救急車の音が変わる不思議

 サイレンを鳴らして走る救急車やパトカー、消防車を街中で見かけることがあるでしょう。そうしたサイレンの音を聞いていると、途中で音が変わることがあります。これは、『ドップラー効果』あるいは『ドップラーシフト』と呼ばれる現象です。クリスチャン・ドップラーという科学者が、現象を数学的に明らかにしたことから、その名前が使われています。


 静止している観察者(あなた)に対し、移動している音の発生源(救急車)が近づいてくる時を考えましょう。サイレンの音は、一定の周期を持った波です。音源が静止している場合には、周期は変わりません。しかし、音源が観察者に向かって移動すると、観察者と音源の間にある波は圧縮されて、振動の山と山の間隔が狭くなり観察者にとっては本来の音よりも高く聞こえます。一方、音源が観察者を通り越し離れて行く場合には、逆に波が引き延ばされ低く聞こえます。そのため、近づく救急車の音は高く、離れて行く救急車の音は低く聞こえるのです。

 ドップラー効果の肝は速度差です。たとえば観察者が移動している場合でも、音源との速度差があれば起こりますし、同じ速度で同じ方向に移動している場合には(要するに併走している時)にはドップラー効果は起きません。


 ドップラー効果は光(の周波数)でも発生します。光も波、というか波と粒子の性質を両方持っているので。光の場合、周波数の変化は色によって現れます。観察者から光源が遠ざかっている時には赤い方向へ、近づいている時には青い方向へ光の色がシフトします。前者を『赤方偏移レッドシフト』、後者を『青方偏移ブルーシフト』と言います。

 エドウィン・ハッブルが銀河の観測をしている際に、すべての銀河が赤方偏移をしていることから、宇宙が膨張していることを発見しました。当時は宇宙は不変であるという生死宇宙論が主流で、アインシュタインも一般相対性理論の方程式で宇宙が膨張しないために後から宇宙項と呼ばれる項を付け足したくらい(後に削除)です。

 でも、実際に膨張していることが観測されちゃったので大混乱です。ベルギーの天文学者ジョルジュ・ルメートルやロシアの物理学者ジョージ・ガモフは、宇宙が膨張しているなら、誕生したばかりの宇宙は小さい領域にまとまった火の玉のようなもので、爆発して広がったのではないか(火の玉宇宙論)と言う説を唱えました。ルメートルは、ハッブルより先に宇宙膨張に関する論文を発表していたことが分かったため、以前「ハッブルの法則」と呼ばれていた宇宙膨張速度に関する法則は、「ハッブル=ルメートルの法則」と呼ばれるようになっています。

 では、すぐに火の玉宇宙論が受け容れられたかといえば、そんなことはなく。イギリスの物理学者フレッド・ホイルらは「宇宙に始まりがあった」ことを嫌って、常に新しい物質が生成されるために膨張しているのだ(定常宇宙論)という、今から考えればすごいへりくつを唱え、ガモフの理論を「それなら宇宙は、大爆発ビッグバンから始まったというのかい?」と揶揄したそうです。英語の「Big Bang」には、スラングとして「大嘘つき」とか「大法螺吹き」とかの意味があるそうですが、その言葉が一人歩きして「ビッグバン宇宙論」として一般に定着したのですから、皮肉な者です。昨今(といっても若い人は知らないかもしれませんが)、英首相サッチャーが行った金融改革も宇宙の始まりの方の意味で「ビッグバン」と呼んでいました。


 ちなみに、アインシュタインが削除した宇宙項(宇宙定数Λ)は、近年になって宇宙を膨張させているダークエネルギーの正体ではないかという説も出てきています。アインシュタインも複雑でしょうねぇ。


 ちなみにちなみに、私がドップラー効果を知ったのは、フレッド・セイバーヘーゲンの『赤方偏移の仮面』ですね。狂戦士バーサーカーという言葉も、この本で知りました。唇ロボこと『惑星ロボ ダンガードAエース』はその後で、何て名前を敵方につけるんじゃ>松本零士! と思ったものです。


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