事務方国守代理、摂政命令をつっぱねる(2)
《
刈代の交易の中心地、
《……オロナイのあたりは、饗給に依存しているからな》
同勢とは、交易を行う商人集団のことだ。北の財――貂皮、鷲羽根、さらには昆布や
春山城は環の手に戻り、井津端国内の反乱軍側の十二の夷似枝村も、五つまでが投降した。残りの村の降伏も時間の問題だ、という情報は、別嶋の同勢のあいだで共有されることになった。
別嶋の、海峡に突きだした半島の突端であるオロナイよりも北、半島の付け根にあるレラシリという村の同勢に、コソンカは属しており、レラシリは今回の乱は静観する方針だった。妻である秋守は人脈を駆使し、夫の同勢の方針に反して、別嶋や刈代の別の同勢を乱鎮圧のために動員した。春野や保円と夷似枝たちをつなぐ役割を担った彼女は、井津端や刈代の各地を駆け回ったのち、羽塔ヶ浜に数ヶ月ぶりに戻ったのだった。
召使いが持ってきた汁物の鍋から、コソンカは手ずから椀によそい、秋守に渡す。手に伝わるあたたかさと、白くゆらめく湯気に、秋守は目を細めた。
《乱は集結しそうだな。無事に帰ってこれて、ほんとうによかった》
髭もじゃの年上の夫のあたたかいことばに、女商人は微笑む。
《幼馴染みが――春野が、よく動いたんだ。鎮守将軍とかいう、大層な肩書きをもらったらしいが、まったく驕ることがない。あの率直な……まあ、悪く言えば直截で、善く言えば純情な言動が、夷似枝たちを説得した》
《将軍が純情でも、環の首領はそうではないだろう》
滋味の沁みた百合根の団子を噛んで呑み込み、ほっと息をついてから、秋守は夫のことばを胸に落とした。
《……そうだな。早晩に、井津端の収奪がやむとはとても思えない》
《……もしかしたら》
コソンカは腕を組んだ。
《刈代に、井津端の民が逃げてくるかもしれない。三年前の飢饉のときは、環人も、夷似枝も、刈代に何百人と逃げて来ただろう。それが、また起こるかもしれぬ。現に、そのひとびとはまだ井津端に戻ってはいない》
《……それなんだが》
秋守は椀を折敷に戻すと、手の込んだ刺繍の入った樹皮布を纏った夫の腕に触れた。
《春山ちかくの環人から、刈代に逃げる算段を付けてくれと頼まれた》
《……》
《環の役人に知られたら、わたしが井津端をうろうろすることに障りが出るかもしれぬと、……いちどは断わった》
《……ふりをした?》
コソンカは、片眉を上げてにやりと笑った。
秋守はふふ、と笑みを漏らす。
《時期が悪い、とは言った。いまは環の兵士がたくさん井津端に来ているからな。それに雪も降り始めた。足弱のひとびとに山越えは難しい時期だ。だから、この冬は耐えてくれ、という話をした。あるいは、環の方針が変わるかも知れないと――現に、春野も、新しい国守も、そう主張しているからな》
《……そうか》
《特に金になるかというとそうではないが……もし……》
《環人に、刈代で自分たちだけで生きろというのは、死ねというのと同じだ。彼らは、海峡側の冬の過ごし方も、狼や熊を狩る方法も知らぬ》
《だが、彼らは、硬い土器の作り方や、鋼を鍛える方法を知っている》
《……そうだな》
《わたしに逃亡を持ちかけたのも、そういったわざを持つ環人だった。彼らを刈代に連れてこれたら……》
《ここを拠点にするおれたちが、別嶋やもっと北のひとびとに売るものの仕入れが、もっと有利になる》
《窯場や鍛冶場を用意してやろう。手伝いたがる夷似枝もたくさん出てくるだろう。そういう商売も、こころ楽しいだろうな》
《それに》
コソンカは口角を上げて目をくるりと回してみせた。
《環に一泡吹かせられる。さんざん夷似枝たちから奪ってきた環を》
秋守は声を上げて笑った。
《それはどうかな。わたしの親友に害がでるようでは困る》
《そこは、秋守がうまくやる》
そういって、コソンカは秋守の肩をぽんと叩いた。
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