右左、どう伝えるか ――オズマ問題


 先日、何気なく「水曜日のダウンタウン」を観ていたら『電話でプロレス技を伝えることができるか』と言うネタをやっていて、「オズマ問題」を思い出しました。

 オズマ問題と言えば、巨人の星に出てきた黒人選手……ではなく、「普遍的な物理現象として、現象や法則や物質において左右非対称性は存在するのか」、極々簡単に言えば「電話で異星人に左右を教えられるか」という問題です。

 オズマという名称は、宇宙からの電波を解析して文明の痕跡を探すSETI計画の最初の取り組みである「オズマ計画」に由来しています。その計画名も、オズの魔法使いシリーズから付けられたそうです。


 話を戻しましょう。道に迷った友人から電話が掛かってきたとしましょう。あなたが「近くに何が見える?」と聞いたら「高い塔が見える」と返ってきました。あぁ、それはスカイツリーだねと見当を付けたあなたは、「ではスカイツリーを正面に見て、右の方向へ進んだらいいよ」と案内したら、友人は無事に目的地へ着きました。

 実に簡単、当たり前のことです。しかし、これはあなたと友人が「右」という方向を共通認識として理解しているからこそ成り立つ話なのです。そもそも人間と同じ知識を持っていない異星人には、「右」と言っても通じません。そもそも、「塔」とか地球の常識が通じるとは限りません。


 このようにオズマ問題は、一見簡単そうに見えて実は難しい問題でした。でした、と過去形を使っているのは、解決策が見つかったからです。ここから少しややこしい説明になります。


①異星人には輪にした電線を水平において、電流を流してもらいます。電線も水平も説明しなければなりませんが、なんとかなるでしょう。


②電流が流れると磁場が発生します。電話では電流の流れる方向は判りませんから、磁場の方向もわからず、S極N極が上下どちらかなのかはわかりませんが、仮に磁場が上向きすなわち下がS極で上がN極と考えましょう。


③この磁場の中にコバルト60(以外の元素でもいいですが)を配置します。コバルト60のスピンは、磁場とは逆になります。コバルト60がベータ崩壊すると、ガンマ線と電子の多くはスピンとは逆の方向に飛び出します。


④ここで異星人に「電子が飛び出したのは上下どちらか?」と聞きます。答えが上なら磁場は上向き、答えが下なら磁場は下向きということです。答えは上であったとします。


⑤異星人にコイルの中心から電流の流れを見てもらいます。磁場の向きが上ですから電流は右から左に流れていることになります。


 これで異星人に電話で左右を教えることができました。

 やれやれ難問解決です――と思ったら、今は「異星人に電話で時間の概念を理解させることはできるのか?」という、新たなオズマ問題が挙がっています。


 ④の電子とガンマ線の放出方向については、実験で実証されています。「ウーの実験」と呼ばれている有名な実験です。この実験によって「パリティ対称性の破れ」が実証されたのですが、これも説明すると長くなるのでまたいずれ。


 オズマ問題は思考実験ですが、物理学に限らず学問というものは、当たり前と思うことが当たり前じゃないというが重要なんじゃないかと思います。


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