30日目 アーキス前編

 朝、私が目を覚ますと、


 「おはよう。良く眠れた?」


 そう声が聞こえた。


 何かと思って眠い目を開けると私の寝ているベッドの横にネコメが一緒に寝ていた。


 「大丈夫。まだ、何もしてないから」


 そう言ってネコメは私にキスしようとしたので私は身体を起こしてそれを回避。


 身体を起こすと布団がめくれた。なんだかスースーするので自分の身体を見ると、服が半分以上脱げていた。


 「寝相が悪いんだな」


 そんなわけがあるか。


 「大丈夫。脱がしただけ」


 何もしていないんじゃなかったのか?


 「脱がしたのなんて何もしてないようなものだろう?」


 その感覚じゃ、何しても何もしてないように感じるんじゃないか?


 「そうか。なら私も天使だったのかもしれないな」


 ネコメはそう言って微笑んだ。冗談なのか皮肉なのか分からなかったが、ネコメは皮肉を言うタイプではなさそうなので、純粋にジョークとして言ったのだろう。


 私は服を着替える。


 「ストリップショーが見られるとは、ここにきたかいがあった」


 ネコメが人のベッドに寝転がったままそう言ったので、シーツを頭からかけてやった。ネコメは笑いながらシーツと格闘している。その間に私は着替えて、部屋から出た。


 部屋から出ると、廊下の向こう側からヒスイが歩いてきて、


 「おはようございます。ところでネコメさんを見かけませんでしたか?」


 そう尋ねられたので、


 私の部屋で遊んでいる。


 そう答えると、ヒスイは溜め息を吐いて、私の部屋に入っていった。


 私は1階の休憩室へ行く。この研究所で唯一、人が集まれるようになっている部屋だ。


 休憩室にはスズとクジャクがいた。スズはうつらうつらしていていかにも眠そうだった。クジャクの方は何やら新聞を片手にコーヒーを飲んでいる。


 新聞なんか読んで面白いか?


 私はソファーに座りながらクジャクにそう尋ねると、


 「この研究所、研究資料とかばっかで他に読むもんねえし」


 そう答えが返ってきた。


 私がソファーに座ると、スズが立ち上がって私の座ったソファーの横に座って、私にもたれかかり、そして再度船を漕ぎ出した。


 何か食べるものがないか尋ねると、クジャクに台所で探して来い、と言われたが、私が私にもたれかかっているスズを見ると、クジャクは、仕方ねぇな、と言って何やら探しに行ってくれた。クジャクは随分と親切な性格のようだ。


 しばらくしてクジャクはサンドイッチとコーヒーを持ってきてくれた。私は礼を言って、朝食を済ませる。食事中、スズは終始眠そうにしていたがスズにも食べさせて食事を済ませる。


 食事が済んだ頃、ヒスイとネコメが休憩室にやってきた。


 「あー、何か甘いもんが飲みたい」


 そう言ってネコメは私とスズの座っているソファーに座った。狭いんだが。ネコメが私の肩に手を回す。するとスズがその手を見て、ネコメを睨む。だがネコメはどこ吹く風で気にもとめない。


 「牛乳でも飲むか?」


 クジャクがコーヒーを飲みながらネコメにそう尋ねたら、


 「白いもんは今さっき飲んだからいい」


 そう答えが返ってきて、クジャクがコーヒーを吹き出して咳き込む。何してたんだ、こいつらは。


 ヒスイが台所から紅茶を持ってきた。どうやら今淹れたわけではない様子だ。


 食後しばらくのんびりしていると、突然スズが目を覚まして立ち上がった。そして目を大きく見開いて、周囲を窺っている。これは、あの時の……天使を見つけた時のスズの姿に良く似ている。


 ヒスイとクジャクもそのスズの姿を見て何かスイッチを切り替えた様子だ。だがネコメはそんなこと気にもしない様子で私の手をなんだか触っている。


 ベルが鳴った。研究所の玄関にある呼び鈴を押すと、このベルが鳴る。来訪者だろうか。だがこんな研究所に誰が何の用事があるというのだろう?


 ヒスイが玄関へ向かった。


 そしてしばらくして……。


 ヒスイは休憩室に戻ってきた。少年のような男の子を連れて……。


 ……。


 何か、嫌な予感がした。


 だが、それも一瞬のこと。


 すぐに消えてしまう。


 ヒスイは少年を来客用の椅子に座らせると、少年の向かいに座り、紅茶を出す。


 少年は微笑み、


 「いただきます」


 と言った。


 「それで、当研究所にどのようなご用件ですか?」


 ヒスイが探りを入れるように問う。ヒスイはどうやら臨戦態勢に近い様子だった。その姿を見てスズとクジャクも臨戦態勢になっている。


 すると……少年は……。


 「そんなに殺気立たないでください、僕は話合いに来ただけなんですから」


 そう言ってこちら側を牽制した。


 「自己紹介がまだでしたね。僕はアーキス。エンジェリック・チャイルドのひとりです」


 アーキスはそう言って私達を見渡した。


 「エンジェリック・チャイルドがどのようなものか、皆さんはご存知ですか?」


 アーキスのその問いに、ヒスイ、クジャク、ネコメ、スズ、誰も反応しなかったので、私が、


 知らない。


 そう答えると、アーキスは私を見て微笑んだ。


 「では、アナタにはご退場願いましょう」


 アーキスはそう言って、指を鳴らした。すると光の球のようなものが発生し、私に向かって一直線に飛んできた。その速度は弾丸の速度を超えているものだった。その速度にスズも反応出来なかった。当然、私の身体は光の弾丸によって貫かれるはずだった。


 だがそうはならなかった。


 光の弾丸が私の胸の前まで来たところで、それは何かに弾かれて消滅した。


 アーキスはその光景を見て驚いたようだった。私も驚いた。というより、その場にいた全員が驚いていたようだ。


 「なるほど。アナタが新しい僕らの眷族でしたか。では何も知らないのも頷けます」


 アーキスはそう言いながら頷いている。


 「では説明しましょう。エンジェリック・チャイルドというのは、幼い頃から天使の眷族となった者達のことです」


 アーキスは私にそう言った。だが、天使の眷族?


 「天使が子供をさらうって話しただろ? エンジェリック・チャイルドってのは、そのさらわれた子供達のことさ」


 クジャクがそう言ってアーキスを睨む。


 「正確には違いますが、まあ、人類にはその程度の理解で構いません」


 アーキスがクジャクの方を向いてそう言った瞬間、スズがアーキスに襲い掛かった。


 その奇襲ともいえる一撃を、アーキスはスズの方を見ることもせず、左手一本で受け止め、そしてスズを払い飛ばす。スズは宙を待って部屋の壁に激突し、床に倒れこんだ。だが、この程度でスズが参るはずもない。おそらく床に倒れたまま次のチャンスを窺っているのだろう。


 「話を続けましょう。新しい僕らの眷族にも興味はありますが、今回、僕がここにきたのは、ネコメさんと交渉をするためです」


 アーキスはそう言って、私の隣に座っているネコメを見る。


 ネコメは、


 「断る」


 そう一言。


 「僕達のところにくれば、あなた達のところでは出来ないような高度な研究も可能ですよ」


 アーキスは説得を試みる。


 「で、その君達の場所には、可愛い女の子とか可愛い男の子とか可愛い女の子とか可愛い男の子とかたくさんいるのか?」


 ネコメはそう言ってスズを見た。というか論点はそこなのか。


 「残念ですが人はほとんどいません。ですがあなたの知的欲求を」


 「知的欲求より性的欲求を満足させる方が重要だ。私は知識馬鹿と一緒にいるより、可愛い女の子や男の子に囲まれて過ごす方が楽しい」


 アーキスの言葉を遮ってネコメが反論した。


 「それに、そのくだらないやり方も気に入らない」


 ネコメの目が鋭くなる。


 「くだらないとは?」


 アーキスの言葉。


 「どうせ、天使細胞を抑制するワクチンを創ったから、私が厄介になったんだろう。この技術を発展させれば天使細胞を破壊するウイルスに行き着くことになる。そうなる前に、研究者をさらって沈黙させようって考えだろう」


 ネコメはそう言ってアーキスを見た。アーキスの顔から笑みが消えていた。どうやら図星だったようだ。


 「天使ってのも人間同様くだらないことを考えるんだな。どうにも、反吐が出る」


 ネコメは吐き捨てるようにそう言った。


 「そうですか。こちらの提案を受け入れてくれないのですね」


 アーキスはそう言って、立ち上がった。


 「どうせ次は力尽くだろ。馬鹿馬鹿しい」


 ネコメはそう言って、部屋から飛び出した。


 ネコメが部屋から飛び出して行くのと同時に、ヒスイ、クジャク、スズが一斉にアーキスに襲い掛かった。


 「力尽く。そうですよ。天使細胞を扱える研究者を連れて帰ることが、僕に与えられた使命ですからね!」


 アーキスは思い切り跳び上がった!


 そのまま一気に天井をぶち破り、建物の外まで跳び上がった。

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