……不条理こそのファンタジー

重苦しい静寂が再び広がる。

勇者、世界、救う。

ここまでファンタジーな台詞を初手で繰り出されたのは生まれて初めてだ。

どうしよう。

何を言えばいい。

『とりあえずハイボール』がまだ喉に引っかかってるくらいなのに。


「エーテル」

「はい!」


渋い声が朗々と薄暗い部屋に響く。

振り返って返事したとこをみると、この赤髪娘はエーテルと呼ばれているのか。

エーテル。

エーテル……。

え、人名?


渋い声が続ける。


「ご苦労様。君はいったん下がりなさい」

「……っはい!」


微妙な間をおいて、彼女は半歩、体を引いて右にずれる。

でもまだ、何か言いたげな顔して俺を見てる。

君、それ、下がったって言わない気がするんだけど、大丈夫?


「魔女の血は、万病に効くと言うわね」


今度は凛とした女性の声が静寂を破って、途端に赤髪娘がビクっと小さく震える。

そして声の主が言い終わるや否や、彼女(エーテル?)は慌てて壇を降りた。


ハイセンスな人名、魔女、血。

飛び出す奇抜なセンテンスを、平然と受け流す場内の面々。

さっきまでと打って変わって、蚊帳の外で弾むファンシーな会話。


いや違う。この空間で浮いてるのは、(とても今さらだけど)明らかに俺の方だ。

明らかに俺だけが置き去りにされている。


おっ、落ち着け。冷静に成り行きを見守るんだ。

必ず、この寒気がする連中の輪に飛び込むきっかけがあるハズだ。


……冷静に、それ、良いのか?


集団の一番奥まで戻る赤髪娘を何とはなしに目で追って、再び正面に目を向ける。

すると列から二人、これまたキャラの濃いオッサンたちが歩み出てきた。

一人はガタイのいいスキンヘッド。

そしてもう一人は、(服飾とかは高貴ながら、)海賊の頭領みたいな風格を醸し出してる厳めしいオッサン。


昔やってたRPGの教皇を思わせる重厚な衣装に威容を携えて、彼らは一歩一歩、こちらに歩み寄る。

破竹の勢いで邁進する不条理ファンタジーを前に、ハイボールから始まる今日のハッピーセットもあえなく揮発する。

———もう脳内メモリには空きがない。


揮発して現実逃避に走る。

これは現実リアルなんだろうか。

今流行りのVRとやらなのではなかろうか。


歩み寄るオッサンズのうち、スキンヘッドの方は壇に登らず、その手前で直立した。

黒い眉、カイゼル髭、穏やかな青い目。

極め付けはローブ着てても分かる筋骨隆々。超ムキムキ。なんかに似てんな。

アレだアレ、カプ○ン製のタイラント。

あいつはクソ恐かったけど、こっちはずいぶんと、人当たりが良さそうなイケてる紳士(?)じゃないか。


海賊王(仮)は歩みを止めず、壇を登って俺の前まで来る。

近くで見ると超怖い。

二、三人始末してそうな薄笑いを直視できるほどの心臓が俺にはない。


一呼吸置いて、下に控えた紳士タイラントの方が、服をぶち破らんばかりに胸筋を張り出して高らかにのたまう。


「マッカラン・トレバー国王陛下であらせられます」


タイラントの紹介を受けて、目の前の男が胸に手を添えて一礼した。

そうして頭を上げて、また、渋い声が響き渡る。


「ようこそ、異国の方。我々の言葉はお分かりですか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る