第6話

 【君は本当に存在するのか?】

 桐生と彼乃が愉快な歌を歌っている。アップテンポなフォークソングで、歌詞がこれまた笑える。1人の男子高校生が後輩の女の子に惚れられる。恰好つけて海外行こうとしたら飛行機堕ちて死んじゃった。傑作だ、ざまあみろ、リア充死すべし、是非はない。

 【聞きたまえ青年。あの正体不明の話だぞ】

 裕介の目は一気に醒める。酔っぱらっている場合ではなかった。というか今の歌自分のことじゃねぇかと、今更気づく。

 「えっと、何ですって? 僕が存在するか?」

【ああ、君はどう思う?】

 どう思うもなにも、存在しているに決まっている。

 「なぜそう言い切れる、五十嵐君?」

 茹でたタコのようになった桐生がのしかかってきた。

 「そーだそーだ、証拠を持ってこい証拠をー☆」

 さらに上から彼乃がのっかかる。鬱陶しいことこの上なかったが、裕介の思考は困惑に陥っていた。

 自己存在の証明。難解な問。

 【深く考える必要はない。『我思う、ゆえに我ありコギト エルゴ スム』、これで十分なのだよ。では青年、篠原綾香は存在するか、否か】

「え」

 唐突に出てきた綾香の名に、裕介は不意を突かれた。彼女は、裕介が死んでいるこの瞬間、空港の窓で泣き崩れているままのはずだ。

 「なぜそう言い切れる、五十嵐君?」

「そーだそーだ、証拠を持ってこい証拠をー☆」

 上からの繰り返されるやじに、今度こそ裕介の思考は立ち往生した。泣き崩れた綾香を実際に見たから、などという単純な理由では説明できない。今現在、裕介は、綾香を見ていないのだ。

 【そう、彼女を観測していない今、彼女が存在するかどうかは、分からない】

 見ていないのにいるはず、というのは思い込みだ。裕介が綾香を見失ったとたんに、0.00001の原因でこの世から消え去った可能性だって捨てきれない。それがカオス理論。

 可能性。

 【世界のものすべてが、そうだろう? 君は今、世界を観測していない。だから世界の存在は、確率的に予測するしかない】

 世界が存在する確率。存在しない確率。

 【君が観測した瞬間に世界の状態は決定する。確率が収束する】

 裕介が見ている世界は、無数の可能性の中のたった一つ。

 【青年よ、君はなぜ、いくつもの可能性の中から、篠原綾香が存在する世界を観測したんだろうな?】

 なぜ、いくつもの確率の中から、死のルートを観測したのか。

 裕介は一つのひらめきに行きつく。何度やり直しても必ず待っている死の運命。カオス理論からして、それはおかしい。しかしそれと同じように、毎回存在したものはいくつもあったではないか。

 それは、砥石の存在、桐生の存在、彼乃の存在、裕介自身の存在。

 綾香の存在。

 それらも同じく、無数の可能性の中から裕介が毎回観測した事実。

 何度繰り返そうとも、彼女と出会う。その確率は、とても低い。

 渾身の問いを、砥石が放つ。

 【?】

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