……異世界はブラックのかおり
「身に余る光栄です。が、」
「ほう」
閣下の眼が上三割くらい隠れて、眼窩の底でキラリと光る。おかげでいちだんと喉が締め付けられる。
このやろ、ここで負けてたまるか!
どれほどの圧迫だろうが、声を、言葉を、自分の考えをぶつけるんだ。
……圧迫、ではないような。
落ち着こう。
「そのような大役、仕事掛け持ちの外国人に任せてよろしいのでしょうか」
「ふむ……」
慎重に、言葉を選んで。
「それに、今日来たばかりの私よりも、生来この国に住まうそちらの方が、よほどまともな政策をとれるかと……」
「……」
言い終わって、鼓動が聞こえてくるような沈黙が訪れる。
耳鳴りどころか呼吸まで聞こえてきそうだ。
オッサンズは難しい顔で瞑想にふけっている。
まだか。どうなる。
一秒がどんくらいの長さだったかもわかんなくなりそうだ。
早く。
さくっとイイ感じに終わってくれ……!
———歴史が動いた瞬間は、あまりにも唐突だった。
マッスルな宰相が声を潜めてクチビルの端を上げたかと思えば、同じくして国王陛下も目を閉じたまま薄笑いを浮かべる。
な、何が始まるんだ?
『ふふ』という笑いが、宰相の口から漏れ出た。
俺が視線をそちらに移すと、彼は力強い微笑みで話しかけてきた。
「仰ることごもっとも。では」
お、おお?
納得はしてもらえた、のか。
『では』、何だろう。今度は何がくる……。
「いかがでしょう。あちらに控えている、彼らのお守りをやっていただけませぬか」
「……へ?」
筋肉に満ち満ちた腕をのばし、左手で示す先には。
———部屋の入り口そばに立つ、少年少女。
ああ、それなら俺にもできそう……。
じゃなくてだな。
話が変わりすぎてついてけない。
政治顧問からのお守り役とはこれいかに。
ううむ、どこに接点があるんだ。
悩む俺を尻目に、宰相は伸ばした腕を戻し、今度は自分の厚い胸板に手を当てた。
「責任者はわたくしシュタインベルガーが。お困りの際はなんなりとお申し付けください」
「報酬は
陛下が待遇について付け加える。
どうやら彼らの中で、俺はすでに『お守り役』とやらを引き受ける設定になってるらしい。
あの、戦士や顧問の件は何だったんですか……。
俺が聞くと、陛下はまっすぐに俺を見据えた。
チキンハートを射貫く無敵の眼力ビームが直撃する。ぐわあ。
「あなたは己の能力や立場を把握し、肩書きや周囲の状況に踊らされること無く、冷静な判断を下しました」
「はあ」
「その思考に加え、差別や偏見を持たぬ人財こそ我々が切望するもの。———まさに、あなたというわけです」
ほめられたのか、はぐらかされたのか。
ええとつまり、政治顧問とやらは俺をおだてるための方便で、そういうのにホイホイ乗せられる痛いやつかどうか試してたってことなのか。
この状況だったら、99%くらいの人間は俺と同じ対応すると思うけどなあ。
もし俺が引き受けてたらどうするつもりだったんだろう。
さっきの評といい、この
あるいは『お守り役』ってのも方便で、実はものすごく厄介な役回りを押し付けようとしているとか……?
「ご都合のよろしい時で構いませんので。ぜひ、あなたに担っていただきたい」
「あ、その、非常勤でも良いんですか」
「ええ」
あ、『非常勤』、通じるんすね。妙な現実味でるな。
うーん。待遇は保障されてる。
それでいて業務日数はフレックス。
都合いい。実にいい。
良すぎて正直怖い。
パッと見の条件がいい
政治顧問より気楽そうな
なんとかこの百戦錬磨のオッサンたちから、真意というか裏の意図を引き出したいところだけど。
「それで、その。お守りというのは?」
「そのままです。彼らを見守り、正しき方へ導いてください」
「はあ……」
案の定、模範解答が返ってくる。
右も左もわからない今の状態じゃ、駆け引きのしようがないよなあ。
しようがないので字面通りに受け取ったとして。
示された業務内容が学級目標ばりに抽象的で具体性を欠くこと、彼らの狙いがよくわからんくてアヤシさ満点ってことを鑑みれば、ちょっと引き受けるのをためらう案件だ。
プラスして少年少女も、今日会ったばかりのアヤシいサラリーマンにお
ほら、ラフロイグが顔色一つ変えずに、お手本のような仏頂面でこっち見てるよ。
……彼はもとからあんな表情だったっけか。
まあエーテルの方は態度がわかりやすいから、
ちょっとは嫌そうな……、
顔を、
してない。
めっちゃはらはらしながらこっち見てる。
ちょいちょい、その
可能性が高いのは前者、期待したいのは後者。
さあどっち!
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