……あなたと誰かをつなぐ味(はぁと
「私ですよ私! 忘れたんですか?」
「おー……」
今度はフードをぬいだ赤髪娘が、自分を指差しながら問い詰めてくる。
そりゃ忘れるわけない。忘れろって方が難しいよ。
名前も容姿も、初っ端の一言も強烈すぎる。
「えっと、君は、エーテル……?」
「正解」
彼女はヨシヨシと満足げな顔をする。
かと思えば、はたと怪訝そうな表情に変わる。
「私、名前教えましたっけ」
「王様? が何度か呼んでたから」
「(ああ、)そうでしたね」
腑に落ちた様子。わかりやすい。
役者みたいな表現力だ。
……脳裏にふと、麻婆豆腐をキメていた一家がフラッシュバックした。
いや、アレとは真っ向から直交してるような。
「そうそう、お忘れ物はこちらでお預かりしてますので」
アホなことを考えていると、懸案(すべきだった)事項を赤髪娘がさらっと教えてくれた。
そうだった。それがまず一番に大事なことだった。
「あ、ほんと? ありがとう」
「(おっと、)もちろんお預かりしてただけですよ。ね、ラフロイグ!」
エーテルが振り返ると、質素なローブを着た、灰色毛髪モフモフの少年がひょこっと現れた。
娘より一回り小さいせいか、後ろにいた彼の姿は見えなかったのだ。
頭の上、両手で支えながら俺のカバンを持ってる彼は、無愛想でどうにも冷めた目つきなのに、線の薄い顔立ちと仕草のせいでどことなく愛嬌がある。
女装したら女子に受けそうな女顔、なのかなあ。
赤髪娘に同意を求められ、「ええ」と、少年が頷く。
「白くてフワフワした、やたら小さめの四角いクッションとか入ってそうな気がしますけど、中を見たりとかはしてませんよ」
「見てんじゃん素直だな!」
エーテルとは対照的に、抑揚を押さえた淡々とした喋り方。
それと物事の独特な表現。カバンの中でそれっぽいものっていうとポケットティッシュだろか。
見た目は14、5歳くらい。
「あ、と。お初お目にかかります。ラフロイグと申します。専攻は熱素化学です」
続けて、思い出したような自己紹介。
ちょ、ちょ、面接の出だしみたいな自己紹介やめーや。
なんか色々蘇る。もうたくさんだ。
赤髪娘がじっと見守る中、ラフロイグからカバンを受け取る。
はあ、とりあえず、カバンがあって良かった。
あとはこれが、部屋で放心してる俺の都合いい夢じゃないことを祈ろう。
と、たぶん大丈夫そう。左手につかんでたままのキャラメル袋がついてきてる。
物が行ったり来たりするのは確かなようだ。
それに、場所も同じなら、話の流れも繋がってはいる。
何がどうなってんのかは全然さっぱりだけど、きっと、どこか遠い場所で繋がってるんだろう。
うん。完全に理解した。
それはさておき。
この娘は何をじっと見てんだろうと思ったら、キャラメルに興味津々だったのか。
近所のスーパーで売ってる、『あなたと誰かをつなぐ味(はぁと)』がキャッチコピーの、個包装されたキャラメル(18個)袋入り。
値段の割に、きちんとキャラメルとしての矜持を感じるミルクティー色、味。
なにより歯を根元から持ってく粘着力。
そんなに珍しい?
「……これ食べてみる?」
「えっ、それ、食べ物なんですか?」
「変わった名前、形、色……。なるほど異国らしいですね」
二人とも袋に顔めっちゃ近づけて、思い思いの感想を述べてる。
かように興味を持たれて、キャラメルも冥利に尽きるのではなかろうか。
あっぱれニッポンのお菓子メーカー。虎の威を借るチャンスはいま……!
「甘いものは好き? ためしにひとつ……」
「!」
「お待ちください、異国の方。我々は報酬に見合うべき対価を提供していません」
袋を開けようとすると、ラフロイグが淡白な表情のまま制してきた。
エーテルは何も言わない。
お預け食らった犬みたいな表情から、『食べてみたい!』って内心がヒシヒシ伝わってくるものの、見解は彼と同じみたいだ。
うん? ここでは、人にモノを渡すとき、そんなめんどくさい決まりがあるのか。子供にお菓子渡すくらいイイじゃん。
……とは思ったけど、防犯上は意外と理に適ってるのかな。
まあ郷に入りてはなんとやら。それっぽい理由をつければいいや。
「じゃあカバンの預かり賃ってことでどう?」
「預かり……?」
「我々、お荷物の内容を改める程度には中を漁ってるのですが。それでも良いのですか?」
ラフロイグがあっさり白状する。
最初から隠す気なかったし、もはや是非に及ばず。
「無事に戻ってきたからいいよ。ほら」
袋を開けて、小袋に包まれたキャラメルを渡す。
思いがけない報酬に戸惑いながら、二人ともお礼を言って受け取る。
そして、赤髪娘がキャラメルを眺めている傍ら、ラフロイグはぱくっと彼の取り分(個包装入り)を口に入れた。
あっ、と思ったがもう手遅れだ。
表情の乏しかった女顔に、何とも言えない哀愁が滲み出してくる。
「食感と味とジグザグの形状が、全霊を以て捕食に抗ってますね。飲み込んだらノドにつかえそうです」
「それ、外側を取って食べるモノなのよ……」
「……」
口元を押さえて涙目になってるモフモフ少年を他所に、エーテルはピリピリ小袋を裂いて、茶色い直方体を恐る恐る口に入れている。
一瞬の間を置いて、くせっ毛の赤髪がぶわっと一気に明るくなった。
表情だけじゃない。髪の毛まで明るくなった。
「すごい! なんかこれすごい!」
「……ッ!」
いよいよ少年の眉間にシワがよる。
怒ってる……っていうよりは、むせ返しそうになってるのを必死にこらえてるんじゃなかろうか。
なぜ口に入れたまま耐えようとするのか。
「いっぺん出したら?」
「あ、じゃあ
「……(ウンウン頷く)」
洗ってきます! と娘が言って、二人とも部屋から出て行く。
俺はキャラメルをカバンにしまっておく。
それにしても、髪色変わるくらいキャラメルでテンション上がるなんて。
普段なに食って生きてんだろ。
あんなノリでも一応、王様(?)の関係者なんだよな。
一人になって、ようやく周りを見渡せる余裕ができる。
前に来た赤絨毯の間。壇の上に立ってるのは変わらず。
ただ、気づいてたけど、さっぱり人がいない。
得体の知れない不気味さを醸していた、あのオッサンたちはどこにいったんだろう。
俺に用事がありそうだった、鬼神みたいな国王陛下もいないし。
御自らお出迎えにならないってことは、そんなに急ぎの話があるわけじゃないのか?
———軽い足音。小走りで彼らが戻ってきた。
ラフロイグは真顔のまま、頬に朱を差すという器用な方法で感動を表現している。
「練った糖蜜を思わせる直に響く甘さと、濃厚なミルクの風味……。これが異国のアメですか」
「感動ありがとう。それはともかく、あの王様は大丈夫? 待たせたりしてない?」
二人とも互いの顔を見合わせる。
見合わせて、キャラメルを口に含みながら、ラフロイグが上手いこと喋る。
「そういえばそうでした。ご案内致します。どうぞ」
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