第三章 Peacebuilding――平和構築――

半島ディアスポラ、海峡世界で陶窯の煙を上げる(1)

 春山城政庁脇殿の補修は、かろうじて院の行幸前に終わった。宝春は内郭の南門をくぐろうとして振り返る。正面の正殿は板葺のままで、壁の補修だけにし、脇殿だけが黒い瓦を持っている。

 彼は蘇蘆首都の、翠の釉薬をかけた宮殿の屋根も、三つの色彩を持つ施釉陶器も見たことがある。それに比べれば、東端の島国の、さらに北辺の城は、いかにも素朴だった。

 しかし、故郷の焼き物が、なすすべなく次々に打ち壊され、崩れ、奪われていった記憶が、生々しく彼の胸にあった。巨大な炎に巻かれ、柱が崩れれば、瓦は落ちて割れる。高価な瓶も皿も、疱瘡のような死病の前には、なんの価値もない。

 疫病も災害も戦乱も、ひとしく故郷にもこの地にも起こった。そのなかで、この地のひとびとは、もういちど、なんどでも、くりかえし、城を建てる。

 ――この地は、数年のうちに、必ずいや増して栄えます。元よりもおおきく、つよく。

 溌剌とした男の声が蘇る。彼の名はきのえだうち。十五年前、検遠辺国地震使けんとおのへこくじしんしとして、都から臥田へ派遣された。宝春は彼に伴われて遠辺国に来て、そして春野と出会った。

 枝打は臥田城の復興を軌道に乗せると、環各地の戦乱や災害で壊された建物を再興させるため飛び回っていたらしい。そしてその途次で、急な病に倒れ世を去った。宝春は数ヶ月だけ彼の指示で働いたが、その記憶は尚鮮やかだった。

 地震と津波、その壮烈な被害を前にしても、彼は歯を食いしばって満面に笑みをつくっていた。彼の表情、しぐさ、仕事ぶり、部下へのいたわりと上席者への率直さは、すべてあることを表していた。

 ――なんどでも、必ず、壊れたものは蘇る。

 その確信。それを成し遂げられる、という自己と他者への信頼。根拠のない妄信ではない。彼は自分の経験と知識で、そのように判断していたのだ。

 そして、彼の思っていた通りになった。この春山でも、同じことが起きている。そして、宝春自身にも。

 春野の建ててくれた家に戻る。道を行く足音で、彼女は宝春を聞き分けるらしい。出入り口に掛けられた筵を持ち上げる前に、ひょこっと彼女が顔を出す。

「宝春、きょうは早かったんだな」

 彼女は笑み崩れる。

「脇殿はもう完成したんだ。おれの仕事は一段落した」

 ぐいぐい引っ張られ、室内に入る。湯を差し出され、礼を言って手足を洗う。手伝いたがる春野を断る、なんども繰り返したやりとりをまたする。宝春がいごこちがよいように、快適に過ごせるようにすることに、彼女はおおきな喜びを感じるらしい。宝春も同じだった。彼女が不快にならず、健やかで、のびのびと過ごしているのを見ると、深く満たされる。

 自分ではどうしようもない、おおきな力に、なにもかもを奪われても、それでも。

 また、こころを満たすことはできる。

 二度と会えない家族。

 二度と見ることのできない故郷の山野。

 その感触が蘇り、悲しみやさみしさに胸を引き裂かれても。それでも。

 手を伸ばす。彼女を抱きしめる。その力の倍の力で、彼は抱きしめ返される。

 どうしたら、もっと彼女を幸福にできるだろうか。

 どうしたら、自分はよりよい場所を求める焦燥から解き放たれるだろうか。



「――秋守」

 窯場の脇の木立の下で、旧友が立ちずさんでいた。馬から下りて、従者から差し出された水筒から水を飲む彼女に、宝春は駆け寄った。

「やあ、久しいな。春野にはこの前会ったが、おまえには会えずじまいだった。すこし内密の話がしたい」

 そう言う彼女を連れて、宝春は窯場を出て近くの川原に案内する。

 岩に腰掛けて、秋守はまっすぐに宝春を見た。

「刈代に来る気はないか」

「……?」

「知っているかもしれないが、わたしは井津端のひとびとを刈代に案内する仕事をしている。羽塔ヶ浜と春山の、ちょうど真ん中くらいに、盆地があって、そこを皆で開墾している。もともと住んでいた夷似枝たちに財を払い、土地を譲ってもらった。まあもとは湿地で、狩りにも魚捕りにも向かない土地だったんだが。環人に用水路を作る技術のある者がいて、いちおう順調に進んでいる。……彼らが、丈夫な焼き物が欲しいと言うんだ。穀物を煮炊きするにも、水を運ぶにも、夷似枝たちが焼く土器では用を成さないのだと」

「……おれはろくろは回せないぞ」

「お、聞く耳は持つか。硬い焼き物というのは、要するに窯の問題なんだろう? 詳しくは知らぬが。夷似枝たちにも、環の産品を見まねてろくろで粘土を器のかたちにすることのできる者はいるぞ。彼らと協力すれば、硬い器も焼けるだろう」

「簡単に言うが……」

「簡単ではないだろうとは思う。しかし、その盆地は、臥田にあったのと同じように、低い丘がいくつも突き出している。燃料になる木も豊富で、炭焼きの工人も移住している。井津端からの移民には、海沿いで製塩をしたいという者もいる。尚更おおきくて丈夫な甕が必要だ。別嶋の夷似枝たちも、さらに北の馳黒のひとびとも、丈夫なうつわを求めるだろう。環から運んでくるより安上がりというなら、――」

「……わかった」

「窯場になる土地はこちらで用意する。家も、腕のいいのがもう刈代で造作を始めている。なにより、……おまえは必要とされている」

「……」

「春野は否と言うだろうな。だから、とりあえずおまえに先に言った」

「……春野も連れて行くつもりか?」

 秋守は吹き出した。

「いや、おまえたちは引き離せないだろう! どちらかを引っ張れば、どちらも付いてくる」

「……」

「まだそんな自信はないのか? 相変わらず自分を低く見積もっている」

 宝春は苦笑いした。

「よくわかるな」

「春野の話を聞いていれば、おまえがあれからどう思われているかよくわかる」

「――」

「いとしい背の君。環では首ったけの相手のことをそう言うんだ、覚えておけ」

 じわ、と宝春の頬に朱が上るのを、秋守は平然と見やり、

「春野も刈代で必要とされている」説明を続けた。「刈代は一枚岩ではない。村同士仲は悪い。春山城と、環とどういう関係であるか、別嶋とどういう利害で結ばれているか。村同士で異なるからだ。当然、こちらがどう動くかでほかの村と争いになる事態も起こりえる」

「……戦か」

「そうならないように。あるいは、そうなっても身を守れるように。春野の力が必要だ。集落に壕を作り、柵を設ける。あるいは、武装したひとびとと交渉をする。そういった場面が生まれるはずだ。これから春野に詳しい話をしに行ってもいいが、おまえから春野に話してもらってもいい。どうする、宝春?」

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