まんなかっ子

@sukiniyarinayo

第1話 いらない子供

 

 まだ昭和40年代。

 生まれてみるまで男女がわからなかった時代に私は生まれた。

 私が生まれたとき、病院には誰もこなかったらしい。私の上には既に姉がいて、誰もが次は跡継ぎの男の子を望んでいた。

 早産で難産だったから、とにかく無事に生まれましたと電話で報告を聞いた明治生まれの祖父は、

「女の子です」

 の一言で私に興味をなくし、父は、

「また女か」

 と言い、明治の祖母はそれ以上に跡継ぎでなかったことに落胆し、そして、そのまま寝てしまった。

 輝かしい朝日とともに祝福されるはずだった一つの命は、保育器の中で必死に生きているのに、その日の夕方、仕事を終えてやってきた祖父や父から、さんざん、

「男がよかったのになあ」

 という言葉を浴びせられ、

「それにしても不細工な赤ん坊だな。真っ赤な顔で、タコみたいだな。タコって名づけるわけにもいかないし、将来美人にもならなそうだな。真っ赤の真で、真理でいいだろ」

 と名前もその場でつけられた。

 ちなみに姉の名前は「有理」だ。

 月満ちて安産で生まれたそれは真っ白で綺麗な綺麗な赤ん坊で、とりあえず初孫にテンションが上がっていた祖父は、「ユリの花みたいに綺麗な子だな。将来美人になるぞ」と言って画数を散々調べて名づけた。

「有理ちゃんと真理ちゃん?すてきな姉妹の名前ね」

 なんて言われるたびに苦々しい気持ちになる。

 そして二年後、待望の男の子が生まれる。超安産で三人目。生まれたのは真夜中の二時。もちろん祖父母も父も車でかけつけた。バカみたいに凝った名前をつけられた弟は、保育器に入ることもなく、スヤスヤと眠っていた。

 



 私はいらない子供だった。

 今で言うネグレクトとか虐待とか、そういうわかりやすい悲惨な子供とは違う。

 でも、はっきり言えることがある。

 私はいらない子供だった。

 なにもわからない、聞こえない、見えないはずの保育器の中で、私は祖父母や父たちの勝手な落胆の言葉を、外見に対する嘲笑を、どうでもいい扱いを、見て、聞いて、感じていたのかもしれない。

 五歳になるころにはもう、はっきりと悟っていた。

 私は全部姉のお下がり。弟はすべて新品。

 人形遊びは三つ年上の姉に勝てない。お気に入りの人形はすべて姉のものだ。

 弟は自分のミニカーで悠々と遊んでいる。

 綺麗な人形で遊びたければ、姉とケンカをしなければ手に入らず、キラキラ光るミニカーを手にとって見たければ二歳したの弟を泣かせることになる。

 そんな私を見て両親はこう評した。

「この子は我侭で気が強い。こまったものだわ」

 ――私が悪いの?

 ――ねえ。私が、悪いの?

 私は同じように私のための人形が欲しいだけ。一緒に仲良く遊びなさいっていうなら、同じものを二つ買って欲しいだけ。

 なんで弟は男の子だからって新品のおもちゃを与えられるの?

 それに私は女の子だけどミニカーだって好きなの。

 ――そうか。

 私はいらない子供だった。

 大事な初孫でも、大事な跡取りでもなかった。

 親は私に興味がない。

 そのくせ、子供はどの子もみんなかわいいの、ちゃんと三人とも好きよ、とか気持ち悪いことを言う。

 ―ー嘘つき。

 親は子供に順位をつけてるでしょ。

 お気に入りの子供と、そうでない子供がいるでしょ。

 いつか嫁に行くどうでもいい二番目と、大事な跡取りは違うでしょ?


 いくつのときだったろう。海水浴に行ったとき、ふと思った。

 パパとママは二人しかいないよね。

 子供は三人いるよね。

 ねえ、おねえちゃんと私と弟がおぼれてたら、ママとパパじゃ足りないよね。

 きっと、手を離されるのは私なんだろうね。

 そうなったとしても、恨まないし怒らないよ。

 そこまで悟っちゃった私だけど、でも、一つだけ、どうしても許せない言葉がある。

「親はどの子もみんなかわいいの。愛してるの」

 ほんとにもう、そういうの、気持ち悪いからやめて。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まんなかっ子 @sukiniyarinayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ