第2話 黒い子供を見た話

 私が、あれを見たのも、会社帰りのことです。

 そこは、然程車の通りが多くないものの、二車線の道路がある、その歩道でした。

 街路樹が車道側に一定の間隔で植えてあるのですが、その、駅から家までの道のりの半分程の所でしょうか。そこにあった、樹の根元に一人の子供が座り込んでいました。具合でも悪いのかと、声を掛けようとしたのですが、その瞬間に気付きました。その子の様子がおかしいことに。黒いのです。いえ、夜なのでそう見えることは当たり前だと思うのでしょうが、そうじゃないんです。墨汁を体中に塗りたくったような、そんな感じのものでした。街灯が有るのにですよ。

 これはこの世のものじゃない。私は直感的にそう感じました。仮に本物の子供だったとしても、そんなファッショナブルな格好をするなんて、普通じゃ有りません。この時、私はとっさに引き返そうとしました。引き返して、裏の道で家に帰ろう、と。でも、それをしませんでした。裏道には街灯が有りません。そんな所を女の独り身で通ることは、考えられませんでした。それに、その子供は動く様子は有りませんでした。へたにこの子を怖がるよりも。私はそう考えました。


 その子供の前を通り過ぎようとしたときです。いきなり、子供とは反対側から、光が照らされたのです。予想外の方向からの不意打ちに、思わずそちらを見ると、何のことは有りません。家の玄関の明かりが点いただけなのです。その家は人が通りかかると、自動センサによって、玄関の明かりが点く仕組みだったのです。恐らく防犯の為でしょう。私はほっとしました。そして、何気なしに、子供の方を向きました。私は、もう少しで、悲鳴を上げる所でした。子供が、顔を上げていたのです。その顔は、他の場所と同じように黒く、そしてのっぺらぼうでした。それは、私の方を見ていました。いえ、正確にはその家を。

 恐怖のあまり、体が先に動いていました。私はその場を駆け抜け、しばらく進んだところで、立ち止まりました。そして、後ろを振り返りました。好奇心などではありません。恐怖心からです。そこに何もないことを確認したかったのです。

 結果、子供の姿はありませんでした。そして、家の明かりもありませんでした。玄関の明かりだけではなく、家全体の明かりが。


 その家は、その一年前に空家になっていました。前の住人が夜逃げ同然に引っ越したと、聞いていました。私が、あの玄関の明かりを忘れていたのも当然です。そもそもあれは、点くはずのない物だったのですから。

 その住人に何があったのかは知りませんが、あの、黒い子供が関わっている。そんな気がするのです。そして、あの家に次に住む人達も、同じ目に遭うだろう。そんな感じがするのです。

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空想百物語 芥流水 @noname

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