30日目 アーキス後編

 私達はアーキスを追って窓から建物の外に出る。


 空には光の翼を纏ったアーキスが浮遊していた。手には光り輝く槍を持っている。


 「他人んチ壊してんじゃねぇよ!」


 クジャクがそう言って炎をアーキスに向かって放った。建物を壊した、というところが争点だったか?


 アーキスはその炎を光の槍でなぎ払い、左手を前に伸ばした。するとアーキスの周囲に、先程私に撃った光球が複数発生した。続いてアーキスは左手を振る。その動きに反応してアーキスの発生させた光球が一気に私達に向かって降り注いだ!


 ヒスイ、クジャク、スズは素早く動いてその攻撃を回避する。だが回避した瞬間光球は進む向きを変更させた。


 「ちっ、この球、追尾すんのかよ!」


 クジャクは炎を放って光球を爆発させた。が、アーキスが次から次に光球を発生させ、空から撃ち続けている。対応しきれない。


 ヒスイも氷で光球を防いでいたが、手に余る状況にあった。


 スズなど逃げるだけで精一杯だ。


 「全員! ナナのところに集まれ!」


 建物の中から、スピーカーでネコメの声が聞こえた。全員が一気に私に向かってくる。光球も一斉に私に向かってくる。


 「今だ! 笛を吹け! ナナ!」


 続いてそう声が聞こえた。私は胸のホイッスルを手に取り、思い切り吹いた。一瞬、光球のスピードが落ちたような気がしたが、光球はそのまま一直線に私に向かってきた。


 ヒスイ、クジャク、スズ、全員が私に身体を密着させ、光球が私達に次々に襲いかかってきた。光球が私達に激突する!


 だが、光球は私達の目の前で、見えない壁のようなものにぶつかり、次々に飛散して消えていった。


 その光景を見て、アーキスは自分の持っていた光の槍を私に向かって投げた!


 もの凄いスピードで投げられた槍だったが、光球同様、私の目の前で見えない壁にぶつかり飛散し消滅した。


 「こいつは、どういうことだ?」


 クジャクがその光景を見て、そう言った。


 「解りません。解りませんが、どうやらあの天使の攻撃はナナさんには通用しないようですね」


 ヒスイがそう言って、ニヤリと笑った。


 「天使の攻撃はより上級の天使には通じない様子だからね。使い走りの天使の攻撃じゃナナは倒せないってことだよ」


 建物の中からスピーカーにのったネコメの声と笑いが聞こえる。明らかにアーキスを馬鹿にしている声だ。


 「なら、あなたを先に殺してしまえばいいだけの話!」


 アーキスは空でそう叫び、自分の服からナイフを取り出し、私に向かって投げた。その尋常ではないナイフのスピードに私は反応出来なかった。だが、ナイフは私の胸の前で、スズによって叩き落された。


 「では、今度はこちらの反撃ですね!」


 「魂まで焼き尽くしてやるぜ!」


 ヒスイとクジャクは同時に攻撃モーションに入った。


 そしてヒスイの手からは氷が、クジャクの手からは炎が放たれた!


 二人の攻撃は一直線にアーキスに向かって行く。だが、空にいるアーキスはあっさりその攻撃を避けた。


 「そんな攻撃当たりませんよ」


 アーキスは空で笑いながらそう言った。ネコメの言葉に怒っていた様子のアーキスだったが、その攻撃を避けて余裕を取り戻したようだ。


 だが……。


 アーキスに避けられ空に飛んで行ったヒスイの氷が、空で一気に弾けた!


 そして一気に空気中の水分を凍結させていく!


 空が次々と凍り付き、氷の塊が空から降ってきた。アーキスの周囲もどんどん凍り付いていく。空を飛んで氷結を避けていたアーキスだったが、今度はクジャクの放った炎が空から引き返してきた。


 氷結と炎を空を飛んで避けていたアーキスだったが、次第に空間が氷結していくスピードが速くなる。アーキスは焦り始めた様子だった。


 その様子を見てチャンスとばかりにクジャクが次の一撃を放った。地上から放たれたふたつ目の炎に対し、避け切れないと判断した様子のアーキスは空中で止まり、大きな光球を放ち炎を相殺しようとした。瞬間!


 「そこです!」


 ヒスイが声を上げて、手を突き出した!


 その瞬間、アーキスの背中の翼と左腕が凍り付いた!


 「なっ!」


 驚くアーキス。だが次の瞬間!


 空からアーキスに向かっていたクジャクの炎と、地上から放たれた炎が、同時にアーキスに激突した!


 炎はアーキスを巻き込み、大爆発を起こした!


 「骨まで焼けろ!」


 クジャクはそう言って、握り拳をグッと握りポーズをとった。まさにやったぜって感じ。


 だが喜んでばかりもいられない。ヒスイが凍りつかせた氷の塊が、空中から降ってきていた。私達は分散し、その氷の塊を避けながら空を窺う。


 氷が全て地上に落ちた頃、空中を包み込んでいた煙が風で流されて消えた。


 そして、空中にはボロボロな姿のアーキスが浮遊していた。光の翼は半分以下に小さくなり、服もほとんど焼け焦げ、体中が黒く焼けていた。だが……。


 「ちいっ、まだ生きてやがるのか!」


 クジャクはそう言って再度炎を放とうとした。その瞬間!


 「人間風情が! いい気になるなあああぁっ!」


 ブチ切れたアーキスの声がその場に響いた。そして空中にいるアーキスの光の翼が一気に大きくなった。続いてアーキスの身体が発光し始め、ほんの数秒でアーキス自身が光の塊になった。


 何か。


 拙い!


 私がそう思った瞬間!


 「まとめて消し飛べえええぇ!!!」


 アーキスの身体に溜まっていた光が、一気に放出された!


 光は大爆発を起こし、脈をうつように、波のように、その周囲全てを飲み込んだ。


 地上にいた私、ヒスイ、クジャク、スズ、そして研究所に山、その全てが光に飲み込まれた。


 アーキスから放たれた光は強力なエネルギーだった。


 地上にあったものは全て一瞬で蒸発するように消滅した。


 強力な光の照射は1分以上続いた。


 そして強力な光が消え、視界が戻って私が最初に見たもの。


 それは、


 ネコメの髪の毛を掴み、引きずっているアーキスだった。


 ネコメはボロボロの姿だった。ほとんど裸の身体は、傷だらけで痛々しいものだった。ネコメは意識を失っている様子だ。


 その他に見えるものは。


 ただ、一面の荒野だった。


 さっきまで山だった場所は、草木一本もない荒野に変わっていた。


 ヒスイの姿も、クジャクの姿も、スズの姿も見えない。


 ここにいるのは、アーキス、ネコメ、そして私だけだった。


 ……。


 「クズ共も皆死にました。さあ、僕と一緒に来てもらいますよ」


 ……。


 アーキスはそう言って、ネコメの髪の毛を掴み、空を飛ぼうとしたが、上手く飛びたてない様子だった。


 ……。


 私はアーキスに近づく。


 するとアーキスが私を見つけた。


 「やはりあなたは生き残りましたか」


 どういう意味だ?


 「僕のあの力ではあなたは殺せないことは解っていました。ですが、他のクズ共は蒸発したようですね」


 クズ、だと?


 「そうですよ。いずれも下等な研究者に弄られた下等な被験者、中途半端な能力しか持たない、ただの実験動物ではないですか」


 そう言ってアーキスは高笑いをした。


 ……。


 笑うにはまだ早いんじゃないか?


 「何を言っているんです? あなたに何が出来ると言うんです。あなたも所詮、天使細胞を埋め込まれただけのただのクズじゃありませんか。何か出来るというのでしたら、どうぞ、やってみてください」


 アーキスがそう言って笑ったので、


 私はアーキスを撃った。


 アーキスの左肩が吹き飛んだ。


 アーキスの左肩から出血し、左腕がダラリと力なく垂れ下がった。


 命中したな。


 「この……力は……」


 先程まで勝利を確信し高笑いしていたアーキスは、凍り付いた表情で後ずさる。


 どうした?


 笑ってみせろ。


 「そんな馬鹿な……。どうしてあなたがこの力を……」


 使い方はお前がさんざん見せてくれただろ。


 「あ……く……」


 アーキスの顔が恐怖で引きつる。


 だがそんなことはどうでもいい。


 お前はもう、


 死ね。


 私が次の一撃を放とうとすると、アーキスは髪の毛を掴んだネコメの身体を自分の前に出した。


 女を盾にするか。ネコメの言っていた通り、天使ってのは馬鹿馬鹿しいことしか考えないんだな。


 「うっ、うるさいうるさい! 僕は死なない! 僕はこんな場所で死なない!」


 アーキスは何やらさえずっている。


 うるさい。


 「この女は殺せないはず。この女は殺せない。お前にもこの女は大切なはず」


 アーキスは呟くようにそう言った。


 どうだっていい。


 お前を殺せれば、


 どうだって……。


 どうだって……。


 どうだって……。


 ……。


 ……良くない!


 良いわけあるか!


 私は何を考えている!?


 私が黙っていると、アーキスは集中して空に浮遊した。髪の毛を掴まれているネコメの身体も引っ張られる。


 「僕は目的を達成した! 僕の勝ちだ! 僕の勝ちだ! 僕の勝ちだぁ!」


 アーキスはそう言って、ネコメを連れて空に飛んで行った。


 そして見えなくなった。


 私はその場に立ち尽くした。


 誰もいない。


 ヒスイも、


 クジャクも、


 スズも、


 みんないなくなってしまった……。


 ネコメは連れて行かれただけだが、


 みんなは……。


 もう……、


 いない……。


 私は当てもなく、みんなを探した。


 荒野の中でみんなを探した。


 だが、


 どこを見渡しても、


 何もなかった。


 どこを探しても、


 誰もいなかった。


 ふらふらと歩いていると、


 石につまずいて倒れた。


 私はそのまま、


 倒れたまま、


 泣いた。


 大声を吐き出して、


 泣き叫んだ。


 ずっとずっと、


 泣き叫んだ。


 「好きなだけ泣いてください。その涙が、あなたが人である証なのですから」


 そう声が聞こえた。


 私はずっとずっと、


 泣き叫んだ。


 そして、


 泣き疲れた私は、


 眠った……。

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