく気づいた高山は彼が動く寸前で手首を掴んで気をひくと、子どもにさとすような優しい口調でゆっくりと言葉をつむいだ。


「まだあの子がどんな人なのか分からないでしょ?まずは紹介してもらわなきゃね?」


 興味を持ったものに全力で突っ込んでいくタイプの長谷寺には、同じくらいの力を持つ者からの、こういった説明も必要なのだった。今回に関しては幸いなことに眼が魔物化しただけだった為、容易に彼の動きを止められた。高山の目を見ながら掴まれていないほうの人差し指を桜色の唇に押し当てて、言われた内容を頭の中で非常にゆっくりと繰り返し、シッカリと長谷寺が頷くのを確認した高山は、ようやく握っていた彼の手首を自由にしてやる。全く意味が分からない様子を目の前で展開された[BillyBlack]の面々と、呆然としている初顔合わせの者達、それらを総スルーして、本の主は一区切りが着いたと解釈しドン・リューヴォを長谷寺・高山・九埜・セラフィーノに、そして改めて[BillyBlack]の上位幹部達へ紹介した。


「───という訳だ、リューヴォは東部暗黒街全域に通達を」


「─分かりました」


「さてクリミーネ…お前がこの都市の東部地区に行く時は、必ずリューヴォに連絡をしろ、必ず文喰いと一緒に行動しろ。これは約束であり契約だ、もしこれを破れば、お前にとって居心地の良いこの世界とは別れてもらう事になるぞ…分かったな?」


 ぎらりと、黄金よりも深いあるじの瞳が長谷寺を見据えている。長谷寺は必死で思考を巡らせていたが全く分かった様子がないまま、勢いで首を縦に振ろうとして高山に顔面をホールドされ止められた。





 .


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る