影工房

安良巻祐介

 

 私は影の改造をする。

 暮れ方の部屋、気に入りの椅子に座りこみ、足元に生じた己の黝い輪郭に、昨夜の月光で研いだぎらぎら光る肥後守と、銀のカメレオンが舐めるジッポ・ライターの火とを当てて、少しずつ形を整える。

 或いは、硝子の釘を打ち込んだり、貝殻の粉を振ったり、欠け過ぎたところにはスペクトルを通した虹色を足してやったりしながら。

 やがて顔の辺りがいびつな鋭角になり、目の部分に年輪に似た円盤が回り出し、口はパズルピースをモザイクしたみたいに哂い、額から少し下には捻じれた突起が幾つか生え、腕と指が異様に長く伸びてゆき、背中は弓なりに曲がり、鉄の人工猿とでも呼びたいような姿態になってくる。

 それは仕上げの「心臓ぶら下げの歌」を口ずさむ私の足元で、苦しそうに、窮屈そうに、関節のあちこちをギシギシと動かしていたが、太陽がすっかり西のビル群の中に落ちて行く頃、全体に電流の走ったように痙攣してから、動かなくなった。

 私は椅子に腰かけたまま、じっと足元を見つめる。

 影はいつまでも動かない。

 私はふうとため息を吐いて、肥後守とジッポライターとを机に置き、立ち上がる。

 今回も失敗してしまった。これでおおよそ九十九体というところであろうか。

 初めのうちは影に何の変化もなく、ただ刃と火が空を切るばかりであったのに、継続は力なりと言うべきか、繰り返すうちに、影の端が削れたり、色が変わるようになったり、形が嵌めこめるようになったり、あれこれと弄れるようになってきた。

 今回は日暮れに偽の心臓を入れる所まで辿りついたので、次の百体目、いよいよ何かが起こりそうな気がする。

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影工房 安良巻祐介 @aramaki88

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