事務方国守代理、摂政命令をつっぱねる(3)

 十月、春野は猪爪村などの降伏した夷似枝たちを連れて、春山城に入った。春に反乱軍が焼いた城は、八月に朝廷の手に戻り、保円たちが采配を振るえるよう、急ごしらえで政庁を建て替えた。板葺きの屋根の下に、焼けたときに落ちた瓦がおびただしく残っている。それは、春野に臥田城の惨状を思い起こさせた。大地震でひしゃげた臥田城は、十五年後のいま、宝春や工人たちの手で、復興されている。春山も、甍を取り戻すときがきっと来る――……

「残り七村だ」

 保円を囲んで、国司や救援軍のひとびとが政庁に集う。

 陣中にもかかわらず、文官である保円は甲冑を身につけず、すすけたほうを纏って焼け残っていた椅子の肘掛けにもたれた。

「都には報告の飛駅を出したが、年内は城の防備と復興に徹し、村々が降伏するのを待つ」

「それが……」 

 権掾ごんのじよう[仮の三等官]が声を低めて進言する。

「資材の調達がうまくいっていないのです。取り急ぎ木材を刈代から買い付けようとしたところ、金子を積んでも同勢が是と言わない」

「なにゆえだ」

 権掾は首を横に振った。

「わかりませぬ……。井津端側は反乱夷似枝が山々を掌握しており、材木を手に入れることが叶わず、困っております」

「刈代の商人は、春山城が復興すると、自分たちの利を損なうからでは?」

 春野が首を傾げながら言った。

「どういうことだ?」

 保円の問いに、春野はたどたどしく答える。

「つまり……春山城が設置されて以降のここ百年、別嶋の夷似枝は春山城を経由して環に財をもたらしています。城ができる前について、わたしは詳しく知りませぬが……。羽塔ヶ浜の交易の様子を見ても、地理的に考えても、別嶋と環をつないでいたのは、以前は刈代であったはずです。それが、春山城への朝貢と、別嶋夷似枝への饗給が軌道に乗って以降、刈代商人は仲介の旨みを春山城に奪われた形です」

 野主が付け加える。

「反乱軍の背後には、刈代の一部の村がいるというのは、先日お伝えした通りですが……ここであまり刈代のひとびとに圧力を加えるのは、上策ではないと思います」

 ふむ、と保円は頷いた。

「井津端から、刈代に百姓や夷似枝が逃亡したこともあったと聞く。いまの刈代は、おそらく春山近辺よりも豊かだ。環に依存しない交易の形をつくり上げる――春野の友人の商人のような、新たな形の商売を行っている者もいる。彼らは、以前から春山城司から位記[位階を授ける文書]を買い、井津端の近海を行き交っている。財を集積しているはずだ。彼らを刺激することなく、乱を収め、城を復興せねばならぬ……」

 城柵の建て替え用の資材の調達について、井津端南部や、さらに南の海沿いの国からの調達の可能性がないか確認するよう、保円は指示を出す。反乱した夷似枝が、武器を捨てて春山城に入ったことについては、降伏を受け入れ、いまだ帰順していない村々への説得を行わせるよう、春野は命令された。

 兵は多く死に、城や城下町は放火されたが、乱の集結はちかい。集まったひとびとはその認識をつよくすると、ふたたび自分たちの仕事に戻った。


 そのひと月後、都からひとりの青年が派遣されると同時に、太政官符が到着した。

 青年の名は葛原時近ときちか。摂政経良の嫡男である。肩書きは井津端国権介ごんのすけ[仮の次官]。

 符には、反乱を続ける夷似枝村を攻め滅ぼすように、と書かれていた。

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