第44話 死に場所
「作戦開始五分前! 」
現場の空気が画面越しにも解るほどに緊張していたが、画面を見つめる3人の表情は場の雰囲気とは真逆の安堵に満ちた笑みを見せていた。
「130対72だ。遅かれ早かれ降伏してくるさ」
劉が自分に言い聞かせるように呟く。その声色は表情とはまた違う何かを帯びているように聞こえた。
「それはそうだ。奴らも勝てる戦と勝てない戦の区別くらいはつくはずさ」
アルバートも声と表情が一致しない様子だった。フェルディナンドがいたら笑いそうな程に滑稽だともいえる。
「やることはやったんだ、後は静かに待てばいい。そこにこそ人の風格は現れる」
アルフレッドだけは動じることなく葉巻を燻らせている。葉巻を灰皿に押し付け、静かに画面の向こうの指揮官を呼び出した。
「そろそろか? 」
「はい、既に第一段階の迫撃砲攻撃はいつでも可能な状態です」
「そうか」
アルフレッドは全く余裕の態度を崩すことなく腕時計を見やり、少し思案して静かに目線をモニターに戻した。
「予定より2分ほど早いが、攻撃を開始して構わん。これは理事長命令である」
「はっ、了解しました」
指揮官が着帽敬礼をした直後、画面の下に小さく『broadcast』の文字が表示される。
「いよいよか」
「いよいよですねぇ」
「我々の時代が始まるぞ」
三人は胸の前で腕を組んだ。
──────────────────────
Hive本部地下、潜水艦ドック
「発進可能出力まであと10分! 」
ドック内にエンジンの振動が伝わり始めたその時、地面が大きく傾き同時に爆発音が聞こえた。
「もうかよ! 一時間くらい早いじゃねえか!! 」
「最初から全滅させる気だったのかよ…… 」
Hive本部は外装を対物理攻撃用の防護壁として建造されておりある程度の攻撃は防ぐ事が可能とはいえ、大軍による飽和爆撃までは流石に耐えられない。このままではいかに敷地に地雷を設置しようと制圧までは時間の問題である。
「なんとか発進を早められないのか! 」
「そんな事したら機関部がぶっ飛ぶ!! 」
あと少しで事が成し遂げられるが故に、全員が各々で焦り出し始めた。中には祈り出す者までいる。乗艦用の待機スペースゆえによく声が響くので
「……仕方ない、か」
それまで一言も発さずにニュースの中継映像を見ていたフォックスが突然立ち上がり、左手の薬指にはめてある指輪を抜き取った。
「フォックス? 」
レオンはその行為が意味する所を悟ったのか、即座にフォックスのもとに駆け寄る。フォックスは駆け寄るレオンの腕を強く引き寄せた。
「こうするしかないのか? 」
「若い奴らのためにはな。嫌なら拒否しても良いんだぜ? 」
フォックスは指輪を握り、その左手をレオンの前に差し出した。そこで全員がその意味を理解したのか、誰も何も言えないまま静かに下を向いてしまった。
「今回は命令で行くんじゃあない。俺が勝手に、しかもあいつらに全てを賭けたい、その思いだけでやろうとしていることだ」
レオンの目に涙が溜まっていくのが見える。あらゆる思いを飲み込んでなお、自分の話を聞いてくれるその姿にフォックスは感謝した。
「それでも、お前は俺のわがままを聞いてくれるか? 」
「………はい 」
指輪を受け取り、レオンがフォックスに抱きつく。そこに救いがないと知りながらもなお、誰も声をかけられなかった。
「……すまん、そしてありがとう」
フォックスもレオンの背中に手を回し、静かに抱擁した。その光景に誰もが涙を止めることが出来なかったのは言うまでもない。しかし、界人は声を荒げた。
「なんであなたが行くんですか! これからの事を考えればあなたこそ生き残るべきだ!! 」
「なら逆だな、お前たちの方が老い先長いんだからより経験を積むべきだ」
フォックスの目に迷いがないのはいつもの事だったが、それでも界人は納得がいかなかった。
「だったら俺が!…… 」
「馬鹿なこと言うんじゃねぇ!! 」
界人はその怒声に衝撃を受けた。いかなる時も感情の起伏を見せることがなかったフォックスが初めて感情を露わにして 怒鳴ったのだからある意味当たり前の反応である。
「人には死に場所ってのがある。確かに戦場でしか死ねないような奴もいる」
皆が自分の話を忘れじと聞いてくれているその姿に感動しつつ、フォックスは言葉を続ける。
「だが忘れんな! 常に自ら死ぬような真似は避けろ! いつ死ぬか? それは『自分が一番年上の時』だ!! 」
涙を堪えるのが精一杯なのか少しずつ顔が歪んでいくが、それでもフォックスは涙を流さない。
「だから界人! せめて惚れた女くらいは守り抜け!! それが出来ればお前の勝ちさ、俺が出来ない事なんだからな!!! 」
そしてユリのもとまで歩み寄り、その頭を撫でる。
「お前も、せめて惚れてくれた男の思いくらいには答えてやれ、な? 」
涙でぐちゃぐちゃになりながらも必死にユリが頷いた。最後の別れを惜しむかのようにユリを抱き締め、フォックスは静かにハッチに向かってあるいていく。
「ゼロの状態は? 」
「オールグリーン、今までないくらいに整えてあります」
ハッチの側にいた整備員が答えると、フォックスは満足そうな笑顔で振り返り全員を見渡した。
「じゃあ行ってくるわ! 絶対死ぬなよ!! 」
ドッグタグを下に向かって投げる。界人がタグをキャッチしたのを見届けると、フォックスは振り返ることなくその場を去っていった。
ゼロ・ブレイド @orion1196
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