……突然始まるB級ホラー
どういう形であれ無事に帰ってこれた。
何にせよそれは喜ばしいことであった。
まあ、今日のとこは悪酔いがすぎたんだろう。
飲み屋に入ろうとした直後からの記憶がおかしいけど、あれが現実なワケない。
そんだけ酔っ払っても帰ってこれたんだから大したもんだ。
……それは喜ばしいことのはずなんだけど、いま、俺はベッドに腰掛けて頭を抱えている。
革靴も脱がないで。
いま何時くらいなんだろう。
えーと、スマホスマホ……。
……。
ない。あれはカバンに入れてる。
あー、カバンカバンっと。
…………。
カバンがない。
このアパートの部屋のどこにもない。
フローリングの床をトランスしたエクソシストのごとく這いずり回っても、ベッドの端に頭抱えて座り込んでも、ない。
ないものはない。
酔っぱらって落としたのか?
いや、流石にカバン落とすなんて。
だとしたらあのガード下の店か?
焦るな。深呼吸、からの精神統一。
もう一度、一から、今日の行動を思い出すんだ。
カバンを持って、会社を出て、「新世界」に向かって。
———中世の古城みたいなとこで教団本部に囲まれて。
ひんやりした空気、耳に残る声、なんとも言えない湿気た匂い。
国やら世界やらを救えと言われたかと思えば、用事があるなら済ませてきてねと家に送還され。
オッサンは凄絶にコワかったけど、あの赤髪の
……。
また会いたいなー。
…………。
………………。
っああああああああ!!(自己嫌悪)
どうしよう。どんなに必死こいて記憶を引っ張り出しても、リフレインするのが新世界に巣食ってた教団本部って、一体どういうことだよ。
飲み屋の引き戸を開けた、その直後からの脳内メモリが連中に占拠されてる。
精神を研ぎ澄ますほど、薄れるどころか鮮明になってくるし……!
あーもー、なんならマジであの教団とのやり取りが現実であって欲しかった。
もしそうなら、カバンはたぶん、あそこの「赤絨毯の間」にある。
もっかいお呼びするとか言ってたし、そしたら取りに行けるのに。
とにかく!
ここでうだうだ、
交番に行くか、また東京に戻ってあの店に行くなりした方がよっぽど良いだろう。
そうしよう。
出かけることを決めた俺は立ち上がる。立ち上がって、腹が減ってることに気づく。
なんか、キャラメルでも食ってくか。えーと、座卓ん下に……。
お、あった。
……?
モノ、食ってないのか、俺?
や、そういえば、いま何時よ?
「え……」
今更だけど、壁にかけてる時計を見て、思わず声が出る。
会社から直帰したって1時間はかかるのに、これだとどう見積もっても、15分そこらで家に帰ったことになる。
……会社から「新世界」に行って、そこからあのファンタジー連中とうだうだやってたくらいの時間といえば、だいたいこの程度になるかもしれない。
はは……。
そりゃまあ、時計だって、毎日毎日ぐるぐる回ってりゃ、たまには休みたくなる時もあるって……。
自分で考えといてアレだけど、当然そんな、どこぞの泳ぐタイヤキみたいな理由で納得できるハズ無く。
知らず知らず、俺はリモコン握ってテレビをつけてる。
『さー、いよいよ運命の一戦が始まりますねえ』
『代表戦、15分後にキックオフです』
「ホゥ……」
一拍置いて、背中にザワッと戦慄が走る。
やめて。そんなお気楽呑気に実況中継しないで。
もう全身ザワザワだよ。
もはや余すとこなくチキン肌だよ。
いま目の前の薄型32インチが映し出している代表戦は、直帰すると途中で始まっちゃうから。
———だから、あのガード下の店、「新世界」で、見て帰ろうと、思ってたんだ。
———。
そうだ、俺は、
最初は何かの企画だと思ったし、
帰ってきてからは酩酊しながら見た夢ってことで、
カバンがないことも。
飲み屋に寄ったのに腹が鳴ることも。
家で見れるはずのなかった代表戦を、現在進行形でウチのテレビが中継しちゃってることも。
あの時間がリアルの出来事だったとすれば。
……え、それって結局、俺マジな新世界に行ってたってこと?
呆然とテレビつけっぱなしにしたまま、俺は立ち尽くす。
良い年した男が、キャラメル詰まった袋片手に顔面蒼白で立ち尽くしてる。
ぜんぜん様にならないけど、ホラーなんだから仕方ない。
むべなるかな。
試合開始までの尺を埋めるためCMが始まる。
ハイテンションを突き抜け、人類の野生までをも顕現した一挙手一投足をもって、血走った眼で日本語かも怪しい雄叫びと共に麻婆豆腐をキメている一家が映し出される。
テレビCMってのは非日常を演出して、消費者の購買意欲をかき立てることを目的とした映像広告なんだけども。
思考が浮いてる状態で見ると、逆にそれが一周回ってこの世界の日常に見えてくる。
なんてことを、俺は今、知った。
———。
不意に。
あたりが静かになる。
ついでに周りも薄暗くなる。
壁だ。
俺の目の前に、古ぼけた石の壁がある。
この壁は……。
(見覚えが、ある。)
ぼんやりと辺りを照らす黄色い灯光。
喧噪から遠く離れた静寂。
俺の背後で存在感を主張する、やたらハイな気配。
なんて詩的に状況をまとめてる場合じゃねえ。
もしかして、いやもしかしなくても、これは。
おそるおそる振り返ると、
真後ろに、
超ニコニコ面で俺を見ている赤髪娘が……!
「うぎゃあああああああああ!!?」
「ええええええええ!??」
絶叫、俺。
心外、娘。
舞台は再び、赤絨毯の間へと移った。
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