……“やっとけば”より“やっちまった”
陛下お墨付きの冷静な思考とやらで考えるなら、相手の素性も目的もまるで不透明な中、立場・文化・習慣・思考も未知なる世界で、少年少女を『正しき方へ導く』ってのはさすがにどうよ、って結論になる。
言葉が通じれば良いってもんでもあるまい。
他に思いつく懸念もある。
→同期の藤田———。
は、たぶん、『精神科行ったほうがいいよ(笑)』だな。
週末、棚ぼたで受付の高木さんを映画に誘うって計画は?
→これやってたら絵に描いた餅だな。
どのみち変わらんとかそんなことない。
ないったらない。
どうしよう。やっぱり、断るべきか……。
導くったって、彼ら、もう十分まっすぐ育ってる気もするし。
「あの、あまりこう、自信がないと言うか……」
「実績が自信を培い、経験が能力を育てるのです。どうぞ、ご随意に」
気弱な俺の発言にも、陛下は揺るがない。
ご随意にって。
教育的指導とか放棄して、その辺遊び回ってていいんすかね。
うーむ……。
…………。
……そもそも俺、なんで悩んでるんだろう?
このファンタジーな世界はあくまで部外者として、まったり観光できれば良いやって程度の思い入れで……。
……。
なぜだか一瞬、脳裏をよぎったのは、赤髪娘のあの寂しげな横顔だった。
年の割に人形みたいなラフロイグも然り。
能天気なように見えて、意外と、切実な何かを抱えているような気もする。
思い違いかもしれないけれど。
断ってしまえばおそらく、彼らと会うことはない。
何をできるか、それすらわからないまま。
それが何より、惜しいことのように思えた。
我が身振り返れば、宙には浮けない。
この世界に関する知識も薄弱。
筋肉も人並み。
威厳や貫禄もその辺の若造程度。
そんな俺に何ができるんだ、ってのは重々承知のつもりだけど。
部外者の方がいい。面倒は避けたい。
そんなことで後悔するよりは、君たちと一緒にいたい。
できれば、頼れる“大人”でありたい。
今日知り合ったばかりなのに、少しだけ、そんなことを思っている。
———あと、これ、見方変えれば観光なんじゃね?
お守り役とか言われると責任やー、仕事やーって感じがするけど、都合よく言い換えるなら……。
・代金0円【現地調達】
・徒歩0分【現地召喚】
・全行程自由【適時帰宅(要相談)】
・超絶非日常体験をご提供するカワイイ現地ガイド【実費負担】付き異世界旅行
※保険なし
最後の「※保険なし」が致命的だが、これは最高だ。
最高にどうかしてる。
———大学出て、無事就職して、基本的には職場に通う毎日。
それは幸せなことなんだけど、どこか、無性に寂しくもあった。
それにほら、この俺の現代人的な何かしらをサクッと使えば、サクサクッとこう、イイ感じになれるんでは……?
そう考えると、悪くない。
いやむしろ、任せてください、ファンタジー生活!
「わかりました。では……」
さっきまでの懸念は何処へやら。
小さな見栄と、もしかしたら、案外のほほんと楽しめるんじゃないかって。
「私でよろしければ」
いやあ、我ながら浅はかだよなあ。
「微力ながら」
でも、
「尽力致します……!」
触れたはずのものに、後から泣く。
そういうのはもう、さんざっぱら経験して来た。
ナニゴトも、“やっとけば”より“やっちまった”だから。
「……それはなにより」
陛下が静かに目を閉じ、してやったりみたいな顔で頷く。
単純に安堵してるのか、それとも俺なんか及びもつかない謀略を巡らせてるのか。
人相が振り切ってるだけに、かえって本心が見えない。
ともかくも、これで今日から、日帰りファンタジー生活の始まりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます