直流vs交流 電流戦争

「IHクッキングヒーターのしくみ」https://kakuyomu.jp/works/1177354054885557884/episodes/1177354054894702463

で予告(?)した、直流・交流のお話です。


 壁に配置されているコンセントにプラグを差し込めば、電流が流れて機械が動く──今では当たり前の風景ですが、まだ、家庭にまで電気が行きわたっていなかった頃、ひとつの争いが起きました。それがいわゆる「電流戦争」、英語だと「War of Currents」と呼ばれる競争です。「Current」は、現在という意味の他に、電流という意味もあります。


 簡単に言ってしまえば、電流戦争とは電気の供給システム(発電・送電・配電)における直流と交流の“事実上の標準デファクトスタンダード”を巡る争いです。直流システムを推すトーマス・エジソンと彼の会社であるエジソン・ゼネラル・エレクトリック・カンパニー(のちのGE)と、交流システムを推すニコラ・テスラ&ウェスティングハウスの間で繰り広げられた激しい競争を指す言葉です。戦争、と呼ばれるだけあって、内容は結構エグいです。


 その前に、直流・交流の説明をしましょう。直流(直流電流)は、時間が変化しても電流の流れる方向(プラスマイナス)が変化しない電流です。英語では、Direct Current、略してDCです。バットマンとかスーパーマンは関係ありません。身近な例で言えば、乾電池とか車のバッテリーとかですね。乾電池を見ても分かるように、直流にはプラス(正)とマイナス(負)の極性があります。極性を間違えると、機器は正常に動作しません。単三電池などに比べると、ボタン電池は極性を間違えやすいので注意が必要ですね。


 一方、交流(交流電流)は、時間とともにプラスマイナスの極性が変化する電流です。英語ではalternating current、略してAC。公共広告機構ではありません。前述したコンセント、家庭用電源は交流です。扇風機や換気扇などは、交流でモーターを駆動しています。しかし、テレビやパソコンなどの家電は直流を使っているため、交流から直流に変換してやらなければなりません。これが、AC/DC変換です。モバイルパソコンのACアダプターは、AC/DCの機能を持っています。AC/DCといっても、最近だとロックバンドか、ジョジョの奇妙な冒険に出てきた敵の方が有名かも。


 余談ですが、モバイル機器の設計では、直流・交流を扱う電源部分が意外にネックとなります。普及しだした頃のラップトップパソコンなどでは、AC/DCコンバーターが内蔵されているものも多くありましたが、持ち運びを考えると本体を小さくしたい。その結果、ACアダプターという形で外に出したわけです。それでも電源部には、発熱という問題があって、もちろんCPUなどからも発熱がありますから、小さな筐体内で効率的に廃熱(熱を本体内から逃がす)するにはどうしたらいいのか? が頭を悩ませるところですね。


 閑話休題。

 電気が普及する黎明期は、直流電流が主な電源でした。エジソンが実用化した白熱電灯も直流で光りますから、エジソンとしては直流電流が普及して欲しいのです。それに当時も今も、知名度はエジソンの方が上。だから「Current War」(電流戦争)という映画の邦題が「エジソンズ・ゲーム」なんてのになるわけですよ。エジソンは、直流送電が主流になると、信じて疑わなかったのでしょうねぇ。そうでなければ、ビジネスにも影響してしまいますから。

 エジソンに比べて、テスラの知名度は当時も今も低いと言わざるを得ません。でも、サイエンスやエンジニアリングに関わる人間であれば、天才ニコラ・テスラの方が大きな存在だと思います。磁束密度の単位は「テスラ」ですし、電気自動車の会社の名前にも使われていますし。オカルト界隈では、もっと有名ですが(後述)。

 個人的な意見ですが、テスラは紛うことなき天才ですが、エジソンはどうでしょう? “発明王”などと呼ばれるエジソンが発明したと言われるものの多くが、発明というよりは既にあったアイディアの実用化だったり、洗練化だったりではなかったか、と思っています。純粋な研究者というよりも、実業家のイメージですね。


 さて、隠れた天才であるニコラ・テスラは、エジソンの会社に在籍したことがあります。その時、エジソンが「直流で稼働している工場を、交流で稼働させたら五万ドル」と提案します。テスラは天才なので、これに成功してしまいます。エジソンとしては、交流ではシステムが複雑になりすぎて失敗すると思っていたのでしょう。そうなれば、直流の優位性をアピールできる! ……はずでしたが、見事に鼻を明かされた形です。よほど悔しかったのか、先の提案を冗談だったとして支払をしませんでした。結果、テスラは数ヶ月でエジソンの会社を去ります。後にテスラが起こした会社に目を付けたのが、資産家のウェスティングハウス。テスラをはじめとする交流の研究者と組んで、交流システムの売り込みに乗り出します。


 実際、直流・交流には、それぞれメリットデメリットがあります。直流には、「絶縁が簡単」などのメリットがありますが、「電流の遮断が難しい」というデメリットもあります。交流には、「電圧の変換が容易」「(電流がゼロの瞬間があるので)電流の遮断が簡単」などのメリットがありますが、「絶縁の強化が必要」というデメリットがあります。

 家庭で使われる機器には、直流で稼働するものが多いので、エジソンの推す直流送電が良いように思えますが、送電時の損失を考えると交流送電が有利ですね。送電時に電圧を高くして、家庭に届く前に低い電圧に変換すれば、損失はぐっと抑えられるのです。


 こうした技術的な面で議論が進んでいれば、後世で「電流戦争」などと呼ばれることはなかったでしょう。テスラとウェスティングハウスの交流連合に対し、エジソンは技術的なメリットデメリットを語るのではなく、交流の危険性を強調したプロパガンダに走ります。捕まえた野良犬を交流電流で感電死させたり、死刑の方法として交流を使った電気椅子を提案したり。今で言う、ネガティブ・キャンペーンですね。テスラは、安全性を知らしめるべく、交流電流を人体に流すショーを開催したりしています。


 電流戦争は、ナイアガラの滝を利用した発送電システムにテスラの交流システムが採用されたことで、交流の勝利へと雪崩れ込みます。エジソン・ゼネラル・エレクトリック・カンパニーは、その社名からエジソンの名前を消しました。テスラも、結局ウェスティングハウスとは袂を分かちます。その後も無線電信や無線操縦(ドローンの先駆けですね)などの研究を行います。

 無線技術に手応えを感じたのかどうかは分かりませんが、情報が送れるなら電気も遅れるだろうと、テスラは無線で電気を送る、空中給電の研究を始めます。テスラ曰く「世界システム」というものです。これに加え、古典SFやホラーの映画に多用されたテスラコイル(空中に放電するアレ)のイメージもあって、テスラは「古代の宇宙人」とか「ムー」とかオカルト方面で有名になってしまいました。エジソンも、晩年はオカルトに走ったようですけどね。


 こうした経緯を経て、現在では交流システムが主流です。ですが日本では、東日本と西日本で周波数が異なります。交流における周波数とは、極性が正から負、負から正へと一周する周期で、東日本では50Hz、西日本では60Hzとなっています。これは、日本で電気が普及する際、東日本ではドイツ製の発電機、西日本ではアメリカ製の発電機を導入したためです。昭和の頃は、家電を買うときにちゃんと対応周波数を確認しないと行けませんでした。現在では、周波数を変化させるインバーター回路などがあるので、周波数の違いを意識することはあまりありません。♪ナッショナル~のインバーター。


 2019年の台風被害で新幹線車両基地が水没した時、周波数の異なる地域の車両は走らせることができないと報道されていました。本来であれば、周波数を統一すべきなのでしょうが、さまざまな機器が存在するため、統一はほぼ不可能と言われています。


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