第7話
――二人で一人、共にあって幸せも不幸も分かち合う運命。
かつて――
沙地の国の王族は、脈々と竜神の血を守り続けていた。
竜巫女といわれる歴代の女王は、人前に姿を現すことすら嫌ったが、類稀なる力を発揮し、時に死人まで生き返させたという。
だが、その力は潰えた。
異民族に滅ぼされたのだ。――なぜか?
竜巫女は、己が近親と交わることで、その力を次世代に伝えたという。
遺伝の妙で、竜巫女の息子たちはすべて竜人となる。
岩屋の奥の更に奥。今は失われた地底湖のほとりで、彼らはただ交わりのためだけに生かされていた。近親の血のために白痴の存在だったとも言われている。
だが、竜巫女の娘たちはすべて力を持つ可能性を秘めていた。地底湖の水を飲み、水と戯れ、竜人と交わることで、人ならぬ力を手に入れるという。
血を分けた者同士で交じり合う。
それこそが、竜神の末裔である竜巫女の血。そして力の源。
――何ともおぞましい話であった。
沙地の竜神信仰とは、異国の民からしてみると禁忌を重ねて力を得る、実に許しがたい信仰だったのだ。
侵略に建前はつきもの。しかし、邪教を廃絶するという大儀は、大いに受け入れられたという。
ゆえに最後の竜巫女は、異教徒に八つ裂きにされて、門前に七日間さらされた。
こうして、直系の竜神の血は絶えたのだ。
――竜神は邪神か? それとも正神か?
それは人が定めることではない。
ただ、粗末にすれば祟る。そう民人は信じた。
竜巫女が死して七の日、天地は割れた。
割れた空から水が滝のように流れ出し、裂けた大地からは火柱が上がった。昼は夜のように暗くなり、暗雲の中に光が走り、時に人々を射抜いて焼き殺した。
人々は、空に舞う竜の姿を――竜神を見たという。
誰もが口々に叫び、文書に書きとめた。
竜神信仰――もしくは、迷信のみが残った。
異国の民は祟られた。沙地の国にも支配国にも大いなる災害を残し、竜神は我が血の絶える復讐としたのだと。
ゆえに人々は、滅び去った国のあとに竜神の末裔を探して王家とし、祟られぬように国を再建した。
伝説は再び繰り返される――
――竜神は、その血を再び沙地の国にあたえたのである。
流緒の母は、嵐の夜に忍んできた人ではない者と交わった。
彼女が身を投げて死んだのは、生れ落ちた子供が不義の証拠となったからである。子供は実の父親そのものの姿だったのだ。
王は、おそらくそれを知っていた。いくら相手が神であろうが、たとえ単なる邪悪の竜人であろうが、愛する妻を寝取られたことに変わらない。だから、流緒を憎み、そして恐れたのだ。
そして紗羅こそ、王族が伝えてきた竜神の血を色濃く出した少女であった。長い月日を経て、眠っていた血が蘇ることもある。幼き日々からの異常な聡明さは、その血ゆえだった。
竜神は、何を我が子に託したのだろうか?
それは、竜神の子である流緒と末裔である紗羅が、また新たな王族の血を伝え、古の王国を取り戻すこと。
竜神の記憶を民人の中に蘇らせ、畏敬の念により世を支配すること。
それが、流緒が滝の中で得た竜人としての悟り――
だが……。
おそらく、竜神がどのような運命を定めたとしても。
流緒は紗羅を愛す。
もしも本当に血を分けた兄妹であり、禁断の愛であったとしても。
流緒はやはり紗羅を愛す。
たとえどのような異形であっても――
流緒は紗羅を愛するのだ。
その事実に気がついた時、流緒は人であることを捨てた。滝に同化して力をため、竜人として生きることを選んだ。
なぜ、竜人として生まれたのか?
それは。
紗羅を守る――その力を得るために。
流緒は、長年の迷いに終止符を打った。
なぜ、生まれてきたのだろう?
――まさにこの日のために生まれてきたのだと。
深森から沙地の国は遠い。
日差しと乾きを避けるために、暗雲を呼びながら、流緒は飛んだ。
紗羅を憎むはずがない。珠耶が憎かったのでもない。ただ、力を蓄えるために、返事をしなかっただけなのだ。
ほぼ、一年。流緒は滝の清く冷たい水の中にいた。その水は、竜神の血のごとく、力を生み出すもの。流緒に、人ならぬ力を与えるものだった。
その力は紗羅を救うに足りるものなのか――流緒に確信があるわけではない。竜人としての力を使うのは初めてであり、おそらく最後になるであろう。
竜と化した流緒は、力を温存するために、光を避けて沙地の手前で地下にもぐった。
砂漠の下を流れる川。人々が忘れ果てた竜神の通り道でもある。その流れの果ては、沙地の岩屋の奥にある。
地底湖に続く水流の中を、流緒は突き進んだ。その水は、古の竜巫女達に竜の力を蘇らせたものである。
かつての竜人たちは、その地底湖のほとりに住んでいた。
竜巫女以外の人と会うこともなく、闇の底に閉じ込められて、ただ、唯一の目的のために、生かされていた。
地底湖は異国の民にふさがれて、今の時代、人々は足を踏み入れることができない。残された竜人たちがどうなったのか、誰も知らない。
八つ裂きにされた竜巫女と共に殺されたのか、それとも生き埋めにされたのか……。流緒は知らない。
だが、いずれにしても、竜巫女と運命を共にしただろう。
川の流れは運命の奔流にも似て、流緒を揺さぶる。
――逆らわない。それが運命であれば。
闇の中、激しい流れにそって流緒は沙地の王宮を目指した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます