……異世界は少年少女とともに

ラフロイグ(字を読み上げる係)の立ち会いのもと、契約書にサインして、円卓の間の入り口に行く。

ひとりで待っていた、赤髪も鮮やかなエーテルに迎えられた。

間違いない。絶対この娘、毛色が折々で変わってる。


「(よっし!!) さあ山田さん、いっちょ、世界獲っていきましょう!」

「話も変わってる!」


飛び跳ねんばかりの勢いで、赤髪娘が距離を詰めてくる。

勇者とかもそうだけど、やたらとスケールのデカイ話を『してみる』のが好きなんだろうか。

金色の瞳が眩しい。目にもメンタルにも眩しい。


「似たようなものですよ。では、エーテルさんともども、よろしくお願いします」


横でカバンを持った灰色のモフモフが俺を見上げる。

どっちかっていうと、彼の表情、無愛想ってか無感情って方が近いな。

雰囲気は犬っぽいのに、表情の乏しさは近所のノラネコに匹敵するレベルだ。

やつはふてぶてしい。

そのわり俺が近づくと、威厳も貫禄も捨てて電光石火の速さで逃げる。


ラフロイグ。君は、俺のことどう思ってるのかな?




陛下と宰相に一礼して、円卓の間を出る。

灯光に照らされた仄明るい石の回廊を、この後のことをわいわい話し合う少年少女と歩く。

そうして改めて、さっきと同じことを考える。


空は飛べない。

階段十段飛びも関節が間違いなく砕け散る。

暗黒微笑は底に秘めたモノがダンチ過ぎて敵う気がしないし、筋肉宰相の前に立てばモヤシ。

この連中の間では一点の曇り無き一般人モブだと言い張れる。


そんな俺が、世界救うとか獲りにいくってはしゃいでる少年少女の“お守り”をする。


うーん。まあ。


見切り発車で引き受けたけど、とりあえず、彼らに異論はなさそうだ。

少なくとも一人は喜んでくれてるから、いっか。

この後何をすりゃ良いのか、おいおい見えてくるだろ。


廊下の窓から夜空が見える。

快晴、無数の星がビーズ撒いたみたく散らばっている。

……窓かと思ったけど、これ、窓じゃねえな。

カベを四角くぶち抜いた、紛う事なき大穴だ。


3人くらいは余裕で通れそうな大きさに、風通しよし、見晴らしよし、ありえないけど人の出入りにもよし。

出入りがあったとしても虫かトリくらいだろう。


「(そうだ!) 山田さん、屋根登りましょう! お手を拝借しますね!」

「へっ?」


赤髪娘が急に振り返って、お手と言いながらやっぱり俺の手首をつかむ。


「ラフロイグも!」

「わっ! ちょ、エーテルさん!?」


と同時に、目にも留まらぬ早業でラフロイグを小脇に抱える。

おお、珍しく彼がうろたえてる。

なんてのんびりしてられたのもほんの束の間だった。

聞き捨ててはならない。彼女は屋根に登ると言っていた。


「いっきますよー!」

「へえ? そっちって……」

「外! 外ですよ!」


抱えられたままのラフロイグが、悲痛な声で行き先を訴える。

ガラスなし、カベを四角く切り取っただけの窓(大穴)をぽっぴんジャンプで飛び出して、夜の帳へダイナミック外出。

ただの外出じゃない。

ここまで延々階段登り続けて来て、そのあげく城の外に出るんだから。

当然、空中。IQが溶けてく自覚がある。

高い、怖い、浮いてる。


「ぎゃああ(涙目)!!」

「ラフロイグは高いとこ苦手? 山田さんはどうですか?」

「……(足震え)」

「お、流石の貫禄です!」


夜風がヒューヒュー吹く。

足下は何もない。動かしてもスカッてなる。

手には冷や汗。ヒエッ。


貫禄?

俺が?

奥歯噛み締めてっから喋れもしねえし、ガニ股でWi○フィットやってるような体勢で硬直してんのに? 


下は暗くてあまり見えないけど、風に吹かれて明暗が波打ってるあたり草っ原だろうか。

高さは……考えたくねえ。

ウチのオフィス(10階)から眺めた景色に近い。

下が見えようがこの際ガラスでもかまわん。

支えを、足場をくれえ。


エーテルがとんとん、と空気をのぼって、円錐形の屋根にふわっと乗る。

今度は足が着くには着くんだけど、傾斜がキツすぎて足場にならない。

手首離されたら滑落する。


もちろん俺のWi○フィットは当面続く。

ラフロイグは小脇に抱えられたまま動きがない。

……このたそがれた感じ、俺は知ってる。予防注射打った後のワンコだ。


「楽しいですか? 世界って、こんなにでっかいんですよ!」

「お、おお」


エーテルの声に引っ張られて、ゆっくりと顔を上げると、満天の星空に照らされた、黒と濃紺の織り成す世界が広がる。


わりかし小振りな、石造りの城の一部分と、右手に、その陰から伸びる小さな川。

左手にはずーっと向こうまで続く道と、視界の端に、遠くの方にちょっと影の濃い起伏が見える。山脈かな。

あとはだだっ広い草原と、はるか先の道沿いにポツポツ黒胡麻みたいな家っぽいの。


遠くを見るとすこし気分も落ち着いて、吹き渡る風が気持ちいい。立ってる場所がよけりゃ詩の一つでも浮かんできそうだ。



「綺麗だ」



頭ん中空っぽにしてそんなこと言ったのって、いつぶりだっけか。

握られてる手首の方を見れば、ニコニコ楽しそうな赤髪娘と、その脇で涙目のまま時が止まってる灰色モフモフ少年。





ああ。


こんな感動じかんを、君たちと共にできるなら。

悩んだ甲斐が、あったかもしれない。



俺はそう、思った。


*****


どれだけ瑣末なことであれ、悩んだことに意義はある。

お前が思考を巡らせた分だけ、世界もまた、違った答えを返すだろう。




」は静かに、宵闇へと溶けていった。

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いわばよくある異世界モノ @S_kouji

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