第二章 Demobilization――動員解除――

事務方国守代理、摂政命令をつっぱねる(1)

『節刀は用意できなかったが、鎮守将軍のしようは用意したぞ』

『いや、免官になっていた人間にさすがにせつ将軍は無理でしょう』

 快活な元上司は、春野を鎮守府に連れて行き、正式に勅を読み上げ、帝の名代として彼女を鎮守将軍に任命した。

 井津端国の春山で起きた反乱の経緯、現状を簡単に説明し、反乱を鎮圧する役目を春野に持ってきたと告げた保円に、春野は即座に役目を受けると言った。宝春には、暫時の別れを告げた。やわらかな笑みに潜む、彼の寂寥を痛感しながら、必ず生きて帰ると断言して。

 保円と春野は、春山よりも南にある、井津端国府に入り、状況を確認すると、矢継ぎ早に手を打っていった。現地軍の再編、補給路の確保、朝廷への報告と救援要請、服属夷似枝や秋守を通じた、刈代・別嶋夷似枝との共闘の交渉――……そのなかで、断続的に大小の戦闘が起き、兄野主や、井津端・遠辺の国府官人・りようかんとともに、春野は前線に出た。

 形勢が逆転した秋口以降、朝廷側は春山ちかくの夷似枝村を攻めあぐねていた。春山城近辺の夷似枝たちの、国守への不信感に基づく結束は固く、春野は突破口を反乱軍十二村のうち、もっとも春山城から遠い村――猪爪村に求めた。

 雪の中、下着一枚で村長への面会を求めた彼女は、竪穴住居の温かい炉端で、老夷似枝に言った。

《もう充分だ》

《……》

 老村長はぎろりと春野を見返す。

《そなたたちの要求も、泉岑由はじめ王臣家の横暴も、朝廷は十分に理解した。向後、この地は葛原保円様が治める。貧民をきゆうじゆつし、病者を施薬院に入れ、農民の稲籾を倍加し、帰任時民衆が道を阻んで止めた、良吏保円様が》

《わしらは知っておるぞ。国司どもの首がすげかわろうと、財を求める環人たまきびとは減らぬ。環の首領が、良馬を、てんがわを、鷲羽根を求めて家の子をわが村に殺到させていたのだ》

《首領――》

《知らぬのか。風声様も落ちたものだ》

《……摂政か。葛原青家の》

 老人は口髭を上げてにやりと笑った。

《知っておるのか。まあ、そうであろうの》

《……》

《環の貴人あてびとたちの内実がどうであるかは、わしらは知らぬし、興味もない。しかし、都から派遣される身の国守がだれであろうと、首領に逆らえるのか?》

《――逆らえぬとしても》

 春野は老夷似枝を見つめ続けた。

《そなたたちがいかに手強いか、収奪を行い続ければどうなるかは、こたびの戦で摂政も思い知った》

《おまえさんの身分で、そんなことを言い切れるのか? わしにはそうは思えぬ》

《わたしは鎮守将軍だ。荒ぶるひとびとを鎮め守ることを一任された。わたしが断言することは、環の意思だ》

 村長は白く長い眉の下から、春野を見据えた。

 老いているわけでも、巨躯を持っているわけでも、弁舌に秀でているわけでもない。そんな自分が、夷似枝たちを説得できるか、春野は内心で不安に思いながらも、村長に対峙し続ける。

《投降すれば、罪には問わぬ。いままで通り饗給を行う》

《――は!》

 村長はおおきく口を開けて声を上げて笑い始めた。

《環のやり口は、この百数十年、代々言い伝えて知っておるぞ。海向こうのこうに――大陸に自分たちが夷族を従えていることを示すためなら、どんな虚偽もごまかしも辞さぬ。都で自分の地位を保つためなら、夜盗にも人狩りにもなる。卑しいひとびとだ》

《その通りだ》

 春野は一度口を引き結び、頷く。挑発したと思っていた村長は、笑みを引かせる。

《されど》

 春野は、腕を伸ばし、とん、と老人の胸を手で突いた。

《そうであるばかりでないことは、そなたもよく知っているはずだ》

 老人の胸には、環で織られた、絹の守り袋が下げられている。

《ひとがひとりでは生きられぬように、環も夷似枝も、関わりを絶っては生きられぬ。わたしは、そなたたちと共に生きたい》

 老人は、春野を見返しながら、おおきく息をついた。



 二日後、春野は猪爪村の村長を含む数人の夷似枝を伴い、春山城に出発した。

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