第4話

 「――つまり、僕の死因はだったと?」

 グラスの中身は、お酒だった。真っ赤になった桐生と彼乃が、なぜか野球拳をしている。じゃんけんに負けたら脱ぐのではなく、逆に着るという、はたから見ている裕介まで暑苦しくなるようなルールだった。未成年の飲酒は法律で禁止されていることを、大人の事情で徹底させてもらう。

 【生あってこその、死。どんな生物だって、生きているから死ぬのだ。君も例にもれずそうだった。それだけだ】

「そういうことではなく――」

【そういうことなのだよ、青年。繰り返される2年間、君は幾度となく死んだ。飛行機の墜落という大まかな原因は変わらないものの、細かい理由はてんでバラバラだ。窒息、脳挫傷、出血多量、臓器破裂、致命的外傷、etcエトセトラetcエトセトラ

 ほかにも、例えば綾香が裕介を幽閉して飛行機に乗せなかったこともあるらしい。それでも、裕介は全く別の原因で死んだ。

 【もしどのルートでも共通する原因を求めるのなら、それは君が世界に誕生したこと、それ以外にない。本当は、全く同じ結果に帰結するというのは、カオス理論からしておかしいのだがね】

「か、カオス……? 何ですか、それ?」

「はいはい! 私、知ってまーす☆」

 顔が赤いのは酒のせいか、十二単じゅうにひとえ並みに重ね着された衣類のせいか、その両方か。彼乃が突然横槍を入れてきた。

 「カオス理論とは、複雑すぎることは絶対に予測できないんだにゃーという科学者たちの降伏声明です☆」

「はあ?」

 裕介は眉をひそめる。技術は日進月歩で、例えば天気予報などもいつかぴったりと予測できる日が来ると、そう考えていたからだ。

 「それができないのだよ、五十嵐君」

 肩にもたれかかってきた桐生の吐く息は、酒臭い。

 「例えば世界真理の法則を表した公式が、今後発明されたとしよう。世界はその式に従って動いている。ではその式を使えば、未来の世界を予測できるのか? 答えはノーだ」

【どんな公式にも、初期値の入力が必ず必要なのだ。未来がどうなるか知るには、今がどうなってるかを正確に、知らなければならない。そして、それは不可能なのだよ】

「ゆーちゃんは完全に1メートルの針金、見たことある? そんなもの、存在しないよね。0.00001ミリとか、小さな誤差っていうのは絶対存在する。そうやって小数点の下の数字をどんどん測定していくと、無限に続くんだよ」

 無限に続いて、予測するはずだった未来が、現在になる。

 時間が、無限に必要になる。

 「だからと言って切り捨てるわけにもいかない。その小さな誤差によって、明日の東京の天気は大きく変化してしまうからだよ」

【それが、カオス理論】

「じゃ、じゃあ」

 そう、裕介が死ぬ未来だって、些細なきっかけで変えることができるはず――中には裕介が生き残るルートだって、存在するはず。

 【なのに、君は、必ず、死ぬ】

「一体どうなってるんだ……」

「まあそう考え込むな、ほら酒を飲め」

「……僕未成年なんですけど。ていうか会長も先輩も彼乃も未成年ですよ」

 大人の事情で繰り返す。未成年の飲酒は、法律で禁止されている。

 【固いこと言うな、どうせお前の脳内なんだし】

 裕介は、反論できない。日本政府だって個人個人の脳内麻薬まで規制できるはずがない。そう考えると吹っ切れて、裕介はコップの中身をあおった。歓声が上がる。

 「おお~、ゆーちゃん男前っ☆」

「もっと飲むといい。どうせ死ぬ身だ」

 コップに新たな酒が追加される。それもまた飲み干す。彼乃が騒ぐ。桐生がもっと注ぐ。もっと飲む。

 【さあ、もう一度乾杯だ。青年の旅立ちに】

「「「旅立ちに」」」

 今度は裕介も叫んだ。悲しみを――死んでしまう悲しみではない、この場に綾香がいないという悲しみを、β‐エルドリンやドーパミンで洗い流したかったのだ。

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