……この世界考えたやつでてこい

「うん? そんな、のんびりしてて良いの?」

「ええ。陛下より、『好きな時にご案内するように』とことづかっておりますから」


それ『なるたけ早く』って意味なんじゃ……。


———なんてのは心の中にとどめておいて。

小股でのんびり、部屋を出て右に曲がり、見慣れた黄色い灯光が照らす石畳の回廊を進む。


仕事帰りだ一杯やろうか、って時に、征服王みたいなオッサンからややこしい話を聞かされに行く。

気分が乗るわけないって。

もういいよ。キャラメルで餌付けしてる方が楽しいよ。


先を行くのは灰色モフモフ少年、横並びで俺と赤髪娘。

……この娘、髪の明るさが戻ってるような?


「お名前、教えてください、そういえば!」


横を歩いてた赤髪娘が、ひょいっと体を屈めて俺の視界に入る。

名前はなー、山田。

やまだ……。


アレ? 変だな。

俺の名前、山田、なんだったっけ。

前に見た映画でもあるまいに……。

とりあえずしゃーなし。今は上だけ答えとこう。


「名前は山田だよ。やまだ。」

「「変わった名前ですねえ」」

「そうかな……」


生まれてこのかた、この名字でハモりながら珍しがられたのは初めてだ。

日本語が通じるわりに時々微妙な齟齬があるの、すげーヘンな気分になる。


そう、齟齬がある。色々と。

ようやくこの状況を完全に理解してきたし、気になってたこと(ツッコミどこ)を聞いてみよう。


「そういや気になってたんだけど、俺が勇者ってどういうこと?」

「それは僕も気になりますね。戦士とは違うんですか?」


ラフロイグがチラと横目を向けて、会話に入ってくる。

疑問点がズレてる気がしなくもない。

ただまあ、勇者と戦士って微妙にニュアンス違うんだな、ってことがわかった。


質問を受けたエーテルが、「ああ」と相好を崩した。


「言ってみただけです」

「ゑ」

「ほら、なんかそれっぽいじゃないですか!」

「」

「それっぽくない人がここにいたら困るんですけどねえ……」


「ゑ」の二の句を継げずにいると、ラフロイグがやっぱりちょっとズレたツッコミを入れる。


「大丈夫。そのうちそれっぽくなるよ」

「今この瞬間の話ですよ」

「大丈夫だよ。たぶん!(ニッコリ)」


少年少女が能天気な会話を続けている。

ええと、整理すると。


ラフロイグは俺のことを戦士ソレっぽい人間だと思ってて。

娘の方はそれっぽくても、ぽくなくてもどうでも良いと思ってて……。

どうでも良いから、ノリで『勇者!』とか言ってみた、ってこと……?

ここでの俺の立ち位置ってどうなってんだ。


「さあ、ほかに気になることはありますか??」


娘が気を取り直して、といった感じで強引に話を転がす。

気になるっちゃなるけど、ここで引っ張ったとこで仕方ない感じだ。

……王様に聞いたら何かわかるかな。


そうだなあ。あと他に気になることといえば。


「ここはどこなの」

「地理情報、もしくは施設。どちらですか」

「両方で」

「わかりました」


先導する少年が頷く。


「地理的にはアンベル圏西アベリュー公国、首都ライデベルグの外れ、モノール平原イサニー川中流域です」

「ごめんわっかんねーや」

「そうですか」


彼の声色は一つも変わらない。

俺の反応を予期してたんじゃないかとすら思える。


「施設としては、ここはお城です」

「ふーん」


お城かー。

てっきり聖堂っぽいとこかと思ったけど、案外、入り組んだ造りしてるもんなー。

この廊下も無駄に長いし。


「今からおおよそ400年くらい前に建てられた」

「うん」

「姫路城って言い」

「へ!?」

「ひゃっ!」


俺が大きな声出したせいか、横のエーテルがちょっとびっくりする。

ごめんなさい。

にしても姫路って。

さっきまで聞き覚えのねえ横文字ばっかりだったのに、いきなり「姫路」とはいいセンスしてる。


「どうしたんですか?」


赤髪娘がちょっぴり心配した風に聞いてくれる。

君は優しいなー。


「あ、ごめん。このお城の名前、なんだったっけ」


ラフロイグが間髪入れず答える。


「姫路城ですが」

「あ、ハイ」


君は素っ気ないなあ……。


二度聞いたからたぶん間違いないけど、やっぱりここは姫路城なのだ。

あいや、違和感しかない。

姫路城モノホンは天守閣登ったこともあるけど、この愉快なファンタジー風の石だらけダンジョンとは似ても似つかない。

似つくわけがない。

ダメだろ。世界遺産と同名はさすがにいかんだろ。

この世界考えたやつでてこいよ。


「あの、ウチにも姫路城があるんすけど……」

「奇遇ですね。親しみがわくんじゃないですか」

「どっちかっていうとこじれたかもしれない」


ラフロイグの冷め切った感想のために、姫路についての謎は解消しなかった。

てかよくよく考えれば、まず日本語で会話できてることじたい謎だった。

『姫路』城も、何をもって姫路なのか怪しい。


「そういやなんで日本語が通じるの?」

「それがあなたの母語ですか。さっきから我々は、ライド語で話してますよ」


ライド語。うーむ。

全然説得力ないけど、日本語話してるつもりはないんだなあ。

どういうことだろ。彼らが何かやったのかな。


「なんにせよ、言葉が通じたのは意外であるとともに、幸いでした」


ラフロイグが誰に向けるわけでもなく言う。


「君たちが何か仕掛けたわけじゃないの?」

「僕は心当たりがないですね。エーテルさんはどうですか?」


話を振られた赤髪娘が、“考える人”のポーズ(歩行バージョン)をとる。


「山田さん、“フローラの加護”、受けてるんじゃないですか?」

「何それ。入浴剤?」

「にゅ……、にゅ??」


入浴剤でエーテルがバグる。

あ、入浴剤、新世界ここの辞書にはないのね。

さもありなん。

必死に脳内辞典を検索してる娘に代わり、「ああ」と思い当たったらしいラフロイグが引き継いだ。


「通信と縁、評判をかたどる、風の精霊リリス・フローラ。知って……はないですよね」

「うん」


即答。

そりゃ一体、何神話に出演してる精霊なんだ。


「じゃあ海藻みたいな色した髪の毛の、扇子で口元を隠した女性に心当たりはありますか」

「知らないし、できれば今後とも遠いところにいてほしいな」

「結構美人らしいですよ」


美人ねえ。

君の話を聞く限り、井戸から這い出してくる系のおっかない女を想像したけどな。

でも美人ってんなら、いっぺん会ってみたい気もするなあ。

うーむ。頭に海藻乗っけた美人のネーちゃん。





顔見た瞬間に吹き出すんじゃないか。


なんて明け透けな会話してると。

廊下は突き当たり、左手に階段が現れた。

石の階段(20段くらい)、仕事帰り、革靴。

もう足首が悲鳴をあげそう。深刻な問題だ。

そして赤髪娘は未だ、入浴剤について深刻に考えてる。


階段にさしかかると、先導するラフロイグが振り返った。


「山田さん。階段はお好きですか」

「あったら登る程度には」


エスカレーター的なのがあるんだったら、普段はそっち行く。

なお普段以外の日はない。


見たところ、ある程度登ると踊り場があって、また折り返して登っていく、高校とかの階段アレと同じような構造。

これがいくつあるんだろうか。

考えたくない。

気が遠く、というか意識が遠のきそうになる。


「意識してないけど、好き! みたいな感じですね!」

「んなええもんちゃう」


エーテルがいきなり会話に突っ込んでくる。

入浴剤の件は解決したの?


「僕が先に行って陛下に伝えてくるので、お二人は後から来てください」


俺と娘の適当なやり取りにも眉一つ動かさず、言い終わるやラフロイグは人間離れした速さで階段を登っていった。

って比喩じゃなくマジで速い。十段飛びくらいしてたぞ今。


「では私たちも行きましょうか。お手を拝借しますね」


エーテルが愛想よく笑って、俺の右腕をつかむ。

違う。そこはお手じゃない。手首だよ。


「お客に階段を登ってもらうわけにはいきませんから」

「おー……。ホッ、お! おお!」


エーテルと一緒に、俺の足が床から20cmくらい、すいーっと浮く。

すげー! これは純粋にすげー!


それまでずっと地面を踏みしめていた足が、圧力から解放されて血が戻る。

うん、イスに座って足プラプラしてる時の、あの感じ。

楽っちゃ楽。

バランス崩したら、ぐるんと頭から地面にぶつかりそうなスリルもたまらん。


「すっごい! これメッチャ楽しい!」

「(ドヤ顔)さあ、行きましょうか!」


エーテルに引っ張られる形で、やっぱりすいーっと滑るように、仄明るい石の階段を登っていく。

なんか、いろいろ面白くなってきたぞ。

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