第43話 企み

皆が格納庫にて慌ただしく作業する中、フォックスとフィリップは事務所で撤退後の計画について検討していた。


「さてフィリップ、ここを出てからはどこかに潜伏する場所がいる。半年は船に持ち込んだ分でどうにかなるだろうが、それからが問題だ」


「それは既に大企業の恩恵を受けられなかった国のうち、いくつかが保護を申し出てくれている。気にしなくていいだろう。そこは代表たるこの私を信用してくれ」


「この分では1ヶ月と経たんうちからレジスタンスやらテロ組織が出てきそうだな」


 なんとか明るい笑顔を保とうとするも、二人ともその顔には焦りが滲み出ていた。既にタイムリミットは40時間後まで迫っており、敵の包囲は始まっている。その様子がテレビ中継されているのもニュースで確認済みである。


「積み込み作業自体はあと38時間で終わる。だがフォックス、問題は潜水艦自体のエンジンスタートだ」


「なんだ? 核エンジンのくせにアイドリングしてんのか」


 ジャックフィッシュのエンジンはプルトニウム系核エンジンだと設計図には記載されている。通常そのタイプのエンジンは一度点火して動き始めると今度は止める方が大変な代物で、常時起動させておく方が無難なのだ。


「実は、整備面の問題と燃料コストの関係でエンジンはギアと同じ核融合エンジンに取り替えているのさ。伝達が遅れて済まない」


「だったら問題ない。起動して発進できるまでどのくらいかかるか分かるか? 」


 ギアすらエンジン一つで動かせる核融合エンジンでもそのギアを70機以上積んでその上300人もの人員を積載できる設計の巨大潜水艦を動かすにはかなりのパワーが必要で、点火してすぐに動き始めるという訳にはいかない。その時間によっては出航すら危うい可能性がある。フォックスがそこを心配するのも頷けた。


「既に点火を始めてはくれているらしい。だが本格的にエンジンが回り始めるまでに14時間、そこから動力がジャックフィッシュを動かせる程度で安定するには25時間かかるそうだ」


「えらく危ない綱渡りになりそうだな。俺とお前が死んだ時の代理くらいは決めておく必要があるな」


 眉間に皺を寄せつつフォックスが腕を組む。単純に指揮官代理ならばレオンで問題ないのだが、パイロットチーフとなるとそうもいかないのが現状なのだ。


「私は界人だと思うのだが、それではいかんのか? 」


「荷が重すぎる。ただでさえ新型機乗ってるせいで俺と自分を比べちまっている。今チーフ代理にしてみろ、絶対に壊れる」


「彼ならそんな風にはならないとは思うけどなぁ」


 フォックスが危惧するのは能力云々の話ではない。


「あいつは劣等感やら悩みやらを自分で抱え込む癖がある、俺とよく似ているよ。だからこそまだ早いと言っているんだ、俺の二の舞を踏むことになりかねない」


 フィリップの顔を見るフォックスの顔に冗談の色はなかった。その鬼気迫るほどの真剣な目はすべての思いを語っているのが分かる。


「了解した。当分はレオン君に兼任してもらう」


 するとフォックスは突如立ち上がり、格納庫への内線を繋いだ。


「俺だ、ギアの積み込みに関してだがゼロは一番最後にしてくれ。ついでにメイスを一つ残しておいてくれ」


 指示だけ出したかと思うと、フォックスは何かに焦っているかの様に受話器を置いた。


「万が一敵の攻撃開始が早まったら俺が囮になる。フィリップは全員を連れて必ず逃げろ」


「また死ぬ気か? 」


「その時は腹を括るさ。少なくとも若い奴らに任せるよりはましだからな」


「そうか……… 」


 フィリップは少し俯いて考えたあと、すぐフォックスに向き直った。


「分かった。直前までは伏せさせてもらうぞ、どうせ反対意見も聞く気がないんだろ? 」


「よく分かってるな、ありがたい」


 フィリップが席を立つのを見送ったあと、フォックスはシャツの胸ポケットからタバコのカートントがとライターを取り出す。


「……ただ逃げているだけなのかもな」


 寂しそうに箱を握る手を見つめ、フォックスはタバコに火を点けた。





 ──────────────────────

「敵の動きは? 」


「は、一切ありません」


 中継映像から現場を確認しているアルフレッドたちは苛立ちを隠せなかった。ここまで追い詰めているというのにHiveに動きが見られないのだから、その焦りはかなりのものである。


「降伏して72機のギアを即戦力として軍に属させるはずが、このままでは全て破壊せねばならないではないか! 現場が包囲を徹底していないからではなかろうな? 」


 アルバートが怒りを露わにするが、劉が手で制する。


「そうカリカリするな、どうせあと20時間もせんうちに旗色が変わってくるさ」


「そんな事はどうだっていい! フォックスとかいうあの男が厄介なんだ、アメリカ軍で最高の戦績だった彼を戦死の偽報にかこつけて抹消しようとしたことがバレるだろうが!! 」


 すると、今までだんまりを決め込んでいたアルフレッドが突如アルバートの方を睨んだ。


「それはとっくの昔にバレているだろうが、だからテクノ・フロンティアは倒産したんだろう? 」


「………… 」


 直球過ぎる問いにアルバートは黙るより他なかった。アルフレッドは話を続ける。


「だからこそ、消せるときに消しておかねばならぬ。彼の死をもってこの世界から我々への反対感情を消さねばならないのだ」


 そして、アルフレッドは画面越しに待機している現地指揮官に合図を送る。


「攻撃開始を一時間だけ早めなさい。これで万事解決するだろう」


「了解しました。準備に入ります」と指揮官は返事をするが速いか瞬時に命令を下し始める。その様子に、三人は不敵な笑みを浮かべた。

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