……まさかの一時帰宅

海賊王(仮)はこちらを見据えたまま佇んでいる。

どうしよう。

通じてないフリした方が、面倒にならないんじゃ———


「あ、ハイ。通じてマス」


一瞬だけ小細工が頭をかすめたけどムリだった。

圧に負けた。勝てる気がしない。


「それはなにより」


国王陛下と称されたオッサンが冷笑を浮かべる。

最初にエーテルに呼びかけたのと同じ、落ち着いた声。


その、本人としては愛想よく微笑んでるつもりって可能性もある。

短く切りそろえたロマンスグレーの髪や、整えられた口髭もいい感じではある。

海賊王(仮)って印象だったけど、国王陛下と言われればそんな気がしなくもないような。


……やっぱり人相がヤバい。全てを凌駕してる。

角張った面差しに、眼光鋭し、顔の陰濃し。

口角上げても、腹に一物抱えた野心家の暗澹たる含み笑いにしか見えねえ。

初対面なのに申し訳ないけど、心拍数と血圧は絶対上がってる気がする。


そんな俺の気を知ってか知らずか、陛下は実に柔らかな物腰で話しかけてくる。


「突然のご無礼をお詫び致します。今、ご都合はよろしいでしょうか?」

「悪く、は、ないです」

「そうですか。ふむ……」


しどろもどろの俺の返しに、オッサンの顔から笑みが消失し、眼光を放つ目が鋭くなる。

いやいやいや、地雷要素どこだよ。

しどろもどろか?

しどろもどろがお気に召さなかったのか?

そんな御無体な……!


「これは失礼致しました」

「エッ」


一瞬の空白。

陛下はいたって丁寧に、ゆっくりと続ける。


「いかがでしょう。一度お戻りになって、ご用事が済んだ頃合いで、再びこちらにお越し頂くということで」


物腰と人相のギャップが激しすぎて、何の話をしてるのかまだイマイチ頭に入ってきてない。

『この痴れ者を処せ!』みたいな展開になるのかと思ってたけど、なんか、『お戻り』とか言ってるな……。


「できれば今日中が好ましいのですが、どの程度時間を取りましょう」

「あ、それでイインデスカ??」

「ええ。非は突然喚び出した我々にあるのですから」


陛下はまた、「かかったな小僧!」といわんばかりにニヤリと笑う。

おかげで今どういう話をしてたのか、ちょっとトぶ。


えーと、つまり、この白昼夢みたいな空間を脱出して、いつもの東京に戻れるってことか……?

それができるなら、帰宅難民なんて最悪の事態は避けられそうだ。

少しホッとした。


陛下は静かに答えを待っている。

心に余裕が生まれ、少し考える時間ができると、当然、色々と疑問が湧いてくる。

諸々鑑みると、ドッキリ番組の線は薄い。

VRなんて考えるまでもない。

となると。


「あの、一つお伺いしても……」

「ええ、どうぞ」

「これは一体、どういう状況なんデスカ?」


目の前のコワモテが、わずかに「おや?」という顔をした。

あ、そちらにとっても、素の一般人がここにいるってのは想定外だったんすね。


ところが陛下は、なぜか急に頷いて、それからまた、噛んで含めるように話し始めた。


「我々は熱素工学———いわゆる魔法ですね。それを用い、我が国をお救いくださる戦士を異国より召喚いたしました」

「はい」

「その戦士こそ、あなたであるというわけです」

「はあ……」


異国、戦士、カッコイイ響きだなあ。じゃなくって。


ここでファンタジーな説明されたとこで、むしろ想定内といえばその通り。

東京から車で連れてきました、とか言われた方がよっぽど戦慄する。


うーん、でも、うまくはぐらかされたというか。

なんで俺がこんなとこでこんな目にあってるのか、って説明にはなってないよな。

本だかゲームだかの中にいる感は拭えない。

当たり前っちゃ当たり前だけど、一向に現実味が湧いてこねえ。


まあー……、いいか。

ちょっと名残惜しい気もするけど、とりあえず帰れそうなんだし。

「ありがとうございます」とお礼を言って、すり合わせに入る。


「では、お時間ですが……。10分程度いただいてよろしいでしょうか?」

「……分、でございますか?」


え、今度は何、その絶妙な間。


「ハイ」

「ふむ……」


うそ。ここまで日本語ペラッペラなのに、単位はダメなの?

「分」、通じねえの? 

あ、これはどうも、場の雰囲気的に、本気で誰も分かってなさそうな感じが……。


「困りましたな」

「あ、あの、でしたらそちらの都合で……!」


オッサンがまた威圧感満載の真顔に戻りかけ、俺は慌てて繕う。

時間フワフワで大丈夫っす。金夜のサラリーマンにご都合なんぞあって無きがごとしなんで。


細かい調整はこの際置いといて、今は早く、無事に戻れることを確かめたい。


「ふむ。ではお言葉に甘え、すぐ近い内に再びお呼びしても構いませんか?」

「ええ、どうぞ、お構いなく」

「承知しました。では、エーテル!」


陛下が呼びたまうと、しばらくして壇上に赤髪娘が駆けてきた。

あれっ。ちょっとビクビクしてるような。

それにどういうことだろか。なんでこの娘が呼ばれたんだろ。


「この方を、一度、お帰しして差し上げなさい」

「はい……」


エーテルが俯き加減で返事した途端、俺の視界が急に白く、眩しくなった。

おお、この感じ、なんか、なんというか……。


帰れそう!


や、そうじゃなくて、ちょっとテンションあがる。

なんだろ。ようやくファンタジーらしいことを体感したからかな。


「もう、帰っちゃうんですね」



———え?


白いフィルターがだんだん濃さを増して、視界を遮っていくような中で。

陛下の隣に立ったエーテルが、横目でこちらを見てる。


『勇者様!』って、はしゃいでた時とは打って変わって、いっそ妖しげなまでに、底知れぬ憂いを感じさせる横顔。


違う。単純な寂しさ以上の何かが、そこにある。

でも、なぜ?






「———大丈夫、また来る」



言うつもりのなかった言葉を俺が言い終わると、意識が完全に白い闇に飲まれ。


続いてまた、モノが見えるようになってきた。




おお、この天井、俺の部屋?


周りのカーテンなんかも見覚えがある。

背中にはなじみ深いフカフカ感。

この位置にベッドがあるのといい、間違いない。俺の部屋だ。


仕事帰りの格好のまま、俺は自室のベッドの上に寝ていた。




……「帰る」って、そういうこと?

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