空想百物語
芥流水
第1話 井戸に女の顔を見た話
あれは満月の夜の事だった。
俺は、会社からの帰り道を歩いていた。その道中に古井戸があるんだが、まぁ、この井戸は、当然というか、今じゃもう使われていない。その井戸から、うめき声が聞こえてきたんだ。
気になって覗いて見た。誰か溺れてるのかもしれないって思って。いや、案外ただの野次馬根性かも知れん。その井戸の底には汚い水が少しだけ溜まっていた。そして、そこに何か沈んでいたんだ。妙に白い何かが。よくよく見ると、それは女の顔だった。そいつは恨めしそうにこちらを見ていた。俺はそんな女のことなんて知らない。当然恨まれる道理もない。だがな、水の底の顔は俺を睨んでいる。目を離すことなんて、出来なかった。俺と女の生首は見つめ合っていたんだがな、ゆっくりと、その女の顔が上がってきたんだよ。
鼻、唇、まつ毛、額、と次々に水の上へと女の顔がせり上がってくる。とうとう、完全に水から出た。頭の中では何か尋常ではない事が分かるんだが、体が動かない。金縛りってやつだ。しかしな、女は何をするでもなく、その、恨めしそうな顔のまま、何かを呟いて、フッと消えたんだ。
俺は今だにあの女が何者か、分からない。昔のアルバムとかも、それとなく探しているんだが、見つからない。
あれからは、同じような事は起きなかった。あの古井戸は暫くしてから、埋められた。いまじゃ、あの上に一軒家が建っている。
ただな、あれから映るんだ。鏡、水面、よく磨き上げられた金属の平面。そこに、俺の顔と一緒にあの恨めしそうな女の顔が。他の人には見えないようだがな。
俺はな、本当にあの女も、なぜそんな顔をされなければならないのかも、分からないんだ。
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