第78話・嗤う魔物

 多摩の言葉を聞き、酔いも手伝ってすっかり二日前の遣り取りを忘れ去っていた長谷寺と、初めて会った人物がなぜ自分たちの名を口にしたのか全く分からない九埜とセラフィーノは、首を傾げた。そこへ高山が、手にしていたカクテルグラスをテーブルに置いて、そっとフォローを入れる。


「紫陽花、ほら二日前に靖樹くんが暇があったら四人で[T&S]に来て欲しいって言ってたじゃない」


「あぁっ!忘れてた!」


「だろうね~」


「あ、俺も行くーっ!良いよね、靖樹ー?」


「あぁ…つーか飛鳥、お前は来なさすぎなんだよ。さきに車乗っとけ、前の車な」


「俺のホームはこっちなんだよ~、たまに行くだけイイと思ってよねー」


 唐突に会話に割り込んだ黒腕を含む、四人の遣り取りを見て自分たちの名が呼ばれた理由を察した黄昏の魔女 九埜と、夜と風の精霊セラフィーノは黒腕が店を出たあと、すんなり納得して高山と共に席を立ち、長谷寺のぶんも勘定を済ませて店の外に待機していた黒塗りの車に乗り込んだ。運転手がハンドルを握るその指は、四人の高位魔物に囲まれているという恐ろしさから、カタカタと震えている。当の四人は、車に持ち込んできていたシャンパンを開けて、喉に流し込みながら流れる景色を見ていた。


 普段から忍たち[BillyBlack]が集まるのは、BAR[REI]がある位置から見て反対側にあたる、要塞の様なビルの一階にあるBAR[T&S]だ。その店は、暗黒街を牛耳る者たちが集まる時のことが考慮されているため[REI]と比べると広い空間があり、内部での遣り取りが外に漏れぬよう防音対策やセキュリティ面も万全にほどこされている。煉瓦れんが造りの壁になっており、ワックス掛けされ落ち着いた暖かい風合いのフローリングの床と、品揃えが豊富な棚、カウンター席に座るのはせかいの創造主や忍と[BillyBlack]幹部、今回のように招かれた客だけだ。テーブル席には十数名の、暗黒街や学園都市全体の情報収集を得意とする幹部がよく座る。四人の魔物がシャンパンを楽しんでいる一方で、その車の前を走行する車の後部座席に並んで座っている多摩と黒腕、これも滅多に見ない光景であるために運転手はソワソワと落ち着かない気持ちを味わっていた。黒腕がバキバキと首を伸ばしていると、隣の多摩があしを組んで肘掛に体重を乗せ、このところ思っていた事を彼に向かって口にした。


「─お前が紫陽花さんに憧れるのは分かるけどよぉ…」


「なにさー、俺より紫陽花のコト知らないクセに~」


「お前は俺より高山さんを知らねぇだろうが…そろそろ危ないぞ、あの人に睨まれないようにしろよ?親友として警告したからな」


 幼く珍しい魔物は育成が難しい、同じ様に珍しく、さらに位階の高い魔物が数年間は力の使い方を教えなければ、話も通じず暴れまくるだけのただのバケモノにしかならない。同じ喰闇鬼一族の元で育った二人だったが、殺戮さつりく生業なりわいとするその鬼の一族は、自分たち喰闇鬼の子どもを育てるので手一杯だった。彼等の場合は、高位の鬼になるほど仕事に追われるので世話をするのが難しかったのだ。そこで彼等が頼ったのが、神域級かつ珍しいたぐいの魔物である高山と長谷寺だった。幼かった二人、多摩は高山に、黒腕は長谷寺に預かられていた期間が長い。ムスッとした顔で、唇を尖らせて黒腕は渋々といった様子で短い言葉を吐き出した。


「…ちゃんと分かってる…でも近くに居たいんだ。いくら俺でも、高山さんから紫陽花取り上げようなんて思わないよ」


「─それが分かってるなら良い」


 この会話を後続車内で聴きとっていた高山が、ニタリと嗤っていた。それから十数分後、二台の黒塗りの車は[T&S]のドア前に停車した。





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